昨年の初冬、みぞれまじりの雨が降る能登を訪れた。そこには、2年前の震災から時が止まり、かつての繁栄すら後世に伝えられない光景が広がっていた。輪島市黒島地区は日本海側の物資を運んだ北前船の船主の居住地として栄えた港町だ。海運業で財を成した往時の勢威を示す黒塗りの瓦屋根。その瓦屋根が乗った重厚な家屋は崩壊したまま、復興のめどは立たない▼
だが、明るい進展もある。地域と何らかの関わりを持つ「関係人口」の数が石川県は全国1位となった。この地域では、外から来た人を迎えるおもてなし文化が根付いている。震災時、和倉温泉では宿泊客と地元の人々が同じ避難所で過ごせたのも、訪問客を受け入れる姿勢が日常の中で培われていたためと聞いた。それは、地域の歴史ともつながりがあるのだろう▼
江戸後期から明治中期にかけて、日本海の港々を結んだ北前船はネットワークを築き、能登は人とモノの流れの結節点であった。そこには異質性を受容し、それを糧とするすべがある。こうしたネットワーク形成力は形を変えながら今もこの地域に息づく確かな資産だ▼
復興には費用がかかる。国は財源の制約がある中で国としてどこまで支援するかを判断せざるを得ない。しかし同時に、地域の未来は歴史を紡いできた地元の人々に委ねられるべきものでもある。そこで地域が築いてきたネットワークの力を生かすことができれば、能登独自の躍進を遂げる可能性がある。目先の効率や短期的な成果だけで判断するのではなく、長期的な時間軸で復興を考えること。その中で目に見えない「つながり」の力をどう生かすのかが、これからの能登、そして日本の地域再生の行方を左右する
(NIRA総合研究開発機構理事・神田玲子)