地方の衰退・人口減少が止まらない。そうした状況下で地域の特徴的なまち並みや地域企業の工場、ものづくりの技術などを活用し、新たな観光資源とすべく取り組んでいる地域がある。「何もないまち」などなく、地域に埋もれた素材をどう生かすか。あなたのまちでも今すぐ取り組める、四つのモデルケースを紹介する。
社長自ら案内する「ファクトリーツアー」でまちと会社の魅力を発信
自動車ボディーの金型製造を中心に75年の歴史を誇る明星金属工業。同社は将来的な人材確保を目的とする企業PR戦略として、工場見学や職場体験などに取り組んできた。昨年には大手旅行サイトとコラボした観光体験ツアーのプランの一つとして「ファクトリーツアー」を展開。ユニークな内容が好評を博している。
まちの魅力を体験する「ファクトリーツアー」が人気
大阪府東部に位置する大東市は、生駒(いこま)山系飯盛山(いいもりやま)の麓に広がり、豊かな自然や歴史を有するまちである。また、製造業が盛んで“ものづくりのまち”としても知られる。そんな同市が大手旅行サイト「じゃらん」とコラボして、2024年からまちの魅力を満喫できる観光体験ツアーを展開している。アウトドア、歴史・文化、グルメとともに体験プランの一つに組み込まれているのが、明星金属工業の「ファクトリーツアー」だ。
その内容がなかなか面白い。参加者は、同社の作業着と帽子を着用し、社長自らの案内で金型製造現場を見学する。さらに、金型の技術を使って製作したおむすび型で、飯盛山にちなんだおむすびづくりを体験する。最後に同社の社食でおむすびランチを食べるという流れだ。
「うちの食堂では、近隣の大学や保健所と連携して、野菜・油・塩の量に配慮した『V・O・Sメニュー』を提供しています。ツアーに来られた方にも、おむすびとともにそのメニューを味わってもらっていますが、大変おいしいと喜ばれています」と、同社社長の上田幸司さんは楽しそうに話す。
BtoBを基本にものづくりをしてきた同社が、一般の人を工場内に呼び込むようになったのは17年頃のことだ。その背景には長期的な人材確保戦略がある。
各種体験イベントで人を呼びスマホ検索での露出を向上
同社は自動車ボディーのアウターパーツをメインに、長い歴史を持つ金型メーカーだ。3次元データによるデジタル化を進める一方、伝統的な手仕上げの技術を強みとする。現在8名の熟練工(なにわの名工受賞者)が在籍するが、技能の継承が課題となっている。
「府内の工業高校が減少し、新入社員の確保が年々厳しくなっています。入社しても金型の知識がほとんどないので、技能訓練プログラムを導入して基礎から教えていますが、なかなか金型に魅力を感じてもらえません。その結果、早期に辞めてしまう者も少なくなく、人材育成はずっとネックだったんです」
どうしたら金型に興味を持ってもらえるか、技術を身に付けて会社に定着してくれるのか。その方策として、求職者がスマホ検索を利用する際、キーワードとして企業名や仕事内容を入力してもらえるようなPR戦略が必要という結論に行き着いた。上田さんは、同社を広く一般の人に知ってもらうために、地域の保育園から高校までを対象とした工場見学や職場体験の取り組みを始めた。
「将来的な社員候補として、市内の子どもたちに工場内を見せ、仕事を体験する機会をつくりたいというのが発端です。ただ、人手不足なのはどこも同じ。当社が中心となって、地域全体を盛り上げるために地元の大東商工会議所のご支援により、地元企業への声掛けと協力企業マップを作成いただき、市とも連携して取り組みがスタートしました。初めは27社でしたが、翌年には42社、最終的に56社と協力企業も増えていきました」
上田さんは、ほかにも地域貢献活動の一環として、市内の親子向け企業探検ツアーやキッズファクトリーといった体験イベントを次々に企画し、多くの来場者が集まるようになる。その様子や日々の社内の出来事を、SNSを通じてこまめに発信することで、来訪者拡大やスマホ検索での露出向上を図っている。
観光体験ツアーを継続し地域活性化と事業継続を模索
こうした一連の取り組みの追い風になったのが、前述の「ファクトリーツアー」だ。当初は、どれくらい反応があるのか予想できなかったというが、すでに何組もの応募があり、その中には広島からわざわざ足を運んでくれた参加者もいたという。
「参加者は皆、楽しかったと言ってくれましたし、社員もそれをいろいろ工夫しながらSNSで発信してくれています。ただ、『じゃらん』のHPから大東市の観光情報にたどり着くには、特定のキーワードを使わなければならないので、一般的な検索では情報が埋もれてしまう可能性があります。今後、工夫しなければならない部分ですね」
また、市の取り組みは単年度で終わってしまうケースが少なくないことも課題だと上田さんは言う。広く人を呼び込む仕組みを継続するためにも、こうした観光体験ツアーをふるさと納税の返礼品として組み込むことも視野に入れたいと力を込める。
「出発点は、将来的な人材確保でしたが、市や地元企業と協力して人を呼ぶ仕組みを考え、実践してきて、やはり地域全体に活気があることが大事だと気付きました。観光というコンテンツを上手に活用しつつ、今後も多くの人にものづくりの面白さを伝え続けて、当社がものづくりの会社として永続する方法を模索していきたい」と上田さん。
かつて職場体験で同社にやって来た高校生が、来年の春に入社するという。上田さんの息の長い取り組みが実を結びつつある。
会社データ
社 名 : 明星金属工業株式会社(めいせいきんぞくこうぎょう)
所在地 : 大阪府大東市野崎4-5-12
電 話 : 072-877-1661
HP : https://www.meisei-metal.com
代表者 : 上田幸司 代表取締役社長
従業員 : 95人
【大東商工会議所】
※月刊石垣2025年10月号に掲載された記事です。
