業種を問わず、中小企業における人手不足は長年、懸案となっている。中小企業こそ、AIやDXなどの最新テクノロジーの導入による省人化に対応することを真剣に検討する時だ。
IoTとロボットの連動で生産性を上げ環境対策と人材確保に取り組んでいく
埼玉県有数の工業都市・狭山市にある久保井塗装は、自動車部品や通信機器部品などの工業塗装を手掛けている。60年にわたり培ってきた塗装管理のノウハウを、独自に開発したIoTシステムに投入することで、作業を数値化して「見える化」を実現。塗装工程を数値化し、塗装技術をロボットや自動塗装機に入力することで、塗装ロスを減らし、技術者への要求レベルを軽減しながらも高機能塗装を可能にするなどして、若手の人材確保に取り組んでいる。
創業初期に臭気問題を経験し環境対策には常に敏感に
「当社は、1958年に東京都大田区で建築塗装メーカーとして現社長の父が創業し、65年に久保井塗装工業所として工業塗装を始めました。ところが工場が住宅街にあったため、塗料の臭気が外に漏れると、ご近所からの心配する電話が鳴りやまなかったそうです。78年に狭山市に工場を移転したのですが、大田区での経験もあり、その頃から環境対策は非常に重要なことだという意識を会社として常に持っています。私自身も環境対策をするのが当たり前という感覚でこれまでやってきました」
そう語るのは、久保井塗装社長の窪井要さん。窪井さんは、中学生の頃から塗装業に就きたいと考えており、そのために大学では環境対策について学んだ。 「今の塗装は、エアスプレー(圧縮空気で塗料を霧状にして吹き付ける塗装方式)が主流ですが、その塗着効率(使用した塗料と製品に付着した塗料の比率)は50%以下です。つまり半分以上の塗料が塗着せずに廃棄物になるわけです。多くの塗装業者は自社の塗着効率を測りませんが、当社ではそれをデジタルメーターで計測し、塗着効率を85%にすることを目標にしています」
塗着効率が上がれば塗料の廃棄量が減り、脱炭素の観点からも、石油由来の塗料を燃焼処理するために発生するCO2の量も抑えられる。そこで3年前からは、経済産業省のGo-Tech事業(成長型中小企業等研究開発支援事業)の採択を受けて、塗着効率を上げることで廃棄物を減らすため、できるだけ少ない風量で塗装することで塗料の無駄を減らす研究開発を行っている。 「塗装の現場は、塗装を安定させるために室温を最低でも20度に保つ必要があります。風量が多いと、冬場はガスバーナーを全開で燃やして室温を上げる必要があり、燃料の燃焼や製品の製造などを通じてCO2を大量に排出しているわけです。これだけでもう脱炭素をしていないことになる。これを減らすために、大学の教授と一緒に研究しています」
30年前の数十分の1の金額で作業現場のIoT化を実現
その日の塗装に使う塗料の容量や調合比率を間違えないために、以前は手書きのチェックシートを使っていたが、どうしてもヒューマンエラーは起こる。調合した塗料はその日にしか使えないため、つくり過ぎれば廃棄物になり、調合比率を間違えると全量廃棄で、廃棄物はCO2の発生源となる。こういった無駄をなくすために、コンピューター管理によるシステム構築を始めた。 「この構想は30年前からあり、見積もりを取ったことがあるのですが、4億円ほどで、とても出せる金額ではありませんでした。そして2018年頃から経済産業省のIoT補助金(中小企業省力化投資補助金)の制度が始まり、ちょうど抗菌塗装の研究開発が一段落したところだったので、再び取り組み始めました」
30年前にはなかったIoT化された計量器や二次元コードリーダーが市販されており、さまざまな機器を連動させることができるシステムをシステムエンジニアに依頼して構築してもらった。最初にたたき台としてできたβ版のシステムは満足できる出来栄えで、金額もハードウエア込みで30年前の数十分の1。ものづくり補助金の申請も採択され、その金額の半分が補助された。そうして完成したのが、工業塗装をIoTで管理するシステム「KCW-CMS」である。
KCW-CMSには、同社が50年以上にわたり培ってきた塗装管理のノウハウが投入されており、被塗物の入荷と在庫管理、塗料の手配と残量管理、受注管理、作業者ごとの業務管理、製品ごとの作業標準・検査基準の管理、電子はかりと連携した塗料調合管理、タブレット端末による製品仕様ごとの検査入力、検査結果のリアルタイム集計、完成品在庫の管理など、工場全体の見える化を実現した。 「これにより、受注情報を入力すると在庫の塗料・素材・完成品で受注数量に足りるかが一覧で確認でき、出荷票ラベルに印字された二次元コードを使って出荷漏れを防止することもできます。そして、電子はかりと連携したミスのない塗料調合も可能になりました」
機械任せにするのではなく塗装に関する教育も重視
また、塗装ロボットの導入で作業効率も大きく向上している。通常のロボットは、既製の制御プログラムを使用しているが、同社では、経験豊富な塗装技術者とロボットのプログラマーが連携し、塗装ノウハウが詰まったロボット制御を可能にしている。 「今のところ塗装作業の主体はまだ人間です。新しい形状の塗装でもプログラムを書き換えなくても柔軟に対応できますから。一方で、同じ作業を繰り返す塗装はロボットの方が得意です。どちらもKCW-CMSを導入したことで、さらに効率化されました。ロボットといえど、スイッチを入れれば勝手に働いてくれるわけではありません。塗料の調合比率や量などは人間がジャッジしなければならない。しかしKCW-CMSがあれば、指一本で最適のデータを呼び出し、再現することができます。これだけでも、現場で作業する従業員のストレスがかなり軽減されます」
塗装をする際には塗装室内の湿温度によって塗料の調合も微妙に変化させる必要がある。温湿度センサーがIoTシステムに組み込まれているが、それで現状の温度は分かっても、天候の変化による1時間後の温度については、人間が予測せざるを得ない。その予測を基に配合をどう変更するかはKCW-CMSに数値が入っているため、経験や勘に頼ることなく適切な配合比率を選択できるようになっている。 「とはいえ、予測をしたり実際に作業をしたりするのは人間なので、塗装に関する教育もとても重要です。今は、月8時間ぐらいの勉強会を行っています。その勉強会も、教科書を読むというものではなく、大手塗料メーカーの元取締役や自動車メーカーの塗装部門の元トップ、自動車メーカー向けにカーボンニュートラルを研究している人といった方々に、塗装に関する講義をしてもらっています。また、工場の業務改善に関する専門家にも来てもらい、ロボット塗装専用の新工場をつくるためのアドバイスをもらっています。それらが若手従業員たちの成長にもつながっています」
IoTシステムの導入で環境を保護し人材を確保
「KCW-CMSが稼働を始めた2019年は創業以来最高益を記録しました。現場の従業員たちがよく働いた結果ですが、現場が最大効率で働けた最大の理由がこのKCW-CMS。塗料の在庫が人的ミスでショートしたり、配合ミスでつくり直したりするなどということがほぼなくなり、作業を滞りなく行うことができたからです。この年は波状的に注文が来ていたので、このシステムがなければ現場は大混乱だったと思います」
また、KCW-CMSの導入が、人材確保にも大きく関わっていると窪井さんは言う。それは、KCW-CMSが塗料の無駄をなくすことで工場の脱炭素にも貢献していることが関係している。 「ものづくりの現場はエネルギーを大量に使うし、廃棄物も出します。当社はCSR報告書を毎年出す企業ではありませんが、使用エネルギーや廃棄物をどう少なくしているかについて、いろいろな数値やエビデンスを示しています。今、当社で働いている若い人たちは、就職の際に環境対策という部分も含めてうちを選んだと思います。しかもそれが定着率にもつながっていて、塗装業はどこも従業員の高齢化が進む中、当社は全従業員の3分の1が20代です」
また、時代に合わせて定時終業も行っている。 「先ほど言った勉強会も就業時間内に行っています。その中で、私たちは定時でどれだけ生産効率を上げるかを考えなければなりません。そこにIoTシステムのKCW-CMSと塗装ロボットは大いに貢献しています。作業が属人化しないので、例えば従業員から水曜日に好きなバンドのライブがあるから休みたいと言われても、ほかの人が対応できるので、『そうか、行っといで』と言うことができます。そういうことも、人材を確保するための要素の一つとして大きいと思います」
同社の取り組みは、IoTとロボットを連動させて生産効率を上げることが環境対策と人材確保につながっている好例といえる。
会社データ
社 名 : 久保井塗装株式会社(くぼいとそう)
所在地 : 埼玉県狭山市中新田1083-3
電 話 : 04-2958-5763
HP : https://www.kuboitosou.co.jp
代表者 : 窪井要 代表取締役
従業員 : 約20人
【狭山商工会議所】
※月刊石垣2025年2月号に掲載された記事です。