7匹の猫に囲まれる朝食風景などが話題となり、Twitterのフォロワーは26万人以上、YouTube公式チャンネルの登録者は13万人以上という「那須の長楽寺」住職の鈴木祥蔵さん。墓地販売をPRするために始めたSNSだったが、猫たちが縁と福を招く「招き猫」になって、全国から参拝者が訪れている。
寺に生まれ20歳で住職に 「寺に猫がいるのは自然」
栃木県那須町にある長楽寺は、1600年代創建の真言宗智山派の寺で、那須三十三観音霊場十二番札所である。住職の鈴木祥蔵さんは、この寺の6人兄弟の末っ子として生まれた。鈴木さんが小さいころから、寺には猫がいたという。
「昔は檀家さんがつくったお米を寺にお供えしてもらうという風習があり、その米のネズミよけとして猫を飼っていたんです。さらに昔は、仏教の経典のつなぎ目にのりとしてご飯をつぶしたものを使っていたため、ネズミが経典をかじってしまうことがあり、その予防のために猫を飼ったという説もあります。だから、寺に猫がいるのは自然なことなんですよ」
穏やかに語る鈴木さんだが、実は僧侶になるつもりはなかったという。先代の父も継がせなくてもいいと思っていたようで、兄たちはそれぞれ違う仕事に就いた。ところが、鈴木さんが高校生のときに状況が変わった。
「1970年代後半まで、この周辺の家も長楽寺の本堂もかやぶき屋根でした。私が高校生の頃、本堂のかやぶき屋根が強風で飛んでしまったんです。それで本堂を建て替えることになり、寺をつぶすわけにはいかないと、末っ子の私が継ぐことになりました」
鈴木さんは高校卒業後、僧侶になるために京都で修行しているときに父が急逝。20歳でこの寺の住職になった。
墓地販売のためSNS開始 猫との朝食が思わぬ人気に
2010年、鈴木さんは新たに寺の墓地を造成した。同じ年、妻の繭子さんと当時小学生だった娘が生後約3カ月の子猫「ミー子」を拾ってきた。翌年、ミー子は6匹の子どもを産んだ。3匹は里子に出して3匹は寺で飼い、猫は4匹になった。
15年、造成した墓地が売れないので、PRのためにホームページをつくることになった。普段から付き合いのある事務用品業者に「ホームページを見てもらうためにはどうすればいいか」と相談したところ、「Twitterというのがありますよ。奥さんはスマートフォンを持っていますよね。スマートフォンで簡単にできますから」と言われた。このとき、繭子さんはスマートフォンを持ってはいたものの、パソコンなどに詳しいわけではなく、SNSをやったこともなく、できればそういうことはあまりやりたくないと、鈴木さんと業者のやりとりを遠巻きに見ていただけだったという。しかし、鈴木さんから「Twitterをやってみて」とお願いされ、繭子さんがSNSを担当することになった。
もともと墓地の販売をPRするためのものなので、毎日投稿した方がいいという業者に言われてはいたが、小さい寺なので行事などがなく、投稿することが何もなかった。考えた末、飼っている猫たちの姿が目に留まった。当初は寺を身近に感じてもらおうと、猫の目線で寺を紹介する投稿をしていたが、紹介だけではなかなか続かない。それなら猫の様子をそのまま見てもらえばいいのではないかと、猫を撮影して投稿したところ、フォロワー数が急増していったという。
「Twitterを始めるぞ、と思って始めたわけでもないし、フォロワー数を増やすぞとガツガツしていたわけでもないんです。見ている人が喜んでくれるので、今では妻は意欲を持って運営しています。始めたころはこうなるとは思っていませんでしたが」
その後20年に、世話になっている獣医のところから縁あって2匹の猫がやってきた。さらに22年、寺の境内に迷い込んだ1匹を保護して、、現在は7匹の猫と一緒に暮らしている。鈴木さんが猫たちに囲まれてとる朝食風景が「猫全のせ」としてSNSで話題になり、個性あふれる猫たちと家族が触れ合う様子なども人気となった。現在、寺の公式Twitterのフォロワーは26万3000人、動画投稿サイトYouTube公式チャンネルの登録者は13万7000人(いずれも22年11月現在)などとなっている。大手出版社から『てらねこ 毎日が幸せになるお寺と猫の連れ添い方』『てらふくねこ 家族の縁をつなぐお寺の福猫たち』(以上KADOKAWA)、『6匹の猫と住職 あるがままに暮らす那須の長楽寺』(主婦の友社)が出版され、新聞や雑誌、テレビ番組でも多数取り上げられている。
「猫も家族ですから、一緒に食事をするのは自然なことです。SNSを始める前から私たちにとってはいつもの風景なので、新聞やテレビで取り上げられると照れくさいのですが、檀家さんが『テレビに出ていたね』『新聞読んだよ』と喜んでくれるのは、何よりもうれしいですね」と鈴木さんは目を細めた。
全国から来る参拝者のため猫の絵馬やグッズ制作も
墓地販売のPRのために始めたTwitterは大盛況となったが、残念ながら現在も墓地は売れていない。しかし、長楽寺がSNSで知られるようになり、全国から参拝者が訪れている。近隣に観光地などはなく、あまり交通の便がよい場所ではないが、「それでも長楽寺に足を運んでくれる方がいるのがうれしい」と鈴木さん。訪れる人たちのために猫たちが描かれた絵馬やアクリルスタンドなどのグッズをつくり、参拝客を出迎えている。SNS運営やグッズ販売などは、繭子さんが代表を務める「てらねこ 那須の長楽寺」が行っている。
「寺を維持することは経営です。日本の景気が悪くなるのに伴って、寺への寄付も減りました。これからの時代、小さな寺の経営をどのように守っていくのか。寺を守るということは、檀家さんを守ることにもつながります」
僧侶であり寺の経営者でもある鈴木さんに、これからの時代の過ごし方を聞いた。
「日々、決まったことを決まった形でやって、余計な欲を出さずに過ごす。例えば私なら、檀家さんが見ていなければ、朝のお勤めをさぼることもできると思われるかもしれませんが、私は毎朝お経をあげています。妻からなぜ? と聞かれたことがあって、なぜだろうと考えたら『僧侶だから』なんですね。やっていないのにやっているふりをするわけにはいきません。経営者であれば、仕事に対して真摯(しんし)に向き合い、身の丈に合ったことをする。今の時代に合っていて身の丈にも合ったことで、大切なものを守っていく。それが素直に生きていくということではないでしょうか」
鈴木 祥蔵(すずき・しょうぞう)
長楽寺住職
栃木県那須町にある1600年代に創建された真言宗智山派の長楽寺、通称「那須の長楽寺」住職。墓地販売をPRするため2015年から公式Twitterを開始した。自身が7匹の猫に囲まれる朝食風景などが人気となり、SNSで寺を知った参拝者が全国から訪れている。写真集『てらねこ 毎日が幸せになるお寺と猫の連れ添い方』(KADOKAWA)『6匹の猫と住職 あるがままに暮らす那須の長楽寺』(主婦の友社)のほか、新聞や雑誌などにも多数取り上げられている
写真・後藤さくら
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