遠軽町は、札幌・旭川方面からオホーツクへの玄関口として、北海道の北東部オホーツク管内のほぼ中央に位置し、木々と清流に抱かれた町です。2005年10月に4町村が合併し、町域面積は全国の町で2番目の広さを有しています。近隣町村の中核都市を担い、商工業やサービス業を中心に発展してきました。また、自衛隊との関係が日本一強固な町といわれ、地域経済をはじめ、退官者の地元民間雇用にも貢献いただいています。
遠軽には、町のシンボルである「がんぼう岩」という巨大な岩がそびえ立ち、コスモスの町、日本最古の国宝の町でもあり、日本最大級のコスモス園では秋になると約1千万本ものコスモスが咲き誇ります。3年前には、白滝遺跡群出土品の黒曜石石器類が日本最古の国宝に指定されました。国宝指定の石器類は遠軽町埋蔵文化財センターで展示されており、古代人の痕跡にロマンを感じさせてくれます。
地元の高校はクラブ活動が活発で、特に、吹奏楽局とラグビー部は全国レベルです。吹奏楽の生徒たちのため、音楽ホールを備えた「遠軽町芸術文化交流プラザ」が4年前に開館しました。この施設は、遠軽商工会議所が指定管理者として管理・運営を担い、24年10月には、全国「優良ホール100選」に認定されました。
私が顧問を務める株式会社渡辺組は、新潟県の弥彦神社近くより入植した宮大工の集団が会社の祖。縁がある遠軽町で創業120周年を迎えました。土木建設を主体に事業を重ね、「企業存続の意義は地域の雇用を守ること」を実践してきました。関連事業として、不動産賃貸、発電、山林保全、ホテル業、食品加工販売、ジビエ加工販売、農業など、グループ企業として多角化を図り、事業の持続可能性を追求しまい進しています。
黒曜石の石器類がつくられた頃(約3万年前~1万5千年前)は、国内全域のほか、サハリンやアムール川流域まで流通していました。効率的に石器類を量産する高度な加工技術は「白滝テクニック」と呼ばれ、今の日本人の技術の源といわれてます。私は、その技法の起源を探るためモンゴルのチンギスハンの生誕地やロシアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟など放浪の旅を続けたことでアウトドア派となり、渓流・海釣り、ジビエハンター、ゴルフ、スノーモービルや神社仏閣の旅などあらゆるジャンルに挑戦しています。
