1958年開業の呉服専門店「きもの平安」。初代の孫に当たる山田陽子さんは、「自分の好きなこと」として家業を選び、2017年に三代目に就いた。真摯で誠実な接客が信条。着付け教室やお茶会、着物のリメイク小物など多角的に着物の魅力を発信しながら、さらに地域に愛される店へと昇華する。
褒められる喜びを原動力に生き方を模索
佐賀県の玄関口であるJR佐賀駅。2024年の国民スポーツ大会(通称・国スポ)開催を契機に、まちのにぎわい創出の起点として生まれ変わった。佐賀駅から徒歩圏内に、きもの平安はある。初代は滋賀県出身だが、佐賀市内で仲間5人と呉服問屋を立ち上げた。その後しばらくして、1958年に小売店として独立開業する際、この地を選んだ。 「なぜ佐賀にしたのかはよく分からないのです。ですが、近江商人だった祖父は珍しい反物を取りそろえ、和裁が得意な祖母が仕立てを担当して、まちで評判の店になっていったようです」
そう語るのは、三代目代表の山田陽子さん。二代目である父の明弘さんも近江商人の血を継いで、商才があった。商圏は商店街から駅周辺に移ると読み、80年代には駅から離れた商店街を飛び出し、現在の場所へと移った。景気が良くお稽古事も全盛期で、茶道や日舞関係者との交流を深め、出張販売に軸足を移した。 「両親ともに茶人で、お茶会を主宰することもありました。小学生だった私がお茶出しをすると、お客さまがとても褒めてくださって。それがうれしくて、よくお手伝いをしていました」
大学卒業後、地元の建設会社に就職して経理を担当。専門職や技術職の多い職場に触発されたことがきっかけで「手に職をつけたい」と、着物の着付けと茶道を習い始めた。社会人3年目には週末に着付け教室を開くほどになる。 「お茶会にも着物で出席すると、いろんな方が褒めてくださいました。そのうち、着物を毎日着られたらどんなにすてきだろうと思うようになりました」
そして社会人6年目に「好き」を仕事にしようと、家業に入った。
「誠実な経営」を受け継ぎ上質なモノとサービスを追求
「私も両親も『向いてなかったら再就職すればいい』ぐらいの感覚でした。でも、やるからには本気です」
会社員時代から店のホームページを作成するなど、家業に新しい風を吹き込んでいた山田さん。2016年4月、27歳の時に正式に家業に入ると、店舗運営を独自に分析しながら、商品の仕入れや接客、経理など業務全般を精力的にこなした。週末だけだった着付け教室を平日にも開き、「着物を着たいけれど着られない」という人たちのサポートにも努めた。そして、真剣に家業に向き合うほど、生半可な気持ちでは太刀打ちできない世界であると痛感する。 「常連のお客さまは、私よりもはるかに着物の知識も経験も豊富です。受け売りの知識では通用しません。給料のほとんどを着物に注ぎ込んで、素材や柄、色の合わせなど、毎日着て、試して、勤務時間外も着物の歴史や知識を独学しました」
家業に入った翌年、先代から「そろそろどうだ」と事業承継を切り出されると、山田さんは二つ返事で承諾した。互いに相手が重く捉えすぎないように配慮した〝あえての軽い受け答え〟だったと振り返る。 「父とは普段からよく会話をしていますし、店に対する思いは同じです。祖父の代から、品質の確かなものを、適正価格で提供することを信条としてきました。何にでも合う帯は、実は何にも合いません。うそのない接客と、胸を張っておすすめできる商品だけをそろえる。それは、100年戦略ともいえる揺るがない店の経営方針です」
地域との交流を深め新たな商機を開拓
代表になった山田さんは、出張販売がメインのため事務所と化していた店の部分改装に着手。併設の空き店舗を茶室に一新し、月1回のペースで、茶道の心得がなくても参加できる気軽な茶会を催した。
客をただ〝待つ〟だけではない。持ち前の行動力で、SNSでの情報発信や地域活動にも力を入れた。16、17年と佐賀市観光親善大使を務め、2年の任期終了後すぐに佐賀商工会議所女性会に、19年には青年部に入った。
コロナ禍では、在宅時間が増えて家の片付けをする人が増えたことに新たな商機を見いだす。着物を日傘やバッグにリメイクするサービスや、着物のクリーニングにも注力して、着物を持て余す人の受け皿になった。さらに、この先を見据えて「本質を捉えた地域マーケティング、店舗経営を学びたい」と、23年10月に佐賀大学大学院の地域デザイン研究科に進学。同大学の芸術地域デザイン学部准教授を務めるキュレーターの花田伸一さんと意気投合し、2人で月1回、ローカルラジオ局でのパーソナリティーも始めた。 「晴れの門出から日常のおしゃれまで、着物を着てみたい時に思い出してもらえたら、そう思って活動しています。お客さまの人生という長い航海を共にする、頼れる店としてあり続けたいです」
たおやかな着物姿に、揺るがない気概が感じられた。
会社データ
社名 : きもの平安
所在地 : 佐賀県佐賀市神野東3-6-1
電話 : 0952-31-4668
HP : https://www.kimonoheian.com
代表者 : 山田陽子 代表
従業員 : 1人
【佐賀商工会議所】
※月刊石垣2025年4月号に掲載された記事です。