「好きに生きたらええ」と初代の祖母に言われ、二代目の母からは「頼むから継がないで」と懇願された。息子の笏本(しゃくもと)達宏さんは「絶対に継がない」と決めていたにもかかわらず、三代目代表取締役として笏本縫製を背負い、ネクタイ市場に果敢に挑み業績を上げ、町工場発のオリジナルブランドを軌道に乗せた。
苦労する祖母、母の姿に「継がない」と固く決意
岡山県北部に位置する津山市で笏本縫製は1968年に創業した。縫製会社に勤めていた祖母、笏本玉枝さんが仕事と子育ての両立を図り、独立して自宅の一室で起業したのが始まりだ。腕も人望もあり事業は拡大。母のたか子さんもまた、子育てしながら働ける家業に関心を持ち、後を継ぐ。だが、両立どころか仕事に追われる日々が続いた。
「物心ついた頃には自社の縫製工場がありました。祖母も母も働き詰めで、子どもたちだけの食事もしょっちゅう。貧乏暇なしですよ。激安商品を大量につくらされていると思って育ちました」
笏本達宏さんは、3人きょうだいの長男。小学生の頃に両親が離婚し、女手ひとつで育てられたが、きょうだい全員が「継がない」と固く決意するほど家業は大変だった。母親からも「自分の代まで」と聞かされており、笏本さんは学校卒業後に美容師として働き始めた。その矢先、「手伝ってほしい」と母親から連絡が入った。
「母に腫瘍が見つかったのです。命に別状はないものの、仕事の納期を遅らせられないから家業を助けてほしいと頼まれました。家業を手伝ったことがないので雑用程度でしたが、この経験で家業を見る目が一変しました」
手掛けていたのは激安商品などではなく、有名ブランドや大手メーカーの商品の数々。家業の実力に笏本さんは目を見張り、継ごうと決意した。しかし「母は猛反対です。本当は続けたいけれど、大変だから継がせたくない。その気持ちをくんで『僕の代で駄目だったら畳もう。まだ若いし、つぶしが利くから』と説得しました」
下請けだけではジリ貧で自社ブランドも苦戦
2009年、22歳で家業に入り技術を磨いた。同社は少数精鋭の職人集団。職人になれて初めて一人前だ。
「器用ではありませんが、できるまでやるタイプ。とにかく会社を残したい一心でした。原点にあるのは『オカンを楽にさせたい』という思い。息子だから社長になるのではなく、周囲が納得する実力で社長になろうと思いました」
受注生産だけでは現状を打破できないと、自社のオリジナルブランドの開発にも乗り出す。15年、ネクタイのファクトリーブランド「SHAKUNONE<笏の音>」を立ち上げた。だが、売れない。
「『いいものをつくれば売れる』は大間違い。初年度の売り上げは約30万円、翌年も100万円程度でした。『知られていない』は『存在しない』と同義だと痛感しました」
SNS投稿で認知度アップ
17年、認知度アップを狙ってホームページを開設する。販路も銀行融資もない中、カードローンを使っての開設だ。だが、依頼した制作会社から「クラウドファンディング」を提案されたことをきっかけに潮目が変わった。実施すると1カ月で約170万円の資金調達に成功。その実績を目にした阪急メンズ大阪のバイヤーから声が掛かってイベント出展が決定。次には東京・日本橋三越のイベント出展につながった。自社ブランドはにわかに勢いづいたが、主力事業の受注生産は年々10%ずつ減少し、会社の赤字は続いた。
そしてコロナ禍だ。20年の第一波で生産は止まったが、その間に従業員用のマスクをつくると周囲から「欲しい」と声が上がり、メディアで紹介されると全国から注文が殺到した。
「自社ブランドを知ってもらえる機会になりましたが、その反動で21年は業績ダウン。再び窮地に陥り強化したのがSNSです」
フェイスブック、インスタグラム、ツイッターの全てを駆使し、特にツイッターは毎日投稿を続けた。そしてある1本の投稿を機に、100人のフォロワーが一気に3万人に跳ね上がる。
「ご本人に許可を得て投稿したのですが、毎回ネットではなく電話で注文してくださるお客さまが実は目の見えない方で、ブランド名ではなく素材の良さで選んでくださったことをつぶやいたのです」
その内容に感動、共感した人が続出して話題が広まり、テレビで再現ドラマが放送された。すると注文が殺到し、オンラインショップのサーバーがダウン。問い合わせの電話は鳴りっぱなしという大反響となった。大手シャツブランドとの提携や人気キャラクターとのコラボレーション商品の開発など、事業の幅が一気に広がっていった。情報発信だけではなくお客さま一人一人と向き合い、ネット購入者には、今は経理を担当している二代目が直筆で一筆添える。こうした地道な対応でファンを増やし続けた。
「21年に三代目に就任し、22年度ようやく黒字化しました。それを機に地域貢献したいと23年3月に津山商工会議所に入りました。創業約55年を100年の歴史にすべく、就任時に掲げた経営理念が『お客さまに喜びを 作り手にめいっぱいの幸せを』。これを実践し、『ネクタイといえば笏本』と誰からも言われるブランドに育てていきたいです」
三代目の思いは優しく熱い。
会社データ
社名 : 株式会社笏本縫製(しゃくもとほうせい)
所在地 : 岡山県津山市桑下1333-6
電話 : 0868-57-3577
代表者 : 笏本達宏 代表取締役
従業員 : 14人
【津山商工会議所】
※月刊石垣2023年6月号に掲載された記事です。
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