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こうしてヒット商品は生まれた! きねや無敵

外生地にはナイロン、内側には綿、ソールには天然ゴムを使用し、裸足のような履き心地を追求した「きねや無敵」。誤った使用法でけがをすることのないように、取扱説明書が同封されている。1足5,000円(税別)

昭和4年の創業以来、伝統製法の下に和装用足袋や地下足袋などをつくり続けてきたきねや足袋。そんな同社が平成25年に世に出したランニング足袋「きねや無敵」が、市民ランナーを中心にじわじわと人気を集め、売れ行きを伸ばしている。このありそうでなかった商品が誕生したきっかけや、脚光を浴びるに至ったある偶然とは――。

靴のクッションは足を保護する一方で機能を衰えさせる

埼玉県北部にある行田市は、かつて日本人の足元を支えた足袋の国内最大産地として栄えた「足袋のまち」である。生産のピークは昭和10年代前半で、当時は約200軒の工場や事業所が集積していた。ところが、戦後に洋装が主流になるにつれて、生産量は減少の一途をたどり、今や足袋製造業者は数軒を残すのみとなっている。

そんな地域から飛び出してきたのが、きねや足袋が開発した「きねや無敵」である。同商品は伝統製法で仕上げた足袋に、薄さ5㎜の天然ゴムソールを縫い付けたもので、“まるで裸足のような感覚”で軽快に走れる地下足袋だ。そもそも靴は、足への衝撃を和らげるために、クッション性を追求してきた。それは足を保護する一方で、本来の機能を衰えさせる一因ともなっている。その点足袋にはクッションがなく、足裏で地面をダイレクトに捉えることができ、足本来の機能を呼び覚ますきっかけとなりうる。その特徴を生かして付加価値のある足袋をつくり、今まで足袋になじみがなかった人たちにも販路を広げたいと考えたのが開発のきっかけだった。

「その際、私の背中を押してくれたのが、“はだしフルマラソン”の日本記録を持つ高岡尚司さんです。高岡さんは、はり灸(きゅう)マッサージ師やトレーナーとして活動しながら、なぜランナーは故障するのかという疑問を持ち続け、行きついた答えがはだしで走ることだったそうです。その経験と知識から、はだし感覚で走れるランニング足袋づくりに協力してくれることになりました」と同社社長の中澤貴之さんは振り返る。

目指すは「足袋型シューズ」でなく「シューズ型足袋」

開発に着手した平成23年ごろ、足袋型のシューズはすでに市場に複数存在していたという。ただ、それらには厚みのある合成ゴムソール(靴底)が採用され、足袋というよりスニーカーに近い構造だった。しかし、中澤さんが目指したのは、あくまでもランニングできる機能を持つ足袋だ。

「合成ゴムは耐久性こそ高いものの硬いんです。足によりフィットさせるため、当社では天然ゴムを使うことにしました。ただ、どんな形状のソールなら走りやすくて、地面に吸い付くようなグリップ力を発揮するのかは手探り状態でした。そこで試作品をつくっては高岡さんに履いて走ってもらい、改善点をフィードバックしてもらうという方法で開発を進めました」

ソールにギザギザをつくると、その分厚みが増してしまうため、形状はフラットにすることにした。最初はそこに横方向に溝をつけてみたが、それだけでは動きが十分ではなかったため、さらに5〜6パターンの試作を繰り返し、1足につき3〜4カ月かけて使用テストを行った。その結果、足裏のカーブに合わせて、横と縦にイレギュラーな溝を交差させるデザインに落ち着いた。

「従来品はソールを足袋本体に熱圧着しているものがほとんどですが、当社では伝統製法にのっとって、すべて手縫いで縫い付けているのも特徴です。その分手間は掛かりますが、柔らかさが出ます。はだし感覚を徹底的に追求したので柔らかさにもこだわりました」

約2年の歳月をかけて丹念につくられたランニング足袋は、25年9月に販売を開始した。

人気作家の小説の題材となり一気に注目が集まる

主に同社のインターネットサイトで販売しているが、実際に履いてみないとイメージしにくい商品であることから、市民ランナー向けのイベントや講習会での実演販売に力を入れた。

「今までの常識からすれば、足袋で走るなんて痛いんじゃないか、地面の衝撃で膝や腰を痛めるんじゃないかと思われがちです。でも実際に試してみると、足の指が自在に動く解放感や足裏で地面をつかむ感触など、忘れていた感覚が呼び起こされます。しかもクッションがない分、どんな走り方をすれば自然で、体に負担が少ないかを教えてくれるんです。その心地よさに気付いた体験者が買ってくれるようになり、その口コミが徐々に広がって、少しずつ売れるようになっていきました」

とはいっても、年間販売数は500足程度だったが、昨年7月に思わぬ追い風が吹く。人気作家・池井戸潤氏の﹃陸王﹄という小説が発売された。同書は、小さな足袋メーカーがジリ貧の業績を回復するため、新規事業としてランニング足袋の開発に奮闘する様子を描いた作品で、同氏はその執筆に当たり同社を取材していたのだ。そのため同社にもスポットが当たるようになり、ランニング足袋の売れ行きも伸びて、累計販売数は一気に5000足に跳ね上がった。

「池井戸氏から取材の依頼をいただいたのは、ランニング足袋を考案し、ちょうど開発に着手したときだったんです。お互い同じような時期に同じテーマに着目していたことに運命的なものを感じましたし、自分がつくろうとしているものは決して的外れではないと自信が持てました」

同書の効果もあり、同商品の好調な売れ行きはまだ続くと予想される。しかし、中澤さんはいたって冷静だ。ブームが落ち着いたときのことや、ブームに乗って買った人がけがをしてしまう可能性などを見据え、安全で長期的に売れる商品に育てようとしている。今後、「きねや無敵」がランニング愛好者にさらに受け入れられていくか注目だ。

会社データ

社名:きねや足袋株式会社

住所:埼玉県行田市佐間1-28-49

電話:048-556-6361

HP:http://kineyatabi.co.jp/kineya/

代表者:中澤貴之 代表取締役社長

設立:昭和24年

従業員:26人

※月刊石垣2017年10月号に掲載された記事です。

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