本日の日本商工会議所第133回通常会員総会は、感染防止の観点から、オンライン形式での開催とさせていただきました。オンラインだからこそ、はじめて全国515商工会議所の皆さま全員にご参加いただくことができました。誠にありがとうございます。
さて、新型コロナウイルスの発生から1年9カ月が経過しました。まず、国民の命を守るために、献身的な活動を続けられている医療従事者の皆さまと、感染対策を講じながら、必死に事業に取り組まれている経営者の皆さまに対し、改めて心からの感謝と敬意を表します。また、各地商工会議所の役員・議員、経営指導員など事務局の皆さまにおかれましても、困窮する中小・小規模事業者への支援と地域活性化に力を注いでいただいており、大変心強い限りです。
ワクチン効果を踏まえた今後の社会経済活動の在り方
足元の経済状況
わが国経済は、4度にわたる緊急事態宣言などによる活動制約の影響もあり、本年4―6月期GDPは前期比年率1・9%と、若干のプラスに転じましたが、力強い回復の動きには至っていないとともに、業種により回復の度合いの大きく異なる「K字型回復」が特徴です。
8月の日本商工会議所景気調査では、全体の約3割の中小企業が、コロナ前に比べ3割を超える売り上げ減少にあえいでおり、特に、人流により成り立っている飲食、宿泊、交通、イベント、観光などの事業者は、まさに窮地に追い込まれています。これらの中小企業は、資金繰り支援や雇用調整助成金などを最大活用し、何とか事業と雇用を守っていますが、過剰債務と業績悪化により、倒産・廃業の急増が懸念されます。
政府に対し、困窮する事業者への金融支援などの継続と拡充、迅速な執行を強く求めるとともに、商工会議所としましても、引き続き、これらの中小企業の経営を全力で下支えしてまいりたいと思います。
同時に、コロナの影響が比較的軽微な事業者や、むしろ業績を伸ばしている事業者には、コロナ後を見据えた業態改革に取り組むことを期待したいと思います。
ワクチン効果を踏まえた経済活動正常化へのシナリオ
感染防止と経済活動を両立させる、希望の光は、ワクチンです。ワクチン接種の進展により、重症化の割合は確実に抑えられています。諸外国では、ワクチン接種の進んでいる国ほど経済回復も早く、7月のIMFの見通しでは、ほとんどの先進国の成長率が上方修正されました。一方、わが国はワクチン接種と経済活動再開の遅れなどもあり、G7の中で唯一、成長率が下方修正されています。
変異株の状況を踏まえると、ゼロコロナは当分期待できません。ウィズコロナの状況が継続することを前提に、ワクチン効果やこれまでの知見を踏まえ、国民や事業者が将来に希望を持てる、具体的な出口戦略、すなわち経済活動正常化のシナリオの策定が早急に必要です。先週、政府から「ワクチン接種が進む中における日常生活回復に向けた考え方」が示されました。経済活動レベルの引き上げには、ワクチン接種証明や抗原検査キットなどの活用とともに、感染対策を徹底する事業者には営業規制を緩和するなどのインセンティブ施策が有効であり、科学的根拠に基づいたメリハリのある「攻めの感染対策」を強力に進めていただきたいと思います。
商工会議所のワクチン接種への協力
ワクチン接種については、商工会議所の創設者である渋沢栄一翁の「逆境にこそ力を尽くす」との精神の下、一時、ワクチン不足による混乱も生じましたが、全国の191商工会議所において、自治体や、医師会など地域の医療機関、大学、企業と協働し、飲食などの困窮する中小企業向けを中心に、70万人を超える従業員への共同接種が行われています。ワクチン接種という社会課題克服に向けた商工会議所らしい事業であり、事業者や住民にも大変喜ばれています。各地商工会議所の皆さまのご尽力に深く感謝いたします。
強く豊かな国づくりへの再度の挑戦(国の果たすべき役割)
次に、ポストコロナに向けた日本の方向性と国の果たすべき役割について、申し上げたいと思います。
社会経済課題の解決と成長の同時追求
コロナ禍ではさまざまな社会経済課題が明らかになり、人々はこれらの課題解決の必要性に強く共感しました。
例えば、財政を含め強い豊かな国でなければ有事の際に国民の命と生活を守れないこと、狙ったターゲットに素早く・大量に国の支援を届けるために必要なデジタル化が遅れていること、平時の医療・検査体制のままで有事に対応しようとして後手に回ったこと、重要な産業・医療物資やワクチンは有事には世界中で奪い合いになること、人口の大都市集中はパンデミックなどの際にはリスク要因になること、などがコロナ禍を通じて明らかになりました。
また、世界はデジタル・トランスフォーメーションにより大きく変化しようとしており、さらに日本を含め世界各地で大雨・洪水などの異常気象が頻発する中で、地球温暖化対策の必要性も改めてクローズアップされています。
私はこのような大きな危機の時にこそ、その国の持つレジリエンスが本当の意味で試されると思いますが、ここで言うレジリエンスには二つの意味があります。その第一の意味は、危機的状況に陥った時にもその基本的な機能を失わない能力です。即ち個人は家族を含め生き残ること、企業は事業を継続しステークホルダーに対しその役割を果たすこと、国家は広い意味でのライフラインやセーフティーネットを提供し続け、国民の命と生活を守ることです。レジリエンスの第二の意味は、危機によって変化した環境や新たな課題に対応するため、自らを積極的に変革する能力のことです。
レジリエンス強化のために国家としてなすべきこと
この二つの意味でのレジリエンスを強化するためには、社会経済課題を解決すると同時に経済成長を実現することで、日本が再度強い豊かな国に生まれ変わらなければなりません。国の成長と財政健全化に新しい意味が加わりましたが、そのためになすべきことは多岐にわたります。
現状1%にも満たない潜在成長率を高めていくためには、デジタル技術の活用やイノベーションの推進により、あらゆる分野で1人当たり生産性を引き上げていく必要がありますが、その際、生産性を高めながら同時に社会経済課題を解決しなければならず、場合によっては政策が互いにコンフリクトするハードルの高いものであります。
いくつか具体例を申し上げます。
(1)第一に、「S+3E」という大原則を守りながらカーボンニュートラルを目指すことです。最近、温暖化ガス排出ゼロの必要性のみ語られ、そのために国民全体で負担するコストについてはほとんど議論されていません。
ある程度のコストアップは容認されるべきでしょうが、コストを誰が負担し、どうやったらコストアップを最小化できるのか、についても真剣に検討されるべきです。原子力発電の位置付けの明確化、各エネルギーの欠点をカバーするブレークスルー技術の開発支援などがその内容となるでしょう。
(2)第二に、グローバリゼーションは、考え方を同じくする国々と協力して進めなければなりませんが、同時にその中に経済安全保障をどう組み込むのか。例えば、半導体・電池・水素などについて、国主導の産業政策が必要と思われますが、その動きと市場経済のメリットをどうバランスさせるのか。
(3)第三に、ワクチン・治療薬の国産化は国のレジリエンスに不可欠であることが確認されましたが、これらの開発を支える基礎研究のレベル引き上げ、および生命科学研究に対する国の資源配分方針はどうあるべきか。
(4)第四に、大都市集中の弊害がこれだけ明確に意識された今、人口の地方分散と地域活性化をどう推進すべきか。
(5)第五に、今回のような非常時に対応できる体制を、平時からどう効率的に整備するのか、また非常時にはスピードがより重視されますが、平時の体制から柔軟に切り替えられる方策は何か。
など、これらに限らず多くの検討課題が挙げられます。当面、国の政策の重点は、感染拡大防止、医療体制の構築、ワクチン接種によるコロナ対策と経済活動の維持に置かれています。しかしゼロコロナは短期間では望めない以上、生き残り戦略一本足打法から脱し、レジリエンスの第二ステージ、すなわち、コロナで明らかになった課題解決と経済成長を同時に実現するための自己変革にも、同時に踏み出すべきです。
民間と地域の挑戦(商工会議所の果たすべき役割)
続いて、ポストコロナに向けた中小企業の自己変革や地方創生の挑戦を後押しする商工会議所の役割について3点述べたいと思います。
デジタル活用による生産性向上
第一は、中小企業経営や事業へのデジタル活用です。多くの中小企業がリモートワークを実施し、その有効性を実感しました。
デジタル化は、中小企業の生き残りを懸けた自己変革の有力な手段です。各地商工会議所において、デジタル活用による業態転換、ECを通じた売り上げ拡大、クラウド会計による業務効率化など、中小企業経営のデジタル化を強力に進めていただいており、大変心強い限りです。
さらに、より成長の見込まれる海外マーケットへの進出が中小企業の大きな課題ですが、その第一歩として越境ECへの関心が高まっています。横須賀や鯖江商工会議所などは、越境ECモール事業で海外ユーチューバーを活用し、中小企業が気軽に海外に販売できる場を提供しています。
日本商工会議所も「海外展開イニシアティブ事業」を立ち上げ、各地の海外展開への挑戦を後押ししてまいります。また、当所が連携協定を締結しているJETROやJICAも海外展開支援を強化しており、多くの成功事例も出ておりますので、ぜひご活用いただきたいと思います。
事業再構築、取引適正化などを通じた付加価値の向上
第二は、「事業再構築、取引適正化などを通じた付加価値の向上」です。中小企業が、環境変化に対応し自らを変え、生き残っていくためには、事業再構築、事業承継と再生、ビジネス変革などへの取り組みが必要で、社内に新しいアイデアを積極的に取り入れ、イノベーションを引き起こすことが重要です。
東京商工会議所の調査では、7割以上の中小企業がイノベーション活動に取り組んでいる実態が明らかになりました。国のレジリエンス強化の重要な担い手は企業であり、その中でも変化に柔軟に対応できる中小企業こそ、変革の中心とならなければなりません。中小企業の事業価値向上に向けた意欲的な挑戦を、商工会議所としても後押ししてまいります。
また、サプライチェーン全体での付加価値向上や取引適正化を進めていくためには、「パートナーシップ構築宣言」の実行およびさらなる拡大が必要です。目標の2千社に向け、より一層のご協力をお願い致します。
最低賃金については、コロナ禍の厳しい経営環境の中、事業の継続と雇用の維持、そして企業が自ら付加価値を高め、賃上げに取り組むことができる環境整備が最優先と要望し、全国の商工会議所の皆さまにご協力いただきましたが、大幅引き上げという結果となり、大変残念であります。私は最低賃金決定の在り方自体に疑問を持っておりますので、今後も商工会議所の意見をしっかりと主張してまいります。
地域ぐるみの地方創生の推進
第三は、「地域ぐるみの地方創生の推進」です。一つ、希望の灯りとなる事実があります。都道府県別のGDP伸び率を見ると、人口の増加している東京圏よりも、人口減の地方圏の方が中期的に高い伸びを示しています。震災復興の公共投資などの特殊要因を除けば、農林水産業や観光業などの地域資源を積極的に活用し、域外需要を取り込んでいる県ほど高い成長につなげており、地方圏のポテンシャルを再認識しました。
コロナという危機に直面し、各地では新たな連携による創意工夫も生まれています。豊中商工会議所では、いちご狩り需要が蒸発した地元農家を助けるため、地域の老舗酒造による「大阪いちごサイダー」の製品化を支援し、物流事業者や飲食店と連携し売り上げを伸ばすなど、農商工連携による新たな観光資源化に成功しています。
また、働き方改革やテレワークなどを通じた地方分散の機運が高まっていることも、地方創生にとって大きなチャンスであるとともに、レジリエントな日本の国土形成のためにも望ましい動きであると考えます。地域総合経済団体である商工会議所としても、地域ぐるみの地方創生の動きを今後も強力に後押しし、希望の灯りを確かなものにしてまいりましょう。
以上、所信の一端を申し述べました。
最後に、日本商工会議所は、来年で創立100周年を迎えます。日本商工会議所では、中小企業の活力強化と地域活性化による日本経済の持続的な成長の実現を目指し、515商工会議所と連合会、青年部、女性会、海外の商工会議所とのネットワーク力を最大限活用し、コロナ禍を乗り越え、新しい時代を皆さまと切り拓いてまいりたいと思います。引き続きのご支援、ご協力をお願いして、私のあいさつとさせていただきます。