女性用インナーウエアの老舗企業・タカギは、サニタリーショーツのパイオニアとして業界で知られた存在だ。だが、四代目で代表取締役社長の髙木麻衣さんが入社した頃は、業績がどん底の状況だった。思い切った経営改革を次々と実践し、エンゲージメントの高いモノづくり企業へと刷新した。
婦人肌着界で影響力のある祖母を持つ三姉妹の長女
神話や歴史が色濃く残る奈良県橿原市で、タカギは1930年に創業した。江戸時代から続く酒造業を、髙木麻衣さんの祖父・嘉蔵さんが、アパレル業へとかじを切った。パターンや縫製が得意な妻・アヤメさんの発案で、生理帯(月経帯)の製造に注力すると、60年代にはサニタリーショーツ専門メーカーとして頭角を現していった。
「祖父は私が3歳の時に他界し、祖母のアヤメが二代目に就任しました。祖母が自宅の台所で住み込みの従業員に陣頭指揮を執っていた姿を、今でも覚えています」
婦人肌着界の三大女性カリスマの一人と称され、孫にも手厳しい、豪快な人柄だったと髙木さんは振り返る。
「三代目を父が継ぎ、オリジナル生地の開発や、カタログ通販会社との取引、90年代にはベトナムなどの海外に生産工場を設け、OEM事業も手掛けていきました。私は創業家の三姉妹の長女ですが、家業を継げとは言われず、母から『うちはパンツ屋』と聞かされていて、内心、いい印象を持っていませんでした」
髙木さんは、大学卒業後、ホテル業を経て、商社の海外アパレルブランドのブランディングを手掛けた。
「時折『髙木さんって、もしかして髙木アヤメさんのお孫さん?』と聞かれるほど、業界内では祖母の名は知れ渡っていました。叔父から家業の行く末を問いただされたことがあり、その数年後、30歳を迎える頃に母が病に倒れたことから前職を辞し、家業入りを決意しました」
赤字経営を脱却し従業員と情報を共有
2014年に入社すると、髙木さんは前職の経験を生かし、プライベートブランド(PB)「bodyhints」(ボディヒンツ)に次ぐ、第2弾の「AROMATIQUE」(アロマティック)の立ち上げに奔走した。16年に経営陣に加わると、直面したのが倒産しかねない経営状況だった。
「取引銀行とコンサルティング会社を交え、まずは支出を減らすべく、取引先や収益化できていないオリジナル生地の開発を見直しました。次に大阪営業所を縮小し、翌年、なんとか黒字に。でも、従業員の不信感は相当なものでした」
そこで、15年入社のご主人(後の副社長)や担当のコンサルタント(後のCFO)と相談し、まずは16年から2年間、フレックスタイムとテレワークを試験的に導入するなど、働き方改革を急いだ。
「テレワークは18年から本格導入しました。タカギの従業員の約8割は女性で、私自身の子育て経験を生かした提案でしたが、当初は反対派が多数。しかし、コロナ禍を機に積極的に活用されるようになり、その後も従業員の意見を反映しながら、今に至ります」
加えて、社員に可能な限り財務状況をオープン化することに努めた。損益計算書や月次決算書の読み方講座を開催し、従業員の財務リテラシーを高めていった。
