千葉県流山市に拠点をおく警備会社、なのはな警備。2018年5月、二代目として代表取締役に就任した田中一善さんは、人材不足やコロナ禍による売り上げ30%減という苦境に立たされた時、ピンチをチャンスと捉え、新たにVR事業と社会福祉事業に活路を見いだした。
転職を重ねたからこそ家業は天職の覚悟で継ぐ
千葉県の県花である菜の花を社名に冠する、なのはな警備。菜の花の花言葉「快活」「元気いっぱい」のようなサービス提供が持ち味だ。
「創業者である父は、なのはな警備を立ち上げる前に、千葉県野田市で『グリーン警備保障』という警備会社を兄弟で起こしたと聞いています。兄、私から見たら伯父が55歳と早くに他界し、息子さんが継がれたのを機に、父は同県の流山市で新事業を起こしました。それがなのはな警備です。私が大学生のころでした。当時、道路誘導のバイトをしたことがあります」と二代目代表取締役の田中一善さんは振り返る。だが、田中さん自身は大学卒業後にOA事務機器メーカーや医療機器メーカー、不動産会社など転職を繰り返した。その後、個人でネット販売を始めるなど、約9年間、家業との接点を持たなかった。
「父が千葉県議会議員だった関係で、母が初代社長になりました。兄はすでに人材派遣やインターネット物流代行、倉庫業など複数の事業を経営しており、家業を継ぐなら私です。しかし、一度家業に入ったら辞めるわけにはいきません。やるなら天職と考え全うする覚悟をしていました」
そして、警備のことをあまり知らなかった初代社長を支えてきた有力な人材が退職したことを機に、田中さんは意を決して家業に入る。2012年、34歳の時だ。
業績が上向く中コロナ禍で状況が急変
なのはな警備の主力業務は、人や車の交通誘導をする雑踏警備業務だ。これにビルや工場などの施設警備、小売店や百貨店、イベント会場の保安警備の業務が加わる。田中さんは家業に入ってすぐ、営業やひと通りの現場経験を積み、必要な資格を取得。朝早く出勤しては警備員を「隊員さん」と親しみを込めて呼び、交流を図った。
「そうして見えてきたのが自社を含めて警備業界全体の賃金の低さや福利厚生の未整備、それに伴う人材不足と高齢化でした」
だが、国土交通省が社会保険加入を促進するガイドラインを施行したことに伴い、警備員の賃金も業界全体で徐々に改善されたことが追い風となった。
「結果、業績が上がり、比例して月給は1万円は上昇しました。19年にピークを迎えて売り上げは3億5000万円になりました」 18年5月に事業承継をした田中さんには好調な滑り出しだ。だがコロナ禍で状況は急変。イベント警備が主の警備会社が雑踏警備に参入し、競争が激化する。団塊世代の警備員がコロナ禍を機に次々引退し、求人募集も振るわない。売り上げは3割減と落ち込んだ。
警備研修に変革を起こすVRシステムを開発
21年、打開策として田中さんが活用したのが国の事業再構築補助金制度だ。交通警備員は現場に立つ前に、一定時間の研修の受講が法律で定められているが、田中さんは旧態依然の研修体制で難易度の高い現場を再現する難しさを感じていた。補助金6000万円で警備員の教育やDX化による業務改善ができないかと考えたが、スキルがない。
「千葉県産業振興センターに副業人材の活用を勧められ、紹介されたのがNTTグループのキャリア人材です。月約16時間の業務契約を交わし、ともにDX化の可能性を探っていきました」
提案されたのがVR(仮想現実)の導入だ。1年かけて警備員仮想空間システム「トラフィックコンダクター」を開発し、現場さながらの交通誘導体験を可能にした。22年11月にリリースし、ユーザーの声を反映して改良を重ねた。
「一番多かったのは価格の高さと、使い方が分からないという声でした。3週間0円レンタルを実施したり、私自身が全国各地で出張講習会を開いたり、認知拡大に奔走しました。今も月10回は出張しています」と笑う。
このVR事業は、22年からeラーニング講習に力を入れ始めた全国警備業協会との連携を視野に入れ、同時期に立ち上げた障がい者福祉事業も軌道に乗りつつある。
「グループ会社で就労継続支援A型の事業所を複数運営しています。そこで課題になっているのが、ご家族の高齢化に伴う当事者の生活サポートです。地域社会に貢献する警備会社として一助になればとスタートさせました」
創業者から直接経営を学んだことはないというが、新事業に挑戦する起業家マインドはしっかり受け継がれているようだ。それは、流山商工会議所青年部理事を務め、20年は第11代会長を、22年には日本YEG広報ブランディング委員会の一員になる行動力からも見てとれる。「自己研鑽(けんさん)になる」と捉え、YEGを通じて本業での連携も生まれたと語る。
「100年後、いえもっと早く警備員が憧れの職業になってほしいです。そのためにも事故ゼロ、クレームゼロを目指し、着実に、多角的に結果を残したいです」
家業を天職とした田中さんの気概が、新しい風を運んでいる。
会社データ
社名 : 株式会社なのはな警備
所在地 : 千葉県流山市西初石3-1457-21
電話 : 04-7153-7787
HP : https://nanohana-keibi.com/
代表者 : 田中一善 代表取締役
従業員 : 75人
【流山商工会議所】
※月刊石垣2023年5月号に掲載された記事です。
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