Q 発注先から、物価上昇に伴い労務費が上がっているとして取引価格の見直しを求められました。発注先の労務費が上昇しているとしても内部的な問題に過ぎないため、発注先の経営努力でカバーすべきだと考えます。発注者は、発注先、すなわち受注者からのこのような求めに応じなければならないでしょうか。
A 受注者から労務費を価格転嫁したい旨の申し入れを受けた際、これを拒絶し取引価格を維持することは、独占禁止法や下請法で禁止される優越的地位の濫用や買いたたき行為に該当する恐れに加え、公正取引委員会による企業名の公表などの措置を受けることもあるため、受注者より価格協議の申し入れを受けた際は真摯(しんし)に応じる必要があります。
公正取引委員会による実態調査に基づき、受注者は発注者に対して労務費の価格転嫁を求めにくい環境があるとの事実認識を踏まえ、労務費を適切に取引価格に転嫁できるようにし、取引適正化を図るための指針として示されたのが、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(2023年11月29日付)です。本指針では、発注者と受注者が取るべき行動として、以下を掲げています。
発注者の六つの行動指針
①労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取り組み方針や、その後の取り組み状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じ、経営トップがさらなる対応方針を示すなど「経営トップの関与」
②受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引き上げを求められていなくても、定期的に労務費の転嫁に関し発注者から協議の場を設けるなど「労務費の価格転嫁について発注者から受注者と定期的に協議を実施すること」
③受注者が「公表資料を用いて提示して希望する価格は合理的根拠があるものとして扱うこと」
④受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを意識して受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させる「サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を意識し対応すること」
⑤受注者からの協議要請に応じ、「不利益な取り扱いをしないこと」
⑥「労務費の価格転嫁について発注者から提案すること」
受注者の四つの行動指針
①国や地方公共団体の相談窓口に相談し「積極的に情報を収集して交渉に臨むこと」
②証拠資料として、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの「公表資料を用いること」
③受注者の「交渉力が比較的優位なタイミングを考慮して価格交渉を持ちかけること」
④自社の発注先やその先の取引先における労務費も考慮して「自ら積極的に価格提示すること」
本指針に違反した場合の公正取引委員会の対応
本指針に違反する行為がある場合、独占禁止法や下請法で禁止される優越的地位の濫用や買いたたき行為に当たるものとして、一定の措置を受ける可能性があります。より重大な事案であれば、買いたたき行為の取りやめや再発防止措置を求める勧告がなされることがあり、その場合には企業名や事案概要が公表され、勧告に従わない場合には独占禁止法に基づき排除措置命令や課徴金納付命令が出される恐れもあります。また、公正取引委員会に対して必要な報告を怠り、虚偽報告をした場合や、その調査を妨害した場合には罰金が科されることもあります。
質問の事例において、価格協議に応じないというのは本指針が定める行動指針に反する行動だと考えられます。真摯に協議に応じ、提示された資料などに基づき労務費の上昇が認められる場合、その実態に応じて価格転嫁を受け入れる方向での対応が必要です。
また、仮に受注者側からの協議申し入れがなかったとしても、定期的に協議の場を設定することが本指針により求められることを意識し、積極的に対応を講じていく必要があります。
(弁護士・苧坂 昌宏)