日本各地のまちには、それぞれが育ててきた歴史や文化が根付いている。しかし中には、そのまちが本来持っている魅力が新しい住民や観光客に伝わらず、人口減や産業の地盤低下という問題を抱えている地域もある。そこで、まちの魅力を盛り上げようと地域や企業が一体となり進めている各地の “プラスワン〟の活動に迫った。
ニホンヤマネのエコツアーを通じて生物多様性の教育と普及啓発活動
やまね酒造は、2019年創業の酒蔵である。豊かな自然が残る埼玉県飯能市にある同社では、地域にこだわった酒づくりだけではなく、市内に生息する国指定天然記念物「ニホンヤマネ」の調査・研究・保全活動と、エコツアーを通した生物多様性についての教育・普及啓発活動を行っており、来訪者や次世代の環境意識の向上に貢献していると、高く評価されている。
ニホンヤマネ生息の飯能で名を冠した酒蔵を創業
埼玉県飯能市は、都心から電車で約50分と近いものの、緑あふれる山や川などの自然が多く残る地域である。やまね酒造は、この土地に、2019年に創業した酒造会社だ。社名と商品名は、同市内に生息する国指定天然記念物「ニホンヤマネ」に由来する。 「日本の固有種であるニホンヤマネが生息できるような豊かな自然環境を守り、同時にそれらの価値を後世につないでいく役割を果たしていきたいとの思いから、ニホンヤマネを冠した酒蔵名にしました」と話すのは、同社代表の若林福成さんである。同社の事業は酒づくりだけではなく、飯能の自然を案内するエコツアーや酒づくり体験、またそれらの参加者が利用できるように、民泊やバーベキューなども提供しており、若林さんは自社のことを「酒蔵だけど酒蔵じゃない。飯能の自然と生物多様性と共に歩む環境保全の会社」と表現している。
埼玉県久喜市(旧栗橋町)出身の若林さんは、子どもの頃から動植物が大好きで、大学で地球環境について学び、理科の教員免許を取得した。また、地域活性化にも興味があり、学生時代に起業して地域活性化のコンサルティングを行ったり、地域マネジメントについて研究したりした。その研究の際、各地にある日本酒は、地域ならではの微生物によって発酵させるものであり、その微生物が存在するためには、地域の自然が深く関係していることに気付いたという。 「さまざまな地域に関わってきた私の経験から、酒蔵は酒をつくって売るだけではなく、地域の農業や林業、自然や人々の営みという、豊かさを表現する大事な存在だと認識しました」と言う若林さん。17年から秋田県の新政酒造で、酒づくりと酒蔵経営について修業し、19年に会社を設立した。
自然と生物多様性をエコツアーで伝える
こうした経緯から誕生した同社では、地元の農業や林業を営む人たち、さらには猟師ともつながって、酒づくりの材料や民泊の食材を仕入れている。酒は埼玉県産米を使い、飯能市の地場産材である「西川材」でつくった木おけを使用して伝統的な酒づくりを行っており、酒造業での収益は、飯能の環境保全活動にも役立てられている。
同社の事業の一つに、飯能の自然環境を案内するエコツアーがあるが、これも同社ならではの内容である。一般的にエコツアーといえば、あらかじめ決められたコースがいくつかあり、それをガイドが案内する。しかし、大学でエコツアー講師を務めるなど、生物研究家でもある若林さんが案内する同社のツアーは、参加者に合わせたオーダーメードである。ツアーのテーマとなっているのは、ニホンヤマネなど特定の動物の生息環境の調査や研究で、国内だけではなく海外からも研究者が訪れている。また、理科の教員免許を持つ若林さんは、地元の小学校や中学校で講師を務めることもある。 「ニホンヤマネが生息できる豊かな飯能の環境と生物多様性を、いろいろな方に知ってもらいたいので、ツアーに参加するお客さまのレベルや希望に合わせたエコツアーを行っています」と言う若林さん。同社の活動に感銘を受けた地元の山林の所有者が「自分の山をエコツアーのコースに使ってもらいたい」と申し出てくれたそうだ。その山林にももちろん、ニホンヤマネが生息しているという。
次世代の意識向上に貢献し「エコツーリズム大賞」特別賞
同社のさまざまな活動は、来訪者や次世代の環境意識の向上に貢献しているとして評価され、24年2月、環境省主催の「エコツーリズム大賞」特別賞を受賞した。こうした外部評価を含め、専門知識を持つ若林さんならではのネットワークや情報発信により、エコツアーや酒づくり体験の参加者は年々増えてきて、リピーターも多い。また、若林さんは自ら「生物多様性フェスティバル」と題した研究発表会を企画して不定期に開催しており、開催時には研究者ら約30人が同社に集まるそうだ。さらに今年11月には、酒づくりに関するイベントも開催する予定にしている。 「当社の全ての事業は、この場所に来てもらわなければできないことです。ニホンヤマネが生息できる飯能という地域は、世界的に見ても類いまれな豊かな環境なので、その環境に触れていただき、この土地でできたお酒を飲んでもらって、環境保全の啓発活動をしていきたい」と、若林さんはこれからも飯能の自然や生物多様性と共に歩む決意を語った。
会社データ
社 名 : やまね酒造株式会社
所在地 : 埼玉県飯能市大字赤沢223
メール : yamaneshuzo@gmail.com
代表者 : 若林福成 代表取締役
従業員 : 2人
【飯能商工会議所】
※月刊石垣2024年10月号に掲載された記事です。
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