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    <title>日商 Assist Biz インタビュー</title>
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    <description>中小企業と地域の商売繁盛・企業事例が満載！</description>
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    <copyright>Copyright JCCI Assist Biz</copyright>
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      <title>日商 Assist Biz インタビュー</title>
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      <title>あの人を訪ねたい 鈴木俊貴</title>
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      <pubDate>Fri, 03 Apr 2026 09:00:04 +0900</pubDate>
      <description>「僕には鳥の言葉がわかる」と言う人は、これまでファンタジーやスピリチュアルの文脈でしか登場してこなかった。しかし鈴木俊貴さんは、研究者として科学的に立証してみせた。言葉を持つのは人間のみ。そんな固定観念を根本から覆し、「動物言語学」という新たな学問を創設したのだ。

人には人の、鳥には鳥の「言葉」がある

人間以外の生き物とコンタクトを取る。それは、どんな特殊な道具や特殊能力を使っても、「信じるか信じないかは、あなた次第」に終始していた。だが、鳥には〝鳥語〟があることを、世界で初めて立証した人がいる。それが動物言語学者の鈴木俊貴さんだ。主な研究対象はシジュウカラ。シジュウカラ語の「ピーツピ」は「警戒しろ」、「ヂヂヂヂ」は「集まれ」、「ヒヒヒ」は「タカ」で「ジャージャー」は「ヘビ」であると突き止めた。シジュウカラは、鳴き声のレパートリーが鳥の中でも豊富で、２００種類以上といわれている。これら全てに意味があり、理解できるとしたら、鳥を見る目、いや聞く耳が大きく変わってくる。</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい 松村しのぶ</title>
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      <pubDate>Thu, 05 Mar 2026 09:00:13 +0900</pubDate>
      <description>野生動物を中心に、哺乳類や昆虫、魚類や恐竜……。果てはゴジラなどの怪獣まで躍動的に表現する、生き物フィギュアの第一人者・松村しのぶさん。生き物への深い造詣と、独自の視点が際立つ造形に、子どもから大人までファンは幅広い。巨匠の域に達する今もなお、未知のやりたいことに全力投球し続ける。

生き物に関わることをしたいその気持ちを軸に造形の道へ

おもちゃが入っている卵形のチョコレート「チョコエッグ」（フルタ製菓）。価格度外視ともいえるおもちゃのクオリティーに、１９９９年の発売と同時に、子どもだけではなく大人も沸き立った。今や食玩を代表するロングセラーだが、このブームの火付け役が初回の「日本の動物コレクション」を手掛けた、造形家の松村しのぶさんだ。</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい 松本 薫</title>
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      <pubDate>Tue, 03 Feb 2026 09:00:53 +0900</pubDate>
      <description>２０１２年のロンドン五輪で金メダル、16年のリオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得した松本薫さん。〝野獣〟と呼ばれ、柔道の国内外の大会で、どちらも２桁以上の優勝記録を持つ。その松本さんが、セカンドキャリアに選んだのがアイスクリームづくり。罪悪感なく食べられるギルトフリーな商品の開発・製造というフィールドで、新たな挑戦を続けている。

親の方針で始めた柔道はわざと負けるほど嫌い

眼光鋭く、時に不適な笑みさえ浮かべて相手選手に立ち向かう。柔道着姿で畳の上にいた松本さんは、全身から闘争心が満ちあふれていた。だが、引退してから早６年、取材時の松本さんにはその面影はない。穏やかな表情を浮かべ、朗らかに語る。</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい シソンヌ・じろう</title>
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      <pubDate>Sat, 03 Jan 2026 09:00:41 +0900</pubDate>
      <description>お笑いコンビ「シソンヌ」のボケ役で、〝稀代のコント師〟と称されるじろうさん。老若男女を問わないズバ抜けた演技力で、笑いの渦を巻き起こし、２０１４年には、お笑いコントの最高峰〝キングオブコント〟で優勝を果たした。俳優や脚本家としても活動する一方、地元・弘前のにぎわい創出にも尽力している。変幻自在に活躍中のじろうさんの魅力に迫った。

夢を諦めるために入った吉本興業の養成所

「お笑い」と一言で言っても落語や漫才、コメディーなど、いろいろあるが、お笑いコンビ「シソンヌ」は、コント芸で群を抜く。ＴＢＳ主催・運営の「キングオブコント」（ＫＯＣ）で７代目王者となり、芸人や俳優にもファンは多い。芸人が最もライブを見に行くコンビといわれるほどだが、特に玄人ウケを狙った笑いかといえば、そうではない。長谷川忍さん、じろうさん二人の演技力が秀逸で、とりわけボケ役のじろうさんが演じる、風変わりな人物の言動がとにかくおかしい。じろうさんがコントのネタを全て考えており、独特なシソンヌ・ワールドは、一度魅せられたら最後、なかなか抜け出すことができないほどだ。だが、「そもそもお笑いをやろうとは思っていなかった」と、じろうさんはさらりと切り出した。</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい 坂本 花織</title>
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      <pubDate>Wed, 03 Dec 2025 09:00:59 +0900</pubDate>
      <description>世界フィギュアスケート選手権女子シングルで３連覇。この偉業を坂本花織さんは、20代前半で成し遂げた。氷上の堂々としたたたずまい、ダイナミックなジャンプと優雅な着氷。〝世界女王〟として、結果を出し続けてきた。しかし今年6月、ミラノ・コルティナ冬季五輪が開催される今シーズン限りで引退すると表明。いつもの笑顔の奥に潜む真意を尋ねた。

テレビドラマをきっかけに４歳からスケートを始める

名をはせるアスリートの多くが、幼少時から、そのスポーツを始める。フィギュアスケート選手の坂本花織さんもその一人だ。 「３歳の時にシンプルに『やりたい！』と言ったそうです。興味のありそうなものをいろいろ見せても、最後はフィギュアスケートを選ぶ。スケート靴を履いてコケても、泣くどころか笑う。そんな子だったそうです」</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 渡邊 雄太</title>
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      <pubDate>Mon, 03 Nov 2025 09:00:12 +0900</pubDate>
      <description>世界最高峰のプロバスケットボールリーグＮＢＡ（Ｎａｔｉｏｎａｌ Ｂａｓｋｅｔｂａｌｌ Ａｓｓｏｃｉａｔｉｏｎ）の、日本人２人目の選手となった渡邊雄太さん。ＮＢＡ平均在籍期間４〜５シーズンといわれる中６シーズン在籍し、２０２４年の帰国後も活躍を続ける。W杯、オリンピックそしてＮＢＡでの華々しい活躍には、絶え間ない努力と覚悟があった。

バスケ一家で生まれ育ち昼夜バスケ漬けの日々

２０１１年、高校２年生の渡邊雄太さんは、すでに男子バスケットボール日本代表としてコートに立っていた。当時の史上最年少選手として注目を集めたが、渡邊さんは小学生の時からずっと〝その先〟のコートでのプレーを夢見ていた。それがＮＢＡだ。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 三國 清三</title>
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      <pubDate>Fri, 03 Oct 2025 09:00:26 +0900</pubDate>
      <description>〝世界のミクニ〟と称される日本のフランス料理界の巨匠、三國清三さん。全国でレストランやカフェを展開し、食育などの社会活動も多岐にわたる。２０２２年末に37年の歴史を刻む東京・四ツ谷の名店「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉じ、25年9月１日「三國」として再オープンさせた。約80席の店舗からカウンター８席のみの店舗に刷新し、70代の新たな挑戦の火ぶたが今、切って落とされた。

70代で新たな挑戦を決意　８席のみの「三國」の開店

国内外にその名をとどろかせた名店「オテル・ドゥ・ミクニ」。オーナーシェフである三國清三さんは、言わずと知れた日本のフランス料理界のレジェンドだ。店は、直営店やプロデュース店を含めて全国に十数店舗を展開し、従業員も１６５人を超える。コロナ禍で店の経営が大打撃を受けると、20年にＹｏｕＴｕｂｅチャンネル「オテル・ドゥ・ミクニ」を開設。３年間、毎日投稿し、動画の収益で挽回した。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい GADORO</title>
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      <pubDate>Wed, 03 Sep 2025 09:00:32 +0900</pubDate>
      <description>ＹｏｕＴｕｂｅで再生回数１２００万回以上のヒット曲を生み出し、日本武道館でのワンマンライブの成功を収めたラッパーのG A D O R Oさん。主な活動拠点はずっと地元、宮崎県高鍋町で、２０２３年より高鍋町ふるさと応援大使を担っている。日常の風景を織り交ぜた等身大のリリック（歌詞）が、時代と場所を超え、リズミカルに多くの人の心に鳴り響く。

生まれ故郷にいながら　全国区のラッパーに成長

音楽好きでもヒップホップやラップとは無縁、なかには演歌一筋という方もいるかもしれない。だが、「知らない」「分からない」と素通りするには惜しい逸材がいる。それがラッパーのＧＡＤＯＲＯさんだ。彼の音楽ルーツをたどれば、演歌好きの祖母に行き着く。父親不在の期間があり、スナック経営の母親も仕事に追われる中、「ばあちゃんっ子だった」というＧＡＤＯＲＯさんは、自然と演歌を耳にして育った。演歌も歌いこなす歌唱力を持ち、貧しい生い立ちから生まれた「家賃５０００円の安アパート」「四畳半」「しけもく」などのリリックは、どこか昭和にも通じる。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 引地 耕太</title>
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      <pubDate>Sun, 03 Aug 2025 09:00:12 +0900</pubDate>
      <description>前評判を上回る盛況ぶりの日本国際博覧会（大阪・関西万博）。この勢いをけん引する一人が、万博デザインシステムのクリエイティブディレクター・アートディレクターを担当した引地耕太さんだ。Ｆｏｒｂｅｓ ＪＡＰＡＮ 「ＮＥＸＴ１００」で〝いま注目すべき「世界を救う希望」１００人〟にも選出され、万博とともに〝時の人〟として、言動に注目が集まっている。

万博の人気を押し上げる不思議な存在〝こみゃく〟

２０２５年４月13日、大阪市の夢洲で開幕した大阪・関西万博（以下、万博）。開幕後、万博の好評価、好印象の推進力として、大ブレイクしている「こみゃく」という存在をご存じだろうか。万博の公式マスコットキャラクター・ミャクミャクの子どものような姿かたちから、SNSを中心に自然発生的に「こみゃく」と呼ばれるようになった。だが、正式名は「ＩＤ」。ミャクミャクの子どもという設定ではない。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 郡司 芽久</title>
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      <pubDate>Thu, 03 Jul 2025 09:00:41 +0900</pubDate>
      <description>〝キリン博士〟の異名をとる郡司芽久さんは、「キリンが好き」という幼少期の思いに端を発して、キリン研究者となった。研究対象は、主に国内の動物園から献体されたキリンで、その数は今や53体にもなる。キリンの首の骨は７個という定説を覆し、８個であることを証明。研究の日々をつづった著書が話題になるなど、キリンとは切り離せない人生を邁（まい）進中だ。

幼少期から変わらない　「好き」が全ての出発点

アフリカに生息するキリンは、遠く離れた日本で、特に子どもたちからの人気が高い。動物園でしか目にすることはできないが、パンダ、ゾウ、ライオンに並ぶ、動物キャラクターの定番だ。 「キリンが好き」 物心つく前の子どもがそう口にしても、別段不思議ではない。郡司芽久さんも、そうした子どもの一人だった。 「生き物全般、特に大きな動物が好きでした。その中でもキリンは、デフォルメしてもキリンと分かるほど姿形がユニーク。穏やかなたたずまいも好きで、動物園で何時間でも見ていられるほどでした」</description>
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      <title>あの人を訪ねたい Shigekix</title>
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      <pubDate>Tue, 03 Jun 2025 09:00:33 +0900</pubDate>
      <description>ヒップホップカルチャーの代名詞、ブレイクダンス。正式名称は「ブレイキン」で、パリオリンピック２０２４で初採用され、一躍注目を集めた。日本は強豪国の一つで、けん引するＳｈｉｇｅｋｉｘ（シゲキックス）（本名・半井重幸）さんは、世界に名だたるトップランナーだ。23歳で、すでに国際大会の優勝回数は50回以上。第一線で常に挑戦し続ける、Ｓｈｉｇｅｋｉｘが“ヤバい”。

小学生の頃、偶然出会い見よう見まねでスタート

ブレイキンは１９７０年代、米国のニューヨーク、サウスブロンクス地区で生まれたダンススタイルだ。同地区はギャングなどの抗争が絶えず、争いを平和的に解決する手段として、音楽で競い合ったのが始まりといわれている。頭を軸に回るヘッドスピンなどのアクロバティックなパフォーマンスが印象的で、ブレイキンのダンスや音楽、ファッションがストリートカルチャーとして、若者を中心に広がっていった。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 横澤 夏子</title>
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      <pubDate>Sat, 03 May 2025 09:00:50 +0900</pubDate>
      <description>「そういう人いる〜」の〝あるある感〟で、笑いと共感の渦を巻き起こすピン芸人の横澤夏子さん。テレビやラジオに引っ張りだこで、Ｒ-1グランプリなどの賞レースでも結果を残してきた。私生活では１００回以上の婚活を経て結婚、今や３児の母。地元・新潟県を盛り上げる活動も活発だ。公私共に全力投球の横澤さんの、成功をつかむ行動力に迫った。

一度に大勢の人に知ってもらえる職業が「芸人」

子どもの頃から目立ちたがり屋だったという横澤夏子さん。小中学校では生徒会長を務め、「高校はワンランク下がって副会長です」と残念そうに眉を寄せる。父は中学校教諭、母は上級教育カウンセラーで、両親に褒められたい一心での立候補だったそうだが、人前に立つことは苦でも恥ずかしいことでもなく、楽しかったと振り返る。 「学生時代からNHKの連続テレビ小説が大好きで、中でもヒロインが落語家になる『ちりとてちん』の影響で、芸人になるのもいいな、と思うようになりました。学校の先生になる夢もあったのですが、それを払拭したのが大先輩のお笑いコンビのタカアンドトシさんのライブでした。ステージに立つお二人が楽しそうでしたし、１万人ものお客さんの前に立っている姿が格好良かった。今までは大勢というとクラス全員でしたが、１万人の前にも立てる職業があるのだと気付きました」</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 皆川 賢太郎</title>
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      <pubDate>Thu, 03 Apr 2025 09:00:46 +0900</pubDate>
      <description>長野、ソルトレークシティー、トリノ、バンクーバーと冬季オリンピック４大会に日本代表として連続出場した皆川賢太郎さん。現役のアルペンスキーヤー時代から経営者としての顔を持ち、引退後はスキー界にとどまらず、ウインターマーケットの発展に尽力している。日本の雪質を世界に誇れる〝資源〟として生かし、冷え込む冬季産業の再生に情熱を注ぐ。

ライバルは海外にいるジュニア時代から照準は世界

玄関を開けると、そこは銀世界。苗場スキー場（新潟県）近くで生まれ育った、元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎さんは、遊びでサッカーや野球をするようにスキーに夢中になった。始めたのはわずか３歳。小学２年生の頃には、アルペンスキーで早くも地元の新聞社に取材されるほどに頭角を現した。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 中野 信子</title>
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      <pubDate>Mon, 03 Mar 2025 09:00:00 +0900</pubDate>
      <description>脳科学の視点から、人間社会に起こり得る現象や人物を読み解く。その語り口に定評がある脳科学者の中野信子さんは、テレビ番組のコメンテーターとしても引っ張りだこだ。脳や心理学をテーマとした研究や執筆活動も目覚ましく、著書、共著は数多い。ビジネス分野でも脳科学の活用が増える中、ますます中野さんの活動に、熱い視線が注がれている。

「私だけ台本がない」という絶望と覚悟から脳分野に興味

物心ついた時からすでにあった違和感。それは中学生の時に決定的なものになったと、中野信子さんは振り返る。 「同級生と話が合わず、私が興味を持つものに対して、周りは引いてしまう。社会の中で生きていくために必要な台本を、私だけ持っていないという感覚でした」</description>
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      <title>あの人を訪ねたい パトリック ユウ</title>
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      <pubDate>Mon, 03 Feb 2025 09:00:27 +0900</pubDate>
      <description>ＤＪブースを飛び出して、観客と一体となって試合を盛り上げる。パトリック・ユウさん独自のＤＪスタイルは、今や東京ヤクルトスワローズのホームグラウンドである神宮球場の〝名物〟だ。スポーツＭＣ、スタジアムＤＪの草分けとして、各種スポーツ、メディアからも引く手あまたのパトリックさんの、選手と観客の心をたぎらせる〝応援力〟に迫った。

野球少年でバスケも得意 でもほれ込んだのはＤＪ

ＤＪ（ディスクジョッキー）の活躍の場は、ディスコやクラブ、ラジオ番組などが一般的だ。だが、パトリック・ユウさんのフィールドは広大なスタジアム。それも壁に囲まれたＤＪブースではなく、内野席と外野席の中間にある、通称「ブリッジ」と呼ばれるスペースだ。 「ゴーゴー、スワローズ！」 「レッツゴー！ ムーチョー!!」 伸びやかな美声がスタジアムに響き渡る。パトリックさんの声を聞かないと神宮球場に来た気がしない。敵味方を問わずそう思わせる、記憶に残る声だ。 そのパトリックさんは、なんと神宮球場近くの渋谷区千駄ヶ谷で生まれた。米国人の父と韓国人の母を持ち、幼少時には神宮球場へ野球観戦によく行っていたという。まさに神宮の申し子。だが、それもつかの間、５歳の時に母と共に兵庫県神戸市に移り住んだ。 「物心がつく前からバットを握って遊んでいたそうです。小学６年生の頃には、友だちと野球チームを結成するほどの熱中ぶりでした」 だが、小中学校はインターナショナルスクールで、中学校に「部活」はない。春夏は野球、秋冬はバスケットボールに打ち込み、バスケでもキャプテン、センターを務める活躍を見せた。 「中学３年ですでに身長は１８５㎝あって、ダンクシュートも決められましたよ。ちなみに今は１８８㎝です」とおどける。</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 松丸 奨</title>
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      <pubDate>Fri, 03 Jan 2025 09:00:03 +0900</pubDate>
      <description>子ども時代の思い出にある学校給食。郷愁とともに記憶の片隅に刻まれる味に、全身全霊を懸けて打ち込む管理栄養士がいる。松丸奨さんが試作した揚げパンは１００パターン以上、ラーメンは名店顔負けの味で児童や教師をうならせる。２０１３年、「全国学校給食甲子園」で男性栄養士として初優勝。〝日本一のおいしい給食〟へ情熱を注ぐ姿に、給食の概念が覆る。

栄養士の一言を機に苦手な給食を克服

給食を楽しみに通学していたという人は多いが、給食の１食当たりの材料費はおおむね３００円未満。栄養成分の摂取量も文部科学省と各地方自治体によって細かく定められており、献立は「おいしい」だけを追求してつくられていない。だが、この厳しいルールをクリアし、児童にも教師にも絶賛される献立を提供し続けているのが管理栄養士の松丸奨さんだ。結果は数字にも出ている。公立学校給食の残食率は全国平均約６・９％（２０１５年環境省調べ）に対し、松丸さん担当の学校は約２％。全国平均の３分の１を割る。 「今は四六時中給食のことを考えています。でも、もともと好き嫌いの多い子どもで、給食が苦手でした」</description>
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      <title>あの人を訪ねたい 棚橋 弘至</title>
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      <pubDate>Tue, 03 Dec 2024 09:00:25 +0900</pubDate>
      <description>かつては日本中を沸かせたプロレスも、いつしかその人気は下降線をたどっていった。長く低迷していた老舗のプロレス団体「新日本プロレス」を支え続け、人気復活に導いた立役者が棚橋弘至さんだ。「１００年に一人の逸材」を自称し、「疲れない、落ち込まない、諦めない」の『逸材三箇条』を掲げ、今はプロレスラーとしてだけでなく、新日本プロレスの社長として、これまで以上にプロレスを盛り上げようと奮闘している。

チャンピオンになってもブーイングを浴びる日々

棚橋さんは、プロレスの世界でスターになることを目指して新日本プロレスに入門。東京ドームで大歓声を浴びながらリングに入場する自分の姿を想像し、厳しい練習に打ち込んできた。しかし、入門から半年後にデビューしたものの、団体からスター選手の離脱が続き、試合会場から観客が減っていった。</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい 河北 裕介</title>
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      <pubDate>Sun, 03 Nov 2024 09:00:33 +0900</pubDate>
      <description>20〜30代の女性を中心に、幅広い年齢層に支持されている、今注目のヘア＆メイクアップアーティストの河北裕介さん。有名女優やモデルからの指名ナンバーワンの呼び声高く、持ち前のタレント性でテレビ出演や各種ＳＮＳでの情報発信も活発だ。飛ぶ鳥を落とす勢いの「河北メイク」、オリジナルブランド「＆ｂｅ」だが、そこには確たる理論と信念があった。

ヘアメイクへの関心はバンドと映画がきっかけ

ヘア＆メイクアップアーティストの河北裕介さんは、有名女優やトップモデルから依頼が絶えず、引く手あまたの状態だ。軽快なトークとヘアメイクの手際の良さ、その人本来の魅力を引き出す技術力は、華やかな芸能・美容業界から波及して巷（ちまた）でも話題を呼んでいる。女性ファッション誌の表紙を担当した数も５００を優に超える。だが、河北さんに気負いはない。 「僕自身は顔が大きいし、手足は短い。コンプレックスの塊ですし、偉くも何ともない」と苦笑する。河北さんのメイク術は、〝河北メイク〟と呼ばれるほどだが、特別なメイクではない。ＴＰＯやインスピレーション、過去の実績を総動員して自由自在。臨機応変な瞬発力と発想力が基本だ。有名なヘア＆メイクアップアーティストに師事したわけでもなく、現場のたたき上げで確立したオリジナルだというから驚く。 ではなぜ、華やかな業界の最前線で活躍する女性たちから、これほどまでに支持されているのか。 「田舎育ちの普通の少年でした」と笑うが、美容に興味を持つきっかけは音楽。コピーバンドを結成したのが始まりだという。</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい 根本 知</title>
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      <pubDate>Thu, 03 Oct 2024 09:00:20 +0900</pubDate>
      <description>紫式部が主人公のNHK大河ドラマ『光る君へ』。ドラマを印象づける、平安かなの題字を揮毫（きごう）したのが書道家の根本知さんだ。出演者の書道指導も担当し、登場人物の人柄が伝わる書をサポートする。ドラマを機に注目される平安かなだが、実は書道家でも探究する人は極めて少ない。その中でかな文字の魅力を広めようと、根本さんは何でもやった。

お年玉で買ったのは木彫りの大黒様

根本知さんが、初めてかな文字を目にしたのは中学２年生の頃、家庭教師が所持するものだった。 「きれいな紙に細い字がゆらめいていて、美しい絵みたいだなと思いました。先生に『これは習字？』と尋ねると『違うよ、書道だよ』と言うのです」</description>
      <category>インタビュー</category>
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      <title>あの人を訪ねたい 塚本 こなみ</title>
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      <pubDate>Tue, 03 Sep 2024 09:00:46 +0900</pubDate>
      <description>年間約１６５万人以上の来園者を誇る、日本屈指の藤の名所「あしかがフラワーパーク」（栃木県足利市）。同園の樹齢１６０年以上の大藤を移植して注目を集めた樹木医・塚本こなみさんは、同園の園長を経て現在、「はままつフラワーパーク」（静岡県浜松市）で手腕を振るう。徹底したお客さまファーストの経営手法で、フラワーパークを日本一、世界一へと押し上げる。

「この藤、動く！」と判断し前例なき大藤の移植に挑む

季語で「花」といえば桜を意味するほど、日本人は古くから桜を愛（め）でてきた。その桜がすっかり葉桜に変わる頃、藤の美しさが話題になる場所がある。栃木県の「あしかがフラワーパーク」だ。〝世界一の藤棚〟と称される６００畳敷の藤棚を持つ大藤は、１９９６年に移植され、今も満開の花をつける。前代未聞の大移植。それを成功させたのが樹木医の塚本こなみさんだ。当時について塚本さんは語る。 「大藤の移植を頼める人をあしかがフラワーパークさんは４年も探し回って、私に電話をかけてくださいました。電話越しからも藁（わら）にもすがるお気持ちが伝わってきて、『見るだけでも』のお願いを断り切れずに伺うことになりました。当時、すでに巨木や古木の移植、樹木や緑地の育成管理の経験が10年以上あったものの、藤の育成も移植もやったことがありませんでした。でも、大藤を目にした時、内に秘めた生命力を感じて『この藤は……動く！』。そう確信するに至りました」</description>
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