国民的ヒットアニメ『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブル役をはじめ、さまざまな役柄を個性的な声で演じ、ファンの心をつかんできた声優・池田秀一さん。日本を代表する声優の一人として、40年近く第一線で活躍を続けられる魅力は、どのようにして培われてきたのだろうか。
俳優からスタートし徐々に声優の仕事へ
『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブル役で知られる池田さん。国民的ヒットアニメの人気キャラクターということもあり、シャア役の印象が強い池田さんだが、アニメのキャラクターはもちろんのこと、洋画や海外ドラマの吹き替え、ナレーションなど、いくつものフィールドで活躍している。最近ではNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の語りを担当し、話題を集めている。
そんな、日本を代表する声優の一人である池田さん。しかし最初から声優を目指していたわけではないという。
そもそものスタートは俳優業。小学生のときから劇団に在籍し、子役として舞台やドラマでキャリアを重ねてきた。
「演技を始めたのは小学生のとき。近所の知り合いで、児童劇団に入っている人がいたんです。それで『今度、入団試験があるけど、受けてみない?』と誘われ、受けたところ合格しました」
知人に勧められて飛び込んだ演技の世界。最初は「演じることに興味はありましたが、どうしても役者になりたいと思っていたわけではありませんでした」と池田さんは当時を振り返る。真剣に役者になることを意識して取り組み始めたのは中学生になってからだ。
「中学2年生のとき、NHKの連続ドラマ『次郎物語』という作品で主演させていただいて、そのころから、本格的に役者をやってみたいと思い始めました」
この作品での演技が高く評価され、天才子役として名を成すと、以後も数々のドラマに出演。そんな俳優業の傍ら、並行して行っていたのが洋画や海外ドラマの吹き替えの仕事だった。きっかけは、演技のスタートと同じように人に勧められたからだ。
「知り合いが洋画の吹き替えの仕事をしていて、『声の仕事もやってみないか?』と言われたので、まぁやってみようかなと」
さほど乗り気でないままスタートした声優業だが、ここでも持ち前の才能を発揮。徐々に活躍の場を広げるうちに、後に代表作となる『機動戦士ガンダム』のシャア役と巡り合うことになる。昭和54年のことである。アニメのヒットに比例して、池田さんは声優として活躍の場を広げていくことになる。
「やはり、自分のキャリアの大きな転機といえば、この作品に出合ったことだと思います。これだけのキャラクターを演じるというのは、大きな経験ですよね」
難しい仕事へのチャレンジが新しい引き出しをつくる
「私にとって、この仕事は楽しいです。良い作品に巡り合ってきましたし、そういう意味で僕は恵まれていると思います」
あらためて、これまでのキャリアを振り返り笑顔を見せてくれた池田さん。しかし、40年近く第一線で活躍し続け、さまざまな役柄や作品と向き合う中で、正直なところ、なかなか気持ちが乗らない役柄や作品と出合ったこともあるという。
「例えば、『このセリフはおもしろくないな』と感じたり……。でも、そんなときはすぐに不満を口にするのではなく『この次に巡り合うのはきっと、自分がやりたいと思える作品だ』と少し先を見るようにします。そうすると、目の前の作品も『やりたい仕事へのステップだ』と思い直して取り組めるのです」
時には意識的に目線を変え、仕事の位置付けを変えることが、モチベーションを向上させることにもなるということだ。この仕事が自分の声優としてのキャリアにとってどんなプラスになるのか。場合によっては、自分のスキルアップのために必要な仕事だと割り切って取り組むことも悪くはない。
「誤解を恐れずに言うならば、つまらないと思う仕事もやるべきなんです。良い仕事をするために」
それでも時には、自分にはどうしても困難だと思われる仕事とも巡り合うだろう。池田さんの場合のそれは、「自分の中で役柄がイメージできない場合」だという。
「基本的に、難しい仕事はあまりしないようにしています、体に悪いので(笑)。ただ、自分にはちょっと無理だな、この役は自分の引き出しにないなという役も、時にはチャレンジしてみる。やってみることで新しい引き出しができる、ということがあるからです」
象徴的な役柄が、昭和63年に演じたアニメ『燃える!お兄さん』だ。
「いわゆるギャグアニメで、台本を読んでも全くキャラクターがイメージできませんでした。今までやったことのない役柄だし、できればやりたくなかった(笑)。これは、自分が演じる役ではないなと思いましたね。ですが、制作ディレクターから『どうしても』と頼まれて。自分以外の誰かが自分の可能性を信じて任せてくれるというのはうれしいことなので、お引き受けしました」
上手くいかないかもしれないという不安を抱えつつ、結果的には「それまでになかった新しい引き出しができました」。もちろん、いきなり立派な引き出しができたわけではない。それでもチャレンジすることで自分の中の新しい面が見えることを実感した。
「いろいろやってみるのもいいことだと思う。だけど無理しては意味がない。少しずつでいいからチャレンジしていけば、徐々に自分というものは広がっていきます」
声優は待つ仕事 だからこそ攻める
「演者として、一人のビジネスマンとして、良い作品をつくるという目的は昔も今も変わらずにある」と池田さん。しかし、そのための仕事への取り組み方は、年齢を重ねて変化してきた。
「正直若いころはそんなに勉強しなかったし、熱心に台本も読まないほうだと思います。一回読んで、キャラクターのイメージが湧けばOKという感じで」
しかし、年齢を重ねるごとに用心深く慎重になり、何度も台本を読み込むようになっていったという。キャリアを積めば安泰、という仕事ではなく、常に高いクオリティーが求められ、その結果が次の仕事につながるという、シビアな世界だ。その厳しい環境の中で長年独特の存在感を保ち続けている秘密は何だろうか。
「(思い起こすと)自分自身で納得できる会心の出来というのは、実はめったにないんですね。いつも、あぁ、まだできるなと思っています。もっとこうしたら良かったなとか、オンエアを見て、その都度反省したり。でも、くよくよはしません。『まだできるな』と思っているうちが花ですから」
常に不満足。なぜならそれは、まだまだ自分が伸びる、成長できると信じているからだ。
「難しいのは、何が〝良い〟のか明確に分からないことです。自分自身が良いと思った作品でも、お客さまが良いと思うかは分からない。自分でうまくいかなかったなと思う作品でも、お世辞ではなく、すごく良かったと言ってくれる人もいる。受け手によって評価が違いますから」
それは一見、苦しそうにも思える環境だが、池田さんはサラリと「楽しいです」と笑顔を見せる。
「声優という仕事は、待つ仕事です。役というものは自分でつくるのではなくて与えられるもの。基本的には良い作品、良いスタッフから声が掛かるのを待っている状態なのです。だからこそ、今やっている仕事で攻めていかないといけません」
今、目の前にある仕事に力を注ぎ込むことが、次の仕事を引き寄せる唯一の方法ということだ。しかし、たとえ頭で分かっていても、実行し続けるには強い心が必要だろう。もし次の仕事が来なかったら、そんな恐怖心に押しつぶされてしまうことはないのか。
「自分が本当に一生懸命に取り組んで、それでも評価されなかったときは、それは世間が『ばか』なんですよ。この世間が『ばか』という意味は、世間のせいにして自分を顧みないというわけではありません。それだけ頑張った自分を、自分だけは認めてあげないといけないということです。それに大丈夫。それほど世間はばかじゃないです。受け手の評価に一喜一憂せず、きちんと仕事で攻めている人は、きちんと評価されますよ」
第一線で活躍し続けるためには、自己否定ばかりでなく、自分自身を認めながら自分の得意な部分を磨き上げていくことが大事なのだろう。池田さんは、今日も自分に満足することなく攻め続けている。
池田秀一(いけだ・しゅういち)
声優・ナレーター
1949年12月2日、東京都出身。幼少期から子役として芸能活動をスタートし、中学2年のときNHKのテレビドラマ『次郎物語』で主役を務める。俳優業と並行して、洋画の吹き替えなどの仕事もスタート。1979年に『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブル役の声を担当したことをきっかけに、一躍トップ声優に。その後もアニメだけでなく、洋画や海外ドラマの吹き替え、ナレーションと幅広く活動を続けている。
写真・清水 信吾
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