少しでも経費を節減したい―。会社の大小を問わず、経営者なら誰しもそう考えていることだろう。ところが、オフィスや店舗が雑然としているだけで、知らぬ間に出費がかさんでいることもある。しかも、規模の小さな所ほどその傾向が強いという。そうした“見えない”ムダをコツコツ洗い出し、“見える”仕組みを整備することで大きな経費節減につなげる「チリツモ節約術」の秘訣(ひけつ)を、「オフィス片づけ110番」を運営する山口香央里さんに聞いた。
山口 香央里(やまぐち・かおり)
リソースナビ代表
小さなムダでも「チリも積もれば山となる」
─山口さんが提唱されている「チリツモ節約術」とは、どのようなものでしょうか。
山口香央里さん(以下、山口) これは、会社の経費節減対策として考えたコンテンツです。家計の小さな出費を見直して節約することもチリツモ節約術と呼ばれていますが、私が意図するのはオフィスや店舗にある種々雑多な「物」を効率的に整理して、最終的に「人」が働きやすい職場をつくることです。それにより小さなムダがなくなるだけでなく、従業員満足度を高めて離職率を下げ、損失額の大きい採用教育費の削減につなげることが目的です。
─山口さんがアドバイスしているのは、主にどのような規模の所ですか。
山口 従業員が10人以下の小規模事業所がほとんどです。規模が小さな所ほど人手不足でオフィスや店舗の環境整備に人員を割けず、雑然としがちです。その結果、探し物が増えて、ムダ買いが起こり、ミスも多発して従業員のやる気がなえていきます。そうした困り事を抱えている所を中心に改善のお手伝いをしています。
物が見つからない→ミスが増える→残業の悪循環
─山口さんが現在の事業を始めた理由は何でしょうか。
山口 直接的には、2010年に「ライフオーガナイザー®」という資格を取得したことがきっかけです。米国で誕生した職業の日本版で、思考や感情の整理から始めて、暮らしや仕事を最適化するために片付けや整理・整頓をサポートする仕事です。私はもともと片付けが大の苦手で、この資格を知った頃は、家の中が汚部屋状態だったこともあって興味が湧いたんです。
─片付けが苦手な人が片付けのプロになったというのは、すごいことですね。
山口 私はこの仕事を始める前に、半導体や医療機器メーカーなど計6社で15年間会社員をしてきました。主に在庫管理業務を担当していましたが、特に医療機器メーカー時代が激務で、勤務時間中は電話対応に追われ、通常業務は残業してこなすことが常態化していたのです。ほかのスタッフも皆忙しいからオフィスの整理整頓まで手が回らず、探し物は見つからない、ミスは増える、さらに残業時間が延びるという悪循環に陥っていました。
─そうした経験から片付けの重要性を実感されたのでしょうか。
山口 あるとき、職場にファイリングの上手な人が転職してきたのです。デスク回りが誰の目にも分かるように整理されているので、その人が会社を休んでもスムーズに業務を引き継ぎ、問題なく対応できました。その経験から、物を探す時間とコストがいかにムダだったかと身に染みて、人がストレスを感じない働きやすいオフィス環境づくりに興味を持つようになりました。
社歴の長い所ほど物がたまっている可能性大
─数々の会社や店にアドバイスを行ってきた経験から、ムダが多いと感じる業種はありますか。
山口 業種というより、規模の小さな事業所や店舗で多種多様な在庫を抱えている所はムダが発生しやすいです。整理・整頓が追いつかず無秩序に物が置かれ、売れずに放置されるなど死蔵品が多い傾向にあります。
─物理的に収納スペースが少ないことが原因でしょうか。
山口 スペースに対して物の量が多ければ、おのずとあふれてしまいますが、倉庫や広い収納スペースを持っている会社でも、整理・整頓がうまくいっていないケースもあります。なまじ“逃げ場”があると「とりあえず、ここに置いておこう」となりやすく、そのまま放置されている間に、さらに物が増えてしまいがちです。
─物が増えていくのは、どのような理由からですか。
山口 社歴の長い所や事業承継した会社や店は、物がたまり続けている可能性があります。規模の小さな所は、在庫管理がアナログな場合が多く、頭では理解していても、どこから減らしていったらいいか分からないケースが多いです。
─事業承継したところは、先代の私物が残っていそうです。
山口 その通りです。自分で三代目だというある会社の例ですが、先代が使っていた物がそのまま会社に置かれていて、勝手に処分できず途方に暮れていました。先代も現社長も物が捨てられないタイプの人なので、どこに何があるか分からない状態になっていたところへ、30年前の取引に関する書類を確認しなければならなくなり、困って私に連絡をくれたんですが、結局、目当ての書類は見つかりませんでした。
─物が多過ぎて支障が出た事例は、ほかにもありますか。
山口 ある美容院では、奥行きの深い棚にヘアカラー剤を色別に並べて、なくなったら補充するという形を取っていたんですが、実は奥の空間に落ちているのをなくなったと勘違いして注文し、在庫がダブついたという失敗例がありました。同様に、物が片付いていないことで必要な物が見つからず、発注をかけたら実は在庫が出てきたという二重発注はよく聞きますし、そうしたコストは、結構ばかになりません。
整理・整頓が上手でないとお金が消えていく
─ムダなコストの話が出てきました。整理・整頓がうまくいっていないことで起こるリスクについて教えてください。
山口 身近なところで言えば、備品の買い過ぎや重複によって発生する不要な出費とムダな在庫、それを保管するスペースに掛かるコストでしょうか。例えば、賃料月20万円のオフィスの約1割が物で埋まっている場合、ムダになる1年のテナント費は24万円になります(図2参照)。また、従業員10人が1日に15分ずつ探し物をしている会社があるとして、時給1500円、勤務日数・月20日で計算すると、ムダな時間は1年間で600時間、ムダな人件費は90万円(図3参照)という大きな金額になります。
─まさに“チリツモ”ですね。
山口 物だけではありません。オフィスの情報管理がうまくいっておらず、業務に必要な情報が従業員間で共有されていないと、担当者の不在時に仕事が滞りますし、それがもとでトラブルに発展する恐れもあります。仮に、それが原因で取引が破断した場合、大きな損失を被ることになります。
─実際に見てきた中で、最も大きな損失と思われるのはどのようなケースでしょうか。
山口 個人的に、オフィスの乱れは従業員間のトラブルの火種になりやすいと感じます。コミュニケーションエラーやミス、余計な仕事が増えて従業員同士がギクシャクし、会社に不満を抱くようになって結果的に辞めてしまう。すると、新たな人材を採用・教育するために掛かるコストは最も大きく、最もムダだと感じます。逆に言えば、オフィスや店舗を整理・整頓し、使いやすく戻しやすい仕組みをつくることで、時間とお金、従業員の精神的なゆとりや人間関係、生産効率、顧客からの信頼、そして人材定着率の向上が期待できるのです。
ポイントは取り出した物を“定位置”に戻す
─では、「チリツモ節約術」は、具体的にどのようなところから始めると良いですか。
山口 まずは在庫や備品を全て出し、全量の把握と見える化から始めます。大抵、「こんなにたくさんあったのか」と感じるはずです。そこから売れ筋と死に筋、買い方や持ち方の傾向が分かり、ムダの洗い出しができます。最初は、棚一段、引き出し一つ、商品在庫のみというように、小さく始めて段階的に進めていくと混乱を回避しやすくなります。
─在庫や備品を全出しした後、どのように減らしていくのでしょうか。
山口 次は種類ごとに分けます。引き出しを例に取ると、出した全アイテムを①持ち続ける②余剰・共有へ戻す③持ち帰る④迷う⑤捨てる─の五つに分類し、④は後でもう一度判断、②③⑤はその場で実施します。元に戻すのは①だけで、よく手に取るアイテムだけが残るので、探す手間と時間が省けるようになります。
─せっかく物を減らしても、すぐに元のごちゃごちゃした状態に戻ってしまうのを防ぐコツはありますか。
山口 どこにしまうか、定位置を決めておくことが大切です。よく使う物は、使う場所の近くに置くのがルールです。また、取り出した物は、定位置に戻す時間を業務時間内につくること。「明日やろう」などと先延ばしすると、すぐにごちゃごちゃした状態に逆戻りしてしまいます。そして物を増やさないコツは、すぐに買わないこと、見える化すること、どこかに“とりあえず”置いておく前に処分することです。
─店舗が在庫管理する際も基本は同じでしょうか。
山口 同じです。在庫をストックしておく場所には限りがあることを踏まえて、同種のものはできるだけ1カ所にまとめる、商品を置いておく定位置を空けた状態にしてから注文することを心掛けると良いでしょう。また、在庫を段ボールやレジ袋に入れたままストックしているのをよく目にしますが、中身は出して個包装単位で保管することをお勧めします。中が見えないと存在そのものを忘れてしまい、二重発注につながりやすくなります。どうしても出しにくい場合は、外から分かるように中身と個数を明記しておくようにしましょう。
─ほかにも物を増やさないコツはありますか。
山口 セミナーでもよく話すのですが、まとめ買いをしないことは重要です。必要なのは200個だけれど、300個買えば割引価格になると言われて、つい注文してしまうことがあると思います。それが余剰在庫になったり、使い切る前に保存期限が来て処分することになったりして、結果的にムダになることが多いのです。
データ化すべき範囲と情報運用ルールを決める
─整理・整頓にはペーパーレス化も必須でしょうか。
山口 そうですね。紙や印刷のコスト、書類の保管コスト、さらにそれらを探す手間を減らすためにペーパーレス化をお勧めしています。その際、何を書類で保管し、何をデータ化するのか、「データ化すべき範囲」を明確にすることが先決です。
─全部をデータ化するわけではないのですか。
山口 データ化するにも手間とコストが掛かりますから、それを最小限にするために、まずは書類を整理して、今必要なものや使用頻度が高い物から行うといいでしょう。逆にめったに見ない資料や念のため保存している資料などは優先順位を下げ、書類のまま保存しておく方が確実です。
─情報運用のルールはありますか。
山口 どの情報を何年保存するか、期限後はどう処理するかも決めておきたいポイントです。また、それらの情報をどう分類するか、フォルダ名はどうつけるか、どのフォルダに保存するか(定位置)などのルールも必要です。これを決めておかないと、せっかくデータ化してもファイルがどこに行ったか分からなくなり、探す時間とコストが掛かって本末転倒です。
─データの分類や保存のルールを決めておいても、気付くとデスクトップがフォルダで埋め尽くされてしまうことがあります。その改善方法は?
山口 デスクトップも無限ではないので、在庫や備品を保管するのと同様に定量管理を心掛けてほしいです。これから新しく始まる仕事、現在進行中の仕事、すでに終わった仕事といった形で分けると、優先順位もおのずと変わってきます。そこで、業務内容に応じて定期的にメンテナンスと整理を行い、できるだけデスクトップ上に置くフォルダの数を少なくしておきましょう。外に出ているデータが減れば、人的ミスも発生しにくくなり、情報漏えいなども防ぎやすくなります。
整理・整頓の定着は社長の“やる気”次第
─具体的なノウハウを伺ってきましたが、それが定着する秘訣はありますか。
山口 私の実感では、社長が率先してやっている所が最も成功しやすく、長続きしています。社長自身が職場の環境整備に興味がないと、いったんはきれいになっても元のもくあみになりやすいです。問題意識はあって私にアドバイスを求めてきたけれど、話を聞いた後は担当者を指名して丸投げしたり、従業員には片付けろと言いながら社長の机はいつも書類が散らかっていたりするというのでは、うまくいかないばかりか、従業員のやる気を低下させる結果になりかねません。
─社長が自らやる気を見せることが大事ですね。
山口 それが成否を分けると言ってもいいです。社長は物理的に忙しいですが、まずは自ら取り組む。その上で従業員にも伝え続けることが大切です。就業前の朝礼で社内の環境整備の重要性を伝えたり、環境整備担当者とこまめに情報共有したり、「物が増えてきたから、余分なものは処分しよう」などと具体的な指示をするなど、社長の背中を見せることで従業員もついてきます。
─節減された数字を見せるのもモチベーションにつながりそうです。
山口 そうですね。さまざまな見えないムダによって発生する損失額がどれくらいになるのかが具体的に分かると、今までおざなりにしてきたことに気付いて、従業員の意識や行動が変わってくるでしょう。ポイントは、1人で取り組むのではなく、周囲を巻き込みながら、業務時間内に行うことです。そうすれば従業員から不満も出にくくなります。
─最後に、「チリツモ節約術」が多くの会社や店で実践されるように、メッセージをお願いします。
山口 現在、さまざまなものが値上がりして、経営コストは上昇の一途をたどっています。今こそ小さなムダをなくして不要な出費を抑えることが、防衛策の一つになるのではないでしょうか。一つひとつは特別なことではなく、誰でもやる気になればすぐにできます。小さなルールをコツコツと実践して「人」が働きやすい職場づくりを目指すことが、結果的に最も大きなコストダウンにつながることをぜひ体感してみてください。
オフィス片づけ110番のHPはこちらhttps://officekataduke.biz