古屋旅館
静岡県熱海市
湯治客の増加を見込んで開業
古くから温泉地として知られる熱海。海から熱湯が出たことからその名で呼ばれている。江戸時代には徳川家康も湯治に来ており、以来、江戸からの多くの湯治客でにぎわってきた。古屋旅館はこの地で文化3(1806)年に創業し、今も同じ場所で温泉宿を営んでいる。
「宿屋の創業は文化3年ですが、祖先からは元亀3(1572)年に熱海に来たと伝承されています。当時ここは北条領で、すぐそばまで武田軍が来ていました。もしかしたらうちの祖先は武田軍の斥候(せっこう)でここに派遣され、その後土着したのかもしれません。うちの名字は内田ですが、屋号は最初から古屋。山梨県には古屋姓が多く、昔の人はよく本家筋の名字を屋号に使っていましたから」と、内田家十六代目の内田進さんは言う。ちなみに内田さんは、宿屋の創業者からは六代目に当たるという。 「熱海はもともとは半農半漁の地で、うちも漁業の網元をやっていたようです。それが江戸時代の後期になると、庶民の旅行熱が高まり、幕府が温泉地の一夜湯治、つまり一泊だけの宿泊を解禁しました。うちはその翌年に開業したと聞いています。たまたまうちの近くで温泉が出たので、お客さまが増えることを当て込んで、宿屋を始めたのだと思います」
今は地形の変化などで海岸線から離れてしまい、海が見えなくなってしまった。しかし、創業当時から変わらないこの宿の場所は、かつては海のすぐ近くの一等地だったという。
景気に頼らず無理はしない
明治に入ると、もっと多くの湯治客を迎えられるように建物を建て替えて大型化していった。しかし、大正9年に宿泊客の失火により建物が全焼。「古い資料が相当あったはずなのですが、火事でそれが全部なくなってしまいました」と内田さんは惜しがる。
火事の後、旅館を木造3階建てに建て直し、営業を再開。熱海を訪れる行楽客の増加とともに、順調に発展していったという。
「しかし、戦争中は休業せざるを得ず、戦後は熱海の大型旅館がアメリカ軍に接収されました。うちも家族で追い出され、一時はニューヨーカーホテルなどという名前になっていました。昭和24年ごろにようやく戻ってきて、それからまた旅館を再開しました」
30年代になると、熱海は新婚旅行のメッカとなり、新婚カップルでにぎわうようになる。その後、その地位は宮崎県に奪われたが、今度は高度経済成長と共に団体客が訪れるようになり、バブルのころまでは芸者を伴う宴会に来る客層が多くなっていた。
「バブル経済が弾けると、熱海の旅館の3分の1が潰れました。団体客が減り、小グループ客への対応に遅れたところばかりでした。うちが生き残れたのは、祖父がよく言っていた、〝館主がぜいたくするな、経営で無理するな〟ということを守ってきたからです。景気というのは、良いときの次は必ず下がるのだから、常に下がったときのことを考えておけと。200年以上続けてこられたのも、時代の変化の中で、無理や冒険をせず地道にやってきたからだと思います」
70歳、これからが正念場
こういった時代の変化に対応していくには、旅館の館主が常にお客さまの見える場所にいることが大事だと内田さんは言う。
「旅館の親父が常に現場にいることで、お客さまからどのような要望があるのか、客層はどのように変化しているのかを感じることができます。それにより、次に打つ手も見えてくるのです」
また、宿泊客からのクレーム対応について館主の判断が必要なこともある。現場にいればすぐに行うことができるのだという。 「私ももう70歳、これからが旅館を残していくための勝負です。人口減という、今まで経験したことのない問題を乗り越えないといけない。基本的には無理をしないこと。あとは、うちのような全26室の小旅館でも、ネットを駆使しないと生き残りが難しい時代になっている。ネットは国内のみならず海外へ発信することができるので、海外からのお客さまへの対応も必要となります」と内田さんは気を引き締める。
その一方で、内田さんは平成25年から熱海商工会議所の会頭に就任。昨年10月の役員改選では続投を望む声が多く、再選されている。 「以前は商工会議所の会員を辞めようと思ったこともある。でもこの年になってみると、お年寄りだけでやっているようなお店の面倒を商工会議所が見て、経営面を含めてサポートしてあげる必要があることを実感しています。熱海の発展のためにも、これからもうひと踏ん張りするつもりです」
熱海のような古い温泉地は、古屋旅館のような老舗があってこそ繁栄が続いていくのであろう。
プロフィール
社名:古屋旅館
所在地:静岡県熱海市東海岸町5-24
電話:0557-81-0001
HP:https://atami-furuya.co.jp/
代表者:内田進
創業:文化3(1806)年
従業員:53名
※月刊石垣2017年6月号に掲載された記事です。
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