「ゼブラ企業」とは、社会課題解決と経済成長の両立を目指す事業者を指す。今、地域経済の新しい担い手となるべく、スタートアップ企業がゼブラ企業を目指すことが注目されている。それは、地域経済を活性化するだけでなく、地域が抱えているさまざまな問題を解決する可能性を秘めているからだ。地域からゼブラ企業を目指す経営者の原動力とは何かに迫る。
酪農や畜産の牛をデジタルで管理 自社牧場で実践しノウハウ提供
「世界の農業の頭脳を創る」を経営理念とするファームノートは、農業とインターネットを融合させることで産業構造を変え、生産性と競争力の高い農業の実現に向けてシステムなどの開発や提供を行っている。次世代のロールモデルとなるような社会的インパクトのある事業を創出したとして、「日本ベンチャー大賞・農林水産大臣賞」を受賞するなど、注目が集まっている。
帯広出身のIT起業家 酪農の生産管理に挑戦
北海道帯広市にあるファームノートは、2013年に創業した。創業者の小林晋也さんは同市出身のIT起業家で、当時は東京でソフトウエア開発会社を営んでいたが、とある酪農家から「酪農業界はIT化がとても遅れているから何とかしてほしい」と連絡を受けたことがきっかけで、同社を立ち上げた。創業翌年の14年、インターネット広告業界から転職して同社へ入社したのが、現在、同社取締役を務める下村瑛史さんである。 「世界規模では、酪農などの牛は約13億頭飼育されていて、マーケットが極めて大きいから世界を目指す、という話を(創業者の)小林から聞いて、すごいと思いました」という下村さん。下村さんは札幌市出身のため、同社へ入社後に初めて、道東にある牧場へ行った。そこで、情熱を持って酪農を営む人たちに出会った。しかし、酪農の現場はFAXなど紙での生産管理が中心で、生乳を搾る搾乳機械に付随するソフトウエアはあったものの、海外製のため英語表記の上、パソコンでの操作が難しく、とても使いにくかったという。
同社では、個々の牛の活動を自動検知できるセンサーが付いたウエアラブルデバイスと、その数値をスマホでリアルタイムに受信できるシステム「Farmnote Color」を開発した。これにより、例えば牛の反すう回数の減少など、体調の変化を早期に発見できたり、発情や分娩(ぶんべん)の兆候を検知できたりするそうだ。また、酪農・畜産生産者向けクラウド管理システム「Farmnote Cloud」も開発し、スマホなどで簡単に牧場のデータを記録、分析、共有できるようにした。 「僕らはクラウドとスマホで生産管理ができるように製品化したので、酪農家の方々にすぐ広まると思ったんです。でも、北海道は寒いので手袋をしたまま農作業をするから、スマホの操作ができないなど、さまざまな理由で拡大しませんでした」と下村さんは当時を振り返る。そのような中でも、試用や契約をしてくれる人もおり、下村さんたちはそうした酪農家たちの声を聞いて、製品をアップデートしていった。
この時期、同社が特に苦労したのは資金面である。同社はスタートアップが集まるコンテストなどに出場し、出資を募った。そこで下村さんたちは、自社が手掛ける事業の社会的意義を改めて認識したという。 「いろいろな投資家や投資会社が、革新的で社会の役に立つ事業だ、と出資してくれました。現場の生産者の方からは厳しい声もありましたが、僕らの事業を素晴らしいと言ってくれる人がたくさんいることが、あのとき分かりました」
全国2000牧場が導入 農業ベンチャーとして注目
16年には、持ち株会社ファームノートホールディングスが設立され、ファームノートはグループ企業となった。この頃にできたのが、現在のグループビジョン「『生きる』を、つなぐ」である。この言葉には、人と動物と自然が生きる北海道ならではの思いが込められているという。 「命ある人と動物と自然は、それぞれ尊重し合ってバランスを保ちながら成り立っています。これらは、酪農や畜産、農業に必要不可欠な要素であって、そのつながり方は時代によって変化しています。これからは新しい科学技術でつながっていければ、という意味です」という下村さん。このビジョンは、投資家や取引先など対外的にも、また全社的な集会など社内でも話をし、同社の在り方を確認するそうだ。
同社は19年、果敢にチャレンジを続ける有望なベンチャー企業を政府としてたたえる「日本ベンチャー大賞・農林水産大臣賞」を受賞したほか、さまざまな賞を受賞している。北海道発の農業ベンチャーとして注目が集まる中、20年には、自社牧場を運営する会社ファームノートデーリィプラットフォームが北海道中標津町(なかしべつちょう)に設立され、自社製品を使いながら、自分たちで酪農生産のDXを実現できるようになった。この頃、同社製品を導入した牧場は、北海道から鹿児島まで全国約2000件で、管理されている牛の頭数は合計約40万頭になった。これは国内の牛の10%以上に当たるそうだ。
コロナ禍で生乳を大量廃棄 業界の構造的問題を実感
ところが20年、新型コロナウイルスによるパンデミックが起きた。飲食店が休業した影響などにより、生乳が供給過剰となり、せっかく生産した生乳を大量廃棄せざるを得なくなるなど、酪農は大打撃を受けた。こうした事態を経験した同社は「酪農には構造的な問題がある」と指摘する。実はコロナ禍の数年前から、バター不足をきっかけに、官民連携して生乳の増産を推進していたところに、パンデミックが起きたのだという。 「酪農家にとっては、増産から急に減産といわれても、牛はお乳を出し続けますから、対応できません。官民連携などで守られていると経営は安定しますが、変化に対応しにくいんです」と言う下村さん。また、酪農や畜産については、受精や分娩、血統など牛の個体データを取る必要があり、さまざまな団体がデータを収集しているが、統一されていないため、業界全体としてはほとんど活用されていないという。下村さんは「データが統一され、デジタル化されれば、酪農や畜産はもっと効率化できます」と語っている。
自社牧場のノウハウ提供 地域に根差しながら世界へ
コロナ禍の後は、円安などの影響により、飼料などが高騰し、国内の酪農経営を圧迫した。このため、酪農家のITに対する設備投資が止まり、同社は窮地に立たされた。 「センサーとソフトウエアは当社の主力事業ですが、別の何かをつくり出さなくてはいけない。そう考えていたとき、自社牧場で取り組んでいた牛の遺伝子改良というのが、とても大事なことに気が付きました」という下村さん。そこで新たに、牛の遺伝子を検査し、酪農や畜産に最適な牛に育つよう、遺伝子レベルで改良するサポート事業を始めた。この改良によって牛は、病気にかかりにくく、繁殖性も良く、搾乳しやすい乳房になるなど、さまざまな利点があるという。すでに同社の牧場では、約400頭いる牛のうち、多くがこの方法で生まれて育っており、全国の酪農家が視察に訪れているそうだ。 「自社牧場を持ったのは、とてもインパクトのある大きな経営判断でした。コストはかかりますが、今ではとてもよかったと思っています」という下村さん。自社牧場では、自社で開発したシステムなどを使い、従業員の作業負担を減らして収益を上げる仕組みを実践しており、視察に訪れた酪農家は納得して同社のシステム導入を検討してくれるという。
今年3月、同社にとって追い風となる新法が閣議決定した。人工知能(AI)などの技術を使った「スマート農業」の普及に向けた新たな法律で、機器を導入したい生産者や技術を研究する開発者を融資や税で優遇するという。これについて下村さんは「酪農や畜産のIT化への機運が高まるきっかけとなる」と期待を寄せている。
さらに今年4月、同社は農林水産省が取り組む全国版畜産クラウドシステムに蓄積された情報を利活用する事業者となった。全国版畜産クラウドシステムは、農林水産省が18年から運用を開始した牛の個体識別情報の履歴情報などを集約するデータベースで、全国乳用牛135万頭以上、肉用牛268万頭以上を管理。全ての酪農・畜産生産者の生産性を向上させ、畜産経営の改善に役立てることを目的としている。今後、この畜産クラウドと同社のクラウド「Farmnote Cloud」との連携を実証するという。これにより、牛の在籍情報や分娩情報など、必要な情報を一元的に管理することができるようになり、生産者はいつでもどこでも牛の情報にアクセスできるため、簡単かつ効率的に牛を管理できるようになるそうだ。
今後について同社は、自社牧場で培った生産や経営のノウハウとDXを組み合わせて、世界へ進出したいとしている。具体的には、牧場の所有者はそのままで、経営や運営を同社が行い、収益をシェアする「所有と経営の分離」という方法を計画しているという。
一方、同社は帯広商工会議所の会員でもある。下村さんは「地域に根差した会社になっていきたいです。地域は人を介してしか知ることができません。人から生み出されるもの、また新しいわれわれが入ることによって何かの刺激になることは、とても重要だと思います」と地域に貢献しながら、世界を目指す展望を語った。
会社データ
社 名 : 株式会社 ファームノート
所在地 : 北海道帯広市公園東町1-3-14
電 話 : 0155-67-6911
HP : https://farmnote.jp
代表者 : 小林晋也 代表取締役
従業員 : 110人(グループ全体)
【帯広商工会議所】
※月刊石垣2024年8月号に掲載された記事です。
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