日本各地のまちには、それぞれが育ててきた歴史や文化が根付いている。しかし中には、そのまちが本来持っている魅力が新しい住民や観光客に伝わらず、人口減や産業の地盤低下という問題を抱えている地域もある。そこで、まちの魅力を盛り上げようと地域や企業が一体となり進めている各地の “プラスワン〟の活動に迫った。
まちなかで回遊型の音楽イベントが若者を集め移住者や創業者を生む
結城商工会議所が中心となってまちづくりプロジェクトを進めている。その一つに、まち歩きをしながら音楽ライブを楽しめる回遊型の音楽祭「結(ゆ)いのおと」がある。音楽を通して地域の魅力を発信するこのイベントは、2014年に始まり、23年には来場者が1万2000人となった。23年度「全国商工会議所きらり輝き観光振興大賞」の大賞を受賞するなど、全国から注目が集まっている。
中心市街地再活性化のため市内のクリエーター集める
茨城県結城市は、同県と栃木県の県境に位置し、人口は約4万9000人。ユネスコ無形文化遺産に登録された絹織物「結城紬(ゆうきつむぎ)」で知られている。織物のまち独特の店舗と住居を兼ねた日本の建築「見世蔵(みせぐら)」が今も多く、歴史あるまち並みが残っている。以前は駅前を中心に栄えていたが、近年は郊外の開発が進み、商圏や生活圏が変化して、かつての中心市街地はシャッター通りになっていた。
このため中心市街地の再活性化を図ろうと、まちづくり会社「TMO結城」が2004年に設立された。TMO結城の事務局は、結城商工会議所の職員である野口純一さんが担っている。現在、同所の中小企業相談所長を務める野口さんは、07年に入所した。同市に隣接する古河市出身で、東京都内のアパレル企業を退職後に同所の職員となった、いわばUターン転職者。10年からTMO結城の担当となった。 「古いまちに新しい価値観を提案できるような、主体的に活動できるクリエーティブなコミュニティをつくりたいと思いました。まちづくりをするには、さまざまなことにチャレンジできる人材が必要です」と言う野口さんと、結城市出身の建築士、飯野勝智さんが中心となって、市内のグラフィックデザイナーやカメラマン、結城紬の職人、筑波大学芸術学部の大学院生などを集め、同年5月に「結いプロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトのメンバーは、ほとんどがボランティアで、最初は数人程度のグループだった。メンバーの仕事が終わった後、夜に市内の空き店舗に集まって活動していたため、当初は地域の人たちから理解を得にくかったという。
見世蔵など活用しまちなかマルシェを実施
同年10月、同プロジェクトの企画としてマルシェ「結(ゆ)い市(いち)」を開催した。これは市内の見世蔵や神社仏閣を活用し、まちの道路を歩行者天国にした回遊型イベントで、野口さんたちは建物のオーナーなどに協力を仰ぎ、地域の人たちを巻き込みながら、開催にこぎ着けた。建物のオーナーの多くは地元の高齢者で、マルシェの出店者は市外の若手飲食店経営者などが多かったため、野口さんたちは両者の間に立ち、交渉や話し合いを進めていった。市内の歴史ある建物は、これまでほとんどが世襲で受け継がれてきたため、オーナーの中には「他人には貸したくない」と言う人もいたという。 「当初は反対する方もいましたが、時間がかかってもコミュニケーションを取り、ご理解いただきました。商工会議所という信頼は大きかったです」と野口さん。10月に開催したのは、同市内にある神社の例大祭に合わせたためで、神社の神楽殿で音楽ライブを開催したり、まちづくりについてのトークイベントを行ったり、マルシェだけにとどまらないユニークなコンテンツを盛り込んだ。
その後、このマルシェは毎年行われるようになり、出店は約100店舗、2日間で市内外から家族連れなど約2万人が訪れる一大イベントとなった。
結城紬をステージ衣装にまちなか音楽祭も開催
「結い市」の継続と成功によって地域の理解を得られやすくなったこともあり、同プロジェクトは14年、「まちなか音楽祭『結いのおと』」を初めて開催した。この音楽祭もマルシェ同様、見世蔵や神社仏閣を活用し、まちの道路を歩行者天国にした回遊型イベントで、各所での音楽ライブのほかにキッチンカーなども出店した。マルシェと違うのは、ターゲットを20~30代の若者に絞ったところである。音楽祭には、若者に人気のミュージシャンやアーティストを集め、出演者にステージ衣装として結城紬の着物を着てもらうなど、結城ならではの工夫を凝らした。しかし、当初は反対の声もあったという。 「マルシェと違って、音楽イベントは音が大きいので、地域の方から苦情が出たこともありました。でも、苦情を言ってきた方が商店主だったので、翌年はイベントの出店者になっていただいたところ、来場者からとても好評で、イベント後にはお客さまが増え、店主はとても喜んでいました」と野口さん。彼の対応力は、プロジェクトを進めながら培ったものだそうだ。
この音楽祭の第1回となった14年の来場者数は約500人だったが、回を重ねるごとに増え、第10回の23年には1万2000人の若者が集まった。音楽を通して地域の魅力を発信するこの取り組みは、23年度「全国商工会議所きらり輝き観光振興大賞」の大賞を受賞した。東北や九州など、全国から視察も相次いでいる。
移住やUターンの若者増加 秘訣は「規模より継続」
まちの魅力を生かしたマルシェや音楽祭というイベントを継続することにより、同市に移住やUターンをする若者が増えた。「結城は東京に近いため、若者の流出が問題になっていますが、イベントはその層が結城と関わるきっかけになったと思います」と言う野口さん。野口さんが所長を務める結城商工会議所の中小企業相談所では、創業者をバックアップする事業も行っており、市内の空き店舗などをリノベーションしてカフェやレストラン、サウナなど、これまでに20店舗以上が開業した。また、音楽祭にボランティアとして関わった人が、後に同所の職員になったり、同市を企業合宿の場として選び、改めて訪れたりしているという。
こうした変化を野口さんは「市内に新しいプレーヤーが生まれやすくなり、好循環のサイクルに入った」と表現している。成功の秘訣(ひけつ)については「どの活動も最初は小さく始まって、徐々に規模が大きくなりました。点と点がつながって、今がある感じです。まちづくり事業は規模の大きさよりも、継続することが大切だと思います」と実感を込めて語った。
同プロジェクトは現在、関わる人が約20人に増え、見世蔵をリノベーションしたコワーキングスペースを中心に活動している。野口さんたちは、結城を訪れる人がイベント時以外でもまちとの関わりを深めることを目的に、宿泊施設をつくる計画を立て、一般社団法人「MUSUBITO」を設立。クラウドファンディングで集めた資金で築90年の空き家をリノベーションし、1棟貸しのHOTEL(TEN)を23年に開業した。このホテルを活用して、市内を旅するプランなども提案している。「結城はこれまで、茨城県内の観光地へ行くときに立ち寄る場所でしかありませんでしたが、市内の魅力をコンテンツにして、もっと発信していきたいです」と野口さんたちは、さらなる活性化へ向けて動き続けている。
団体データ
団体名 : 結城商工会議所
所在地 : 茨城県結城市大字結城531
電 話 : 0296-33-3118
HP : https://yuuki.inetcci.or.jp
※月刊石垣2024年10月号に掲載された記事です。
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