消費者物価指数の上昇に歯止めがかからない。つい最近までデフレに苦しんできたわが国が、主要先進国の中で最も高いインフレ率になってしまった。欧米諸国の多くは、とりあえず物価上昇が鎮静化しつつある中、わが国は周回遅れでインフレに苦しんでいる。この物価上昇は、主に企業のコストアップ分を価格に転嫁する動きによるものだ。つまり、コスト圧迫の“コストプッシュ型”のインフレということができる。需要が高まって価格が上昇する“デマンドプル型”インフレとはやや異なる。ある意味では、あまり好ましくない物価上昇といえる。
2021年から23年頃の物価上昇は、主に円安と、世界的なエネルギー資源、食料などの価格上昇の影響が大きかった。しかし、ここに来てコストアップ要因は、主に人手不足による人件費の上昇に変わりつつある。広い分野で人手不足はかなり深刻だ。人員確保のため、賃金を上げざるを得なくなった。それに伴い、わが国の給与も上がるようになっている。
これまで、主要先進国の賃金水準は上昇傾向をたどってきた。一方、わが国では、約30年間ほとんど変わらなかったが、人手不足から賃金水準がようやく上がり始めた。そのため企業のコストが上昇し、コストアップ分の価格への転嫁により、物価が上がり始めた。まさに周回遅れのインフレの展開といえるだろう。
わが国の人口減少は構造的な問題であり、今後、どうしても人件費は増加傾向になるだろう。問題は、給与上昇と物価上昇のペースだ。現在、食料など日常生活に欠かせないモノやサービスの価格上昇率は、名目賃金の上昇ペースを上回っている。つまり、実質ベースの給与は低下していて、当面、私たちの生活が楽になりにくいということである。
ここ数カ月の間、追加の値上げを発表する国内企業が目立っている。中でも、家計にとってインパクトが大きいのは食料品だ。6月末のある調査によると、値上げが確定した食料品は約1万8千品目に達するという。加工食品、菓子などの値上げも多い。米の値上がりによる原材料の仕入れ価格上昇が、その一因だろう。サービスの分野でも、飲食、宿泊、物流などで、料金引き上げを表明する事業者が増えた。タクシー、路線バス、鉄道などの分野でも、初乗り運賃を引き上げてコスト増加分の価格転嫁を急ぐ企業は増えている。そのほか、自動車、一般用(OTC)医薬品も、コストの増加を主な要因に、価格が上昇した。
昨年、わが国では、統計開始以来初めて年間の出生数が70万人を下回った。合計特殊出生率は1・15に低下した。少子化、高齢化、人口減少の加速は避けられない。今年6月の日銀短観では、調査対象の全分野の企業が、先行きの人手不足は深刻化すると回答した。企業はこれまで以上に賃上げを実行し、採用を増やして人手をつなぎ留める必要がある。これからも、人件費増加によるコストプッシュの圧力は高まると予想される。それにより、追加値上げを実行する企業は増えるはずだ。当面、物価の上昇はなかなか止まらないとみられる。
ただ、経済全体でみると、賃金上昇分を価格転嫁できる企業と、それが難しい企業の差が鮮明化することが想定される。また、インフレが進むと、金融・実物資産を持つ資産家と、そうではない層の経済格差は拡大する可能性が高い。実際、物価上昇により、日々の生活を見直す人や支出を切り詰めなければならない人は増えるだろう。年金制度の見直しは最も重要な課題の一つになるはずだ。それは、個々の家計の問題にとどまらず、国力の低下につながりかねない問題だ。
わが国の経済課題は、中長期的な視点に立った経済力強化のはずだ。このままだと、人件費の増大による物価上昇圧力は高まるだろう。実質賃金は伸び悩み、個人消費の低迷が続くことも懸念される。そうした事態を防ぐためには、自動車産業に続く柱となる基幹産業を育成することが必須の条件である。今こそ、わが国は官民を挙げて、新しい付加価値を創出することができる産業をつくることを目指すべきだ。 (7月15日執筆)

