パワーカップルならぬ「パワーファミリー」という言葉を聞いたことはあるだろうか。世帯年収1500万円以上の子どものいる共働き家庭であるパワーファミリーは今、新たな消費のけん引役として大きな期待を集めている。とはいえ、1980年代のバブル期とは異なり、旺盛な購買欲がある一方、必要性や価値を感じるものしか買わないという堅実さも兼ね備えている。今号では、そんなパワーファミリー層の実態と消費傾向について、ニッセイ基礎研究所上席研究員の久我尚子さんに話を聞いた。
久我 尚子(くが・なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員
子どものいるパワーカップル=パワーファミリー
─最近耳にする「パワーファミリー」とはどのような家庭を指しますか。
久我尚子さん(以下、久我) パワーファミリーという言葉が使われ始めたのは、日経ビジネスで特集が組まれてからだと思います。パワーカップルは「夫婦ともに高収入な共働き家庭」のことですが、明確な定義はないものの、弊社では「夫婦ともに年収700万円以上」をパワーカップルとしています。また、その6割が子育て世帯であることから、「インフレ下でも消費意欲が衰えず、高い購買力が見込める子どものいるパワーカップル世帯」をパワーファミリーと呼んでいます。
―年代構成はどのようになっていますか。
久我 ボリュームゾーンは30~40代で、30代が約25%、40代は約35%を占めています。次に多いのは50代で約26%となっています。
―世帯全体に占めるパワーカップルの割合は、どれくらいですか。
久我 2023年の総務省の統計を見てみると、共働き世帯は1278万世帯であるうち、パワーカップルは40万世帯です。これは共働き世帯の約3%、日本の総世帯数から見ると約0・7%となります。ただ、10年前と比べて2倍くらいに増えていて、その増加傾向はコロナ禍でも継続していました。
女性の活躍推進によりキャリアアップする女性増加
―パワーカップルが増加している要因は何ですか。
久我 やはり女性の社会進出の進展が大きいと思います。1986年に「男女雇用機会均等法」が制定されて以降、女性の就労環境が整備されてきたことで、95年頃を境に専業主婦世帯より共働き世帯の方が多くなりました。現在では子育て世帯の6割強が共働きです。
―共働きすることで世帯年収も増えたということですか。
久我 それもありますが、価値観の変化が大きいと思います。96年入学を境に女性の大学進学率が短大進学率を逆転し、以降は大学進学者が増え続けています。女性も男性と同じように大学を選び、就職活動をし、働くことが普通になって、キャリアアップする女性も増えています。そうした結果、世帯年収も上がってきたと考えられます。
―働く女性にとって出産や育児というハードルがありました。
久我 女性の活躍推進においては、女性が出産・育児のために離職する「M字カーブ」の底上げを目標に掲げていましたが、企業側も産休・育休を取った後に職場復帰できる環境整備を進めてきたことで、現状ではほぼ解消されています。
―正社員で出産・育児を経て職場に復帰し、順調にキャリアアップした女性が高収入を得やすくなっているということですか。
久我 そうですね。産休・育休を取っても就業継続していくというのは、企業側としても強く推進していますし、今では男性の育休取得率が公表義務化され(現在は従業員数1000人以上の企業、25年4月から300人以上)、今後、その義務対象が広がっていく予定なので、女性の就労環境も社会の意識もだいぶ変わってきています。それが女性の収入アップにつながっていることは間違いありません。一方で、20代をピークに正規雇用の割合がどんどん減っていく「L字カーブ」という新たな問題が生じています。この傾向は女性の管理職比率を上げる上でマイナスですし、何より男女の賃金格差につながるので、これを是正することが今後の課題となっています。
若い世代ほど家庭や生活を重視する傾向が高い
―パワーファミリーは、夫婦関係や育児などに関して何か特徴はありますか。
久我 若い世代ほど男女が肩を並べることを当たり前と捉えています。夫婦ともに収入が高いので、妻が家事や育児の大半を引き受けるのではなく、家事代行や食材パックの宅配などのサービスを罪悪感なく、上手に利用している印象です。とはいえ、夫婦の役割分担には偏りがあると見られ、男女共同参画白書などでは、例えば、未就学の子どものいる夫婦の家事や育児の時間は妻の方が多くなっています。
―近年では、夫もかなり家事や育児を担当している印象がありますが。
久我 若い世代では、かなり変わってきた印象がありますが、やはり妻がメインという意識は根強くあるようにも感じています。家庭の中だけでなく、子どもの学校関係でも、例えばPTAは妻がやるのが当たり前で、妻がやらないと減点されますが、夫がやると加点されるというような感覚はあります。
―確かに「イクメンはえらい」という世間の評価がありました。
久我 そうですね。かつてはイクメンがもてはやされ、政策にも「イクメンプロジェクト」というものがありました。今では夫も子育てするのは当たり前ですし、イクメンという言葉自体が少し古いというか、顰蹙(ひんしゅく)を買う場合もあって使われなくなりました。
―それはいつ頃からでしょうか。
久我 明確な時期は分かりませんが、コロナ禍が一つのきっかけかもしれません。テレワークの進展で働き方が変わり、それによって家の中で費やす時間が夫婦ともに増え、家庭や生活を重視する傾向が若い世代ほど高まりました。バブル時代に「24時間戦えますか」という会社人間を象徴する流行語がありましたが、今では自分たちの生活が一番大事という考えが、コロナ禍を経てより強まった気がします。
子どもの教育に惜しみなくお金をかけるのが特徴
―パワーカップルの消費行動の特徴について教えてください。
久我 子どもの教育にお金をかけるところが大きな特徴ではないでしょうか。家計調査や世代ごとの消費の分析などを行うと、一般的に収入が増えるほど教養や娯楽関連支出の占める割合が増え、必需性の低い選択的な支出が増加しますが、パワーカップルの場合、子どもの教育関連の支出が高い傾向があります。
―それはどういう理由からでしょうか。
久我 文部科学省の「子供の学習費調査」によると、世帯年収に比例して子どもの習い事など学校外の支出が高くなっています。これは公立・私立ともに同じ傾向があって、特に公立の場合、世帯年収が400万円未満と比べ、1200万円以上の世帯ではおよそ3・5倍と大きな差があります。パワーカップルは高学歴の人が多く、自分も子どもの頃に多くの習い事をしていたり、中学受験をしていたり、留学経験があったりするので、子どもにも自分以上の教育環境を与えようと考えるからではないでしょうか。
―子どもの教育以外の消費に何か特徴はありますか。
久我 収入に比例して、総じて旅行の宿泊料や外食にかける予算も多くなる傾向があります。キャリア形成や幅広い知識を習得するために、大学院での学び直し、資格取得などにも意欲的です。
―使えるお金があっても無尽蔵に使うわけではないと聞きますが。
久我 特に40代以下の世代には消費に関して二つの特徴があると思います。一つは堅実さ。パワーカップルの中心である30~40代は就職氷河期世代で、景気低迷の中で消費の価値観が形成されてきたため、必要性や価値を感じないものは買いませんし、余力があれば投資や貯蓄に目を向ける傾向があります。もう一つは、デジタルネーティブだということ。数ある情報の中から最適解を取捨選択しながら大人になっているので、生活設計を考えて中長期的に価値があるもの、自分の生活の質を上げるものをきちんと調べて購入します。
―やはり投資にも熱心ですか。
久我 弊社の調査を見ても、7割の人が普段から金利水準を意識し、金融や経済への関心が高く、知識も豊富です。貯蓄をしただけでは資産は増えないので、どのように分散投資をして、中長期的にどう運用していくかを考えている人が多いのではないでしょうか。特に大企業にお勤めの人は、ライフプランに関する研修制度などもあるので、投資に目を向けやすい環境にあるといえます。
―余談になりますが、夫の方が圧倒的に収入が高く、妻はパートで働いていて、トータルで1500万円以上になるという世帯は、パワーカップルと消費行動において違いはありますか。
久我 女性の働き方や家庭に費やせる時間がまったく違うので、消費に向かうマインドもおのずと変わってきます。例えば、家事代行やベビーシッター、食材キットの宅配など生活を支える商品やサービスの需要が違います。また、時短をかなえるために家電の最上位モデルを買う、どこに住むかなども変わってくるでしょう。弊社が「夫婦ともに700万円以上」をパワーカップルと定義しているのは、そういう理由もあるのです。
かつてほど高級品やハイブランドにこだわらない
―パワーカップルの消費は堅実とのことですが、ブランド品などの志向はいかがですか。
久我 かつてブランド品は品質が良く流行に乗っていて価値があるから、高価でも買っていました。現在ではファストファッションが登場して、品質の良い流行のものが安く手に入ります。さらにフリマアプリが普及して、自分が使いたいときに必要な量だけ買い、不要になったら売ればいいという価値観が定着してきました。これはパワーカップルに限らず、若い世代を中心とした消費者全体にいえることです。
―少し背伸びをしてブランド品を買っていた時代の価値観とはずいぶん変わりました。
久我 SNS世代であることも影響していると思います。SNS世代は横のつながりが重要で、朝起きてから夜寝るまで周囲とゆるくつながっている生活を送っています。それには共感が得られるような話題が有効で、ブランド品や高級外車を買ったなど周囲にマウントを取るようなことを言うと嫌われてしまうので、高額品を買う行動を良しとする価値がだいぶ弱まっています。とはいえ、ブランドものは好きなので、エルメスのバッグにファストファッションを合わせることもあります。
―首都圏の高額マンション購入層の一角はパワーファミリーといわれていますが、やはりタワマンを好む人が多いのでしょうか。
久我 それは好みによると思いますが、パワーファミリーは大都市圏に集中しているので、タワーマンションに住んでいるケースは多いと思います。ただ、その場合、子どもの教育環境とセットで選ぶ傾向は強いと思います。知り合いの例で、東京の山手線駅からほど近いタワマンに住んでいるのですが、駅からマンションまでの間に幼児教室や英語教室、民間学童施設など、さまざまな子ども向けサービスがズラッと並んでいました。また、マンションの中庭に住人だけが使える公園があって安全に遊べるようになっている、1階に保育園が入っているなど、子育てにも配慮されているところもあるので、効率性を考えてタワマンを選択する人は多いでしょう。
―ほかの事例はありますか。
久我 今日の過熱した受験市場はおかしいと、軽井沢や逗子など都心から離れた場所に住居を求めるケースもあります。これは夫婦の仕事がテレワーク可能な業種だからできることですが、近年ではそうしたパワーカップルを意識してか、軽井沢にインターナショナルスクールがポツポツできているようです。まだ少数派ではありますが、今後、郊外に子どもの教育環境の充実したまちが形成される可能性はあるでしょう。
市場のキーワードはサステナビリティ
―地方の中小企業が「パワーファミリー」という市場を見据えたとき、どのような商品やサービスが有望と考えますか。
久我 やはり本質的に質の高いもの。例えば、エルメスが岡山のデニムを採用しているように、日本各地の製造業は世界的に見ても質の高いものをたくさんつくっているので、そこはアピールポイントでしょう。また、ストーリー性のあるものも、比較的若い世代には受け入れやすいと思います。
―ストーリー性とは、具体的にどのようなことでしょうか。
久我 その商品やサービスをつくった生産者の思いや開発の過程など、その商品やサービスができるまでの物語です。それが買う側のライフスタイルとうまくリンクすると、消費行動につながりやすくなります。地方のメーカーは自社製品の質の高さをもって、「あなたの生活のこういうところにハマりますよ」と伝えると効果的ではないでしょうか。
―地方の中小企業は品質にこだわってつくり続けているところが少なくありません。品質やストーリー性以外に何かポイントはありますか。
久我 「サステナビリティ」は一つのキーワードです。例えば、省資源で高品質のものをつくっている、サプライチェーンに気を使っている、自社従業員の働く環境に配慮しているといったことを発信すると、パワーカップルには結構刺さると思います。
―地方の中小企業で、パワーファミリーをターゲットに新しい商品やサービスを展開しているという実例はありますか。
久我 実例となると難しいですが、パワーファミリーは主に大都市圏に住んでいることや、普段あまり時間がないことから、子どもの体験に高い需要が見込まれます。例えば、夏休みに開催する子どもだけのキャンプで、参加中は全て英語で話すルールになっているといったアクティビティのニーズは非常に高く、実際に参加している人も多いようです。やはり、子どもの教育関連には惜しみなくお金を使うので、そうした商品やサービスの需要は継続的に上がっていくと思われます。
発信力が高くインフルエンサー的な役割も
―パワーファミリーの今後の動向をどう分析していますか。
久我 パワーファミリーは今後も増えていくと考えられます。今の若い世代は“勝ち組”の概念が変わってきていて、「共働きの方が豊かな生活が送れる」と考え、実際、夫の年収が1500万円以上の妻の約6割が就業しています。妻の年収が高いほど、夫の年収も高いことが分かっています。この流れは夫婦世帯間の経済格差が大きくなるという側面はあるものの、今後も進展していくと思います。
―やはりパワーファミリーの市場は有望ですか。
久我 マーケットとして有望であることは間違いありません。また、消費だけでなく情報発信にも積極的で、「自分が購入した製品やサービスの良さを多くの人に伝えたい」という意識があります。もし、自社製品やサービスを気に入ってもらえたら、幅広い交友関係やSNSなどを通じて多くの人にリーチできる可能性があります。
―インフルエンサー的な役割を果たしてくれるわけですね。
久我 その通りです。パワーカップルは40万世帯と非常に少ないですが、その前後層を含めると、全体で130万世帯ほどまで増えるので、結構な市場といえます。
―最後に、これからパワーファミリーを念頭に置いたビジネスを考える上で、何かヒントをいただけますか。
久我 先ほどサステナビリティというキーワードを挙げましたが、パワーカップルは貢献意識が高いことも大きな特徴で、社会や誰かの役に立つことに対してもお金を使う傾向があります。例えば、食品ロスを減らすためにあえて訳アリ野菜を買うなど。それは生産者や地域のためになり、サステナビリティにもつながります。各地域にはさまざまな特産品があると思うので、その商品を買うことがその地域のため、ひいては社会や環境のためになるという切り口をアピールするのも効果的ではないでしょうか。
パワーファミリーの特徴
子どもの人数は2人程度
子どもが2人以上いるパワーファミリーの割合は65.6%。共働き世帯全体の50.2%から見て、子どもの数が若干多い
三大都市圏に居住
パワーファミリーは東京都心部のほか、大阪、名古屋など大都市圏に集中。マンション居住がやや多く、持ち家率がやや高い。テレワークの進展で郊外や二拠点居住への関心も高いが少数派
大企業勤務の正社員
夫は正規雇用が7割で、役員は15%。妻は正規雇用が8割、そのうち1割強が公務員で、役員は1割となっている。
金融資産は4000万円以上が4割
普段から金利水準などを意識し、投資にも積極的
価値を感じるものの消費に積極的
日常と非日常を分ける「メリハリ消費」を実践。旅行、趣味、子どもの教育、自己啓発、家事代行、時短製品やサービスなどの消費は積極的で、節約分は投資へ。デジタルネーティブで情報通のため、資産運用もアプリを利用して自分で行う
資料:久我尚子「パワーカップル世帯の動向」ニッセイ基礎研レポート
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