世界に日本を発信する東京2020大会 斎藤公男・日本大学名誉教授×田口亜希・パラリンピアン×三村明夫会頭
斎藤 先ほど、外国人への接客向上に対する話がありましたが、日本人が使う「おもてなし」という言葉は、日本人の素晴らしい精神性を示しているのではないでしょうか。海外の人へのもてなしと同時に、いろいろな意味で日本人の良さを表している言葉です。
もう一つ、「もったいない」という素晴らしい言葉があります。これも日本語特有の言葉で、外国にはこういったニュアンスを伝える言葉があまりないと思います。
2004年にノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイさんも感動した日本の言葉として「もったいない」を取り上げています。
この「おもてなし」と「もったいない」は、日本人の心の原点ですね。私は、東京2020大会の施設にいくつか関わっていますが、「もったいない」と「おもてなし」の精神を踏まえて建築物を造り、世界に発信できたのではないかと自負しています。
――斎藤先生が設計などに関わった、有明体操競技場、有明アリーナ、東京アクアティクスセンターのことですね。
斎藤 有明体操競技場は、再生可能な環境エネルギーである木をふんだんに使っています。工期も予算も制限がある中での設計施工を支えていたのが、40年前に発表した「張弦梁(ちょうげんばり)構造」です。 この構造は弓の原理を利用し、地上で屋根を造ってリフトアップします。足場が不要なので工期も予算も縮小することができました。軒の部分は五重塔をイメージしています。ハイブリッドな技術に日本文化や伝統美を融合しています。モノを大切に扱い美しく造る、日本の技術力と精神性を世界にPRできるのではないかと思います。
国民一人一人に参加の方法が ―――― 三村会頭
三村 東京2020大会に向け、斎藤さんは建築の分野で、田口さんはパラリンピアンの立場として参加されます。われわれ国民一人一人も、応援はもちろんですが、主体的に参加できるさまざまな方法があると思います。
田口 「応援」は、観客にも選手にも大きなパワーになります。
三村 ボランティアを行うのも、素晴らしい参加方法の一つです。日本では、自然災害が多く発生していますが、その度にボランティアの人々が積極的に協力してくれています。
――東商では「声かけ・サポート運動」の展開などを通じて、おもてなしへの推進をしていますね。
三村 「声かけ・サポート運動」は、ハンディキャップのある方や高齢者、外国人など困っている人や助けが必要な人に、積極的に声をかけましょうという活動です。こうした取り組みを地道に行っていくことも、一つの参加の形ではないかと思います。
田口 「何か手伝うことはありますか?」「どうしましたか?」と声をかけていただくことで、こちらもお願いしやすくなりますね。 反対に、自分でできる場合は、「大丈夫です」と伝えることもできます。日本人は、大丈夫と言われると拒否されてしまったと思うことが多いようですが、そんなことは全くありません。どんどん声をかけてほしいですね。
一方で、「助けてほしい」と発信することも大切です。お互いが声かけしやすい社会へ導くための、声かけ運動なのだと感じます。
三村 東京2020大会を契機に、声かけが日常的なものになればよいと思います。また、テレワークや時差出勤、昼間の配送業務を控えるなど交通渋滞緩和に取り組むことも、大会の円滑な運営にはとても重要なことで、これも参加の一つの在り方です。さまざまな形で参加できたという体験は、人々の記憶に残り、大きな影響を与えるのではないでしょうか。
アクセシビリティの考えを ―――― 田口氏
田口 最近はアクセシビリティを考慮した施設が多くなりましたが、その施設までの道がバリアフリーになっていないことが多々あります。国際パラリンピック委員会のフィリップ・クレイヴァン前会長は「日本には、デザインとアクセシビリティを兼ね備えた素敵な街づくりをしてほしい。そして、その技術を世界に広げてほしい」と言っています。素敵なデザインの施設なのに、障がい者には使いづらいというのはとても「もったいない」ことです。
また、現在はパラアスリートには比較的多くの雇用がありますが、アスリートだけではなく働くことができる全ての障がい者の雇用が伸びていく社会になってほしいですね。そのためには障がい者が働くことができる環境づくりが大切です。 そして私は、いつか「障がい者の雇用率」という言葉がなくなって、みんなが好きな仕事を選べる社会になることを望んでいます。自分がやりたい仕事に就き、そのために勉強をしたり努力したりできる環境が、これからの日本には必要だと思います。
斎藤 建築家は、設計する段階からアクセシビリティを常に考えなくてはなりません。例えば、VIPルームを造って入室できても、障害物や段差があって退室できないケースがあり、その改修にはお金がかかるという話がよくあります。それではアクセシビリティな社会には程遠いでしょう。発注者や行政がもっとバリアフリーやアクセシビリティについて勉強する意識が重要です。一方通行ではなく、お互いが歩み寄って融合させることも一つの対話ですね。
田口 アクセシビリティは、障がい者だけではなくこれからの高齢化社会に向けてマストな考え方です。パラリンピックのためだけではなく、すぐには無理だとしても、次に建て替えるときにはバリアフリーを施すなど、長いスパンでアクセシビリティを考え続けられる社会になればと思います。
再生・再利用できる施設 ―――― 斎藤氏
――インフラ整備の在り方について大会後にどのようになっていたらいいと思いますか。
斎藤 海外の大会施設をよく視察しますが、大会後に使われなくなった施設を数多く見てきました。ただ、東京1964大会の時に造られた代々木競技場は、2年かけて耐震補強改修を行い、今回の東京2020大会で再び競技場として使われます。日本では再生・再利用できるものを造っているのです。
今回、私が関わった有明体操競技場は、大会後は展示場に転換できるようにあらかじめ設計されています。有明アリーナは、開催後は多目的イベント会場となります。さらには、防災都市としての施設の在り方も考慮されています。
このように、今回の施設は大会後も活用できるレガシーとして考えられて造られています。未来を見据えながら、日本の精神性の素晴らしさも含めて、世界に発信していければと思います。せっかくのオリンピックなので、到達点ではなく、ここからがスタートだという気持ちが大切ですね。
田口 私が実際に体験して感じたことですが、全ての駅にエレベーターがあるのに、電車に乗るためにはスロープを出してもらうなど人の助けを借りなくてはなりません。これからAIなどが進歩して、スロープが自動で出てくるようになれば、車椅子でも一人で電車に乗って移動することができます。スロープは、車椅子利用者だけではなく、子供や高齢者にも必要なものです。東京2020大会を契機に、こうした点が改善されていくことを期待しています。
三村 まさに社会実装を進める上での良い事例ですね。実際に試してみないと、新たな課題や法律上の問題など分からないことが多いと思います。こうした試みをしていきながら具体的な課題をアピールしていくことも大事だと思います。
喜びの共有がレガシーに ―――― 三村会頭
三村 昨年のラグビーワールドカップは大いに盛り上がりました。日本代表が決勝トーナメントに残ったこともそうですが、日本戦以外の試合でも、満員の状態が続きました。大成功だったと思います。日本全体が明るくなりましたし、何より自信になったのではないでしょうか。このラグビーワールドカップの成功要因をきちんと分析することで、東京2020大会の成功やその後の日本の発展にも生かせるヒントが見つかるのではないかと思います。
斎藤 日本人はシンプルで豊かである環境をつくり出すことが得意な国民ですし、世界に負けない豊かさの定義を持っていると思います。外国人が日本のリピーターになる理由には、物質的ではない精神的な豊かさへの憧れもあるのではないでしょうか。東京2020大会を通じて、日本人が持つ、数字にできない豊かさや美意識、価値観を改めて世界に発信することで、それが日本の誇りとなり、大会後には未来へとつながっていくことを期待しています。
田口 私は、東京2020大会を契機として「対話」のできる社会になってほしいと思います。東京1964大会のレガシーが障がい者の自立ならば、東京2020大会のレガシーは共生社会づくりです。健常者が障がい者を助けたりおもんぱかったりすることではなく、お互いができることで助け合い、思い合うことが大事です。障がい者も健常者の役に立つことがあれば助けたいと常に考えています。
それには、お互いの理解や対話が重要だと思います。東京2020大会を一つのきっかけにして、10年後、20年後に何かを残せる大会にしていきたいですね。
三村 東京2020大会後の不況を懸念する声もありますが、東京1964大会と比べてGDP比でのインフラなどへの投資規模は小さく、人手不足などから他の建築工事も大会後にずれ込んでいるとの話も聞きますので、私はあまり心配していません。むしろ東京2020大会でこれだけのことを成し遂げたという喜びを共有して、日本が再び自信を取り戻し、将来に明るい希望を持てるようになることが、一番の大きなレガシーになるのではないでしょうか。そして、国民一人一人にとっても、自分にできるさまざまなやり方で参加することが、東京2020大会の大きな成功につながるだけでなく、その体験が人生の思い出となり、日本のレガシーとなって継承されていくはずです。
最新号を紙面で読める!