今まさに大きな転換期にある日本の安全保障。集団的自衛権、集団安全保障による武力行使を認めるか否かは、憲法解釈の変更という大きな課題であると同時に、日本がこの先、世界の国々とどう接していくのか、その方向性を左右する大きな課題でもある。そんな安全保障問題は実は日本の経済に密接に関係しているという。安全保障のスペシャリスト・森本敏さんに安全保障と国民一人ひとりがどうつながっているか、どう考えればよいのかについて話を伺った。
経済と安全保障は密接な関係がある
「国家間の安全保障」というと、外交上の話だという意識が強く、一般人の日常生活からは遠い話だと感じている人もいるかもしれない。しかし、エネルギー資源や食料品、製品の原材料の輸出入などの面からみても、産業や国民生活と安全保障は切っても切れない密接な関係にある。日本の安全保障と産業・経済の関係性について、森本さんは「相関関係があります」と語る。
「国家とは、主権、領土・領海・領空からなる領域、その中に住む国民からなっています。『国家』は、領域内に暮らす『国民』の生命と財産を守らなくてはならないのです。それが脅かされる、あるいは安全でないのであれば、それは『国』とはいえません。国が安全であるためには、豊かであるということが必要になります。つまり、国が豊かだからこそ危機管理、防衛、災害救援といったさまざまな経費を賄うことができるのです。国が富むことで初めて他国から侵略されない、自然災害にも強い社会をつくることが可能になるのです」
森本さんは防衛大学校を卒業後、航空自衛隊を経て外務省へ入省。安全保障の第一線で活躍を続けた後、平成24年には民間人として初の防衛大臣に就任している。まさに安全保障のスペシャリストである。では、「安全保障と経済が相関関係にある」というのは、具体的にはどういうことなのか。
「国が豊かになるために必要な条件が経済の発展なのです。国の発展や繁栄を支えているのは国民ですが、特に企業体、経済を担う彼らが、付加価値の高い商品をつくり、それを外国に売って外貨を稼ぐ。その外貨でエネルギーや食料、原材料を手に入れて、さらに良い製品をつくって売る――。このようなサイクルで経済は発展していきます」
経済が発展するからこそ、国が豊かになる。国が豊かになれば、国民の安全を確保することも可能になる。国民の安全を確保できるということは、自国の領域内で行われる取引の安全性も保てる、ということだ。このことは、日本と取引をする諸外国からの信頼につながっていく。結果として、海外からの投資が増加し、さらに経済が伸びていくというわけである。
つまり「国を守る」という意味でも、経済発展は欠けてはならないということになる。国内にある大小全ての企業、その一つひとつが、「日本の安全を守る」ということに貢献しているのだ。
日本の特性を生かしながら、積極的に情報収集すべき
では、日本の企業は、いかにして世界で売れる付加価値の高い商品をつくっていけばよいのか。そのために必要なのは、グローバルに市場を把握することだという。森本さんはそのための〝情報収集〟の重要さを指摘する。
「例えば、まんじゅうやクッキーをつくる企業だったとします。では原材料となる小麦は、どこから手に入れますか? 海外から輸入する場合が多いでしょう。では小麦の値段がどこで、どのようにして決まっているのか? 実はシカゴの市場で決まっています。シカゴで世界中の小麦の取引が行われている。加えて、製品をつくる機械を動かすために、石油が必要な場合もあるでしょう。では石油はどこで値段が決まるか? ニューヨークで取引されて決まるのです。経営者であれば、そういった情報を得ていることは当然必要です」
いかにコストを下げ、いかに価値のある製品を生み出すか。特に原料を安く手に入れるためには、このようなグローバルな情報は企業の規模を問わず必要になってくる。
外交官として世界各国をその目で見てきた森本さん。日本の特性は非常にディシプリンがある(規律が守られている)ことだと語る。これは、日本の優位性につながると説明する。
「アフリカやアジアにある途上国の人たちというのは、規律を守ることのできない人が多いのです。なぜなら、厳格に規律を守るという文化、教育がないからです。例えば1カ月働いてお給料をもらったら、翌日から仕事に来なくなる。そのお給料を使い果たし、お金がなくなったら、ひょっこり働きに来る。また稼いだら仕事に来なくなる。その繰り返し。計画して働く、貯蓄をするという意識がない人が多いのです。ですから、いつまでも生活が向上しない。国を発展させる良い社会というのは、規律やルールがきちんと守られています。今の日本がまさにその典型といえます」
そんな高度な規律のある社会を支えているのが、企業体だと森本さんは続ける。営業時間や作業手順、安全管理、品質の管理を徹底する。決して手を抜かない。それは「良い製品をつくる」という目的を果たすのみならず、日本の社会全体に規律をもたらす一因にもなっていると説明する。
そんな日本人の優位性にプラスして、グローバルな情報を仕入れていけば、日本はもっともっと付加価値の高い製品をつくり出していける。そして、そのことは強い国づくりに寄与していくことになると森本さんは力を込める。
情報の裏側にまで考えを巡らせることが大切
企業が発展するためにはエネルギー資源が必要不可欠だ。しかし、その資源は無尽蔵にある訳ではない。今後、これをめぐって、隣国と争いが起きる……というようなことはないのだろうか。しかし、森本さんはこう説明する。
「それはありません。たしかに日本は、エネルギーの8割以上を海外に依存しています。例えば、今は原子力発電所を稼働させていないので、使われている電気の90%ほどは化石燃料で生み出されています。それだけではなく、繊維、プラスチック、建材など、ありとあらゆるものが石油製品です。しかし、エネルギー資源は値段が高くても、お金を払いさえすれば手に入ります。中東が持っている原油と天然ガスは、おそらく中国とインド、日本の3カ国で今後15年くらいで使い果たすでしょう。しかし、使える資源が尽きてしまうわけではありません。アメリカをはじめ、世界各地でシェールガス、オイルシェールが発見されたことにより、世界全体を見ると石油が30%、天然ガスが50%増えているのです」
シェールガス、オイルシェールとは、シェール層という非常に堅い岩盤層の中にある石油とガスのこと。近年、技術の進歩によって抽出できるようになった。
ただし森本さんの説明は、「新たな資源が見つかったから安心だ」というようなものではない。産業に必要不可欠なエネルギー資源の情勢を、きちんと把握しなければ企業を発展させていくことはできないということだ。さらに、その情勢の変化によって各国がどう動いていくのかまでも、追う必要があると指摘する。
「あと2年もすれば、アメリカから莫大なシェールのオイルとガスが日本に輸入されてくる。今までエネルギーの輸入国だったアメリカが輸出国になるのです。まさに、日々刻々と世界のバランスは変化をしているといえます」
中東のエネルギー資源を必要としていたアメリカが、それを必要としなくなる。そうすると当然、アメリカが把握しておきたい地域、守るべき地域が変わってくる。これに伴って他の国同士の関係性にも変化が出てくる。エネルギー資源事情の裏側に、各国の思惑が隠れているのだ。それはすなわち、安全保障の問題へとつながる。
「日本は毎日国会で何を議論しているのか? なぜ今、このタイミングでその議論が必要なのか? それを知り、常に考えていく必要があります」
入手した情報の裏側にまで考えを巡らせること。その上で、集団的自衛権や集団安全保障による武力行使を認めるか否かなどの重要な決断が、他国との関係にどのような影響を及ぼすかまで考えなければならない。それが日本の安全保障につながり、さらなる経済の発展にもつながっていく。
「経済と安全保障は、まさに両輪です。経済の担い手は、自分たちの仕事が国の発展と安全を支えていることに誇りと責任感を持つべきです。日本がまっすぐに前進していくため、刻一刻と変化する世界情勢をキャッチし分析していく必要があります」と森本さんはあらためて力強く語った。
森本敏(もりもと・さとし)
安全保障スペシャリスト 拓殖大学特任教授
昭和16年3月15日、東京都出身。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊を経て外務省に入省。一貫して安全保障の実務を担当する。平成12年に拓殖大学国際学部教授となり、同学海外事情研究所所長を経て現職。21年に初代防衛大臣補佐となり、24年、民間人初となる防衛大臣に就任した。現在は日本の安全保障のスペシャリストとして、大学業務の傍ら、テレビやラジオ、講演会などさまざまな分野で活躍している
写真・後藤さくら
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