「会社を辞めました」「この会社で働きます」——同一人物から立て続けにメールが来た。A社を退職し、翌日B社に籍を移したというのだ。外資系企業のようだが、実際は国内大手メディア間での移籍だった。記者として特定分野に秀でた彼は、転職先からスカウトされたようだった。「社風が合わない」と言って退職し、他メディアに移る若手記者は昔からいた。地方紙で実績を残して全国紙に引き抜かれる記者もいた。しかし、彼のようなベテランが転籍するのは異例だ▼
新聞業界では「夕刊廃止」が頻繁に報じられている。大手夕刊紙は発行中止に追い込まれた。団塊の世代が後期高齢者になれば、新聞の発行部数は急減するといわれて久しい。どの社も業績回復に向けた画期的な対策を打ち出せず、苦戦を続けている。インターネットを利用した記事配信も業績を上向きにするほどの勢いはない。優良不動産を保有する新聞社が、その活用で収益を補填(ほてん)しようとするのは当然のことだ▼
「底なし沼にはまったかのようだ」と有力地方紙の幹部は部数減を嘆く。ただ、本当に底がないわけではない。どこかで下げ止まるし、ネット配信で代替できる部分もあるだろう。重要なのは、自社が報じなければ埋もれてしまうニュースをどうやって拾い上げていくかだ▼
優秀な記者の移籍は「記事なんて誰が書いても同じ」という風潮にメディアが迎合せず「このテーマをきちんと書けるのはあの記者だけ」とコンテンツの重要性に着目した結果ではないか。同じネタを全メディアで報じても読者に飽きられるが「この媒体でしか読めないニュース」がたくさんあるならば、必ずそのメディアは生き残れると思う
(時事総合研究所客員研究員・中村恒夫)
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