日本各地のまちには、それぞれが育ててきた歴史や文化が根付いている。しかし中には、そのまちが本来持っている魅力が新しい住民や観光客に伝わらず、人口減や産業の地盤低下という問題を抱えている地域もある。そこで、まちの魅力を盛り上げようと地域や企業が一体となり進めている各地の “プラスワン〟の活動に迫った。
大ヒット映画のロケ地で観光客増加 地域活性化のムーブメントに貢献
長野県中部に広がる諏訪地域。6市町村からなるこの地域が、映画ロケ地として注目を集めている。撮影作品の大ヒットが続き、県外や国外から多くのファンが〝聖地巡礼〟することで地域経済は潤う。だが、経済効果を生み出すには地域が一体となった協力体制が必須だ。ロケ誘致から映画公開後の関連イベント、さらにその先につながるプラスワンを探った。
撮影しやすい地域として長野県の6市町村が連携
移住先として人気が高い長野県。そのほぼ中心部に位置する諏訪圏6市町村(岡谷市、諏訪市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村)は、諏訪湖あり八ヶ岳ありの自然豊かな地域だ。東京や名古屋から約2時間半。地域内は、30㎞圏内の好アクセスで、映画やドラマのロケ地としての条件が整っている。
地域住民の理解を得て、ロケを誘致し、撮影をスムーズに進行するには地域と映画会社をつなぐ「窓口」が必要となる。その役割を担うのが、非営利団体のフィルムコミッションだ。諏訪地域では2003年に諏訪市観光課で誕生した。 「フィルムコミッションとしては後発です。竹内結子さんと中村獅童さんが共演した映画『いま、会いにゆきます』のロケ地に起用されて、映画が大ヒットしたのを機に、広域でロケ誘致の流れが生まれました。そして、3年後の06年4月、諏訪地方観光連盟が母体となって、諏訪圏6市町村をカバーする諏訪圏フィルムコミッション(諏訪FC)が発足しました」
そのタイミングで東京のCM制作会社で経験を積み、Uターンしたのが宮坂洋介さんだ。年間250件もの問い合わせをほぼ一人でこなす。発足時は自治体や地域住民に「フィルムコミッションとは何か」を丁寧に説明することから始め、地元の理解と協力を得ながら、映画やテレビ、コマーシャルなど大小さまざまなロケの実績を積み上げていった。
官民一体でロケに協力し楽しむ風土を醸成
そして23年に大きな作品と巡り合う。山崎貴監督の映画『ゴジラ-1・0(マイナスワン)』だ。 「映画会社から戦後間もない建物はないかという打診があり、提案したのが旧岡谷市役所庁舎です」
同庁舎は1936年竣工で、当時の面影を今に残す歴史的建造物。撮影は初となるが、岡谷市との協議を重ねた上で承諾を得たという。岡谷市商業観光課主任の林愛さんも「これまでの実績、宮坂さんとの信頼関係があったので協議は順調でした」と語る。
だが、撮影は秘匿性が高く、怪獣映画としか伝えられない。同時期に是枝裕和監督の映画『怪物』の撮影も重なり、地域住民も職員も詳細は知らされずに撮影は進んだ。 「『怪』のつく撮影らしいという認識でも、お祭り好きでオープンマインドな地域性だからか、エキストラとして70〜100人が集まってくれました。支度場所として岡谷商工会議所を使わせてもらったのですが、使用時刻は朝4時。驚きつつも、快く受け入れてくださいました」と宮坂さん。
地域の協力を得るポイントは、大変なことを先にしっかり伝えること。行き違いがないように丁寧に説明し、特にロケ地近隣の住民に1週間前には告知するように努めているという。
経済効果に加えて高まる地域愛と誇り
こうしたロケ誘致の土壌があってこそ、映画関連イベントも成り立つ。映画のプロモーション活動は公開の1カ月前から一気に動き出す。対応は急ピッチに進んだ。 「岡谷市にとっても大々的なプロモーション事業はゴジラが初めて。パンフレットや専用ホームページ、チラシ制作を総合広告代理店の東宝マーケティング、宮坂さんと連携して進めましたが、通常業務のスピード感とは全然違いました」と林さんは苦笑する。
23年11月3日に映画が公開されると三つのイベントも動かした。映画公開と同時に映画の世界観に浸れる謎解きまち歩きイベントを実施。市内のショッピングモールや映画館を絡めたスタンプラリーや、3日間限定で旧市庁舎も一般公開した。さらに六つの地元企業や飲食店がタイアップ商品やメニューを開発し、映画を盛り上げた。中でも地元の印刷所が製作した、限定1000枚のシリアルナンバー付きプレミアムポスターは即完売。ファンを引きつけたばかりか、そのクオリティーが映画会社の目に留まり、その後の取引につながったという。映画は24年3月にアカデミー賞視覚効果賞を受賞し、ファンの聖地巡りが長期化したことも地域経済を潤わせた。 「しかし、ロケ誘致による経済効果は一過性でしかありません。むしろ関連イベントや商品開発、地域連携で得たスキルや知見が貴重です。ゴジラが前例になったことは大きいです」(林さん) 「『撮影しやすい地域』と評価されれば、また次につながります。経済効果もそうですが、ロケ地になることで地域の人たちが故郷の魅力を再認識し、愛着や誇りが増す傾向にあります。映画に映し出された風景や建物の保存活動が動き出すことも少なくなく、持続的な効果はむしろこちらの方にあると思っています」(宮坂さん)。
見慣れているからこそ気付きにくい魅力が、映像を通して光り輝く。この積み重ねが地域活性化の原動力になっているようだ。
団体データ
団体名 : 諏訪地方観光連盟・諏訪圏フィルムコミッション
所在地 : 長野県諏訪市高島1-22-30 諏訪市役所内
電 話 : 0266-52-4141
代表者 : 宮坂洋介
従業員 : 1人
※月刊石垣2024年10月号に掲載された記事です。
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