明治15年に創業した伊那市の越後屋菓子店は、長年にわたり地元に愛されてきた老舗和菓子屋だ。同店四代目が昭和30年代に開発した看板商品「伊那のまゆ」が、今年の春から爆発的に売れ、店舗にはこのお菓子を買い求める人々が列をなす状況となっている。「創業以来、こんなことは初めて」と五代目も驚く売れ行きのきっかけはSNSだった。
60年前につくられた和洋折衷の“ほかにはない菓子”
JR伊那市駅前にある越後屋菓子店では、午前9時の開店前から連日のように列ができる。お客の目当ては「伊那のまゆ」だ。まゆ玉をモチーフにしたもなかの皮に自家製ホイップクリームを詰め、周りをチョコレートでコーティングした菓子で、四代目店主が60年ほど前に開発した商品だ。
「ほかにはない菓子ってよく言われます。発売した当時は和洋折衷という概念の薄い時代だったので、奇抜過ぎてあまり売れず、普通のまんじゅうやようかんの方が売れていました」と五代目で代表取締役の竹村裕さんは説明する。
同店は明治15年に創業し、昭和初期はまんじゅうや大福、もなかなど一般的な和菓子を扱っていた。しかし、四代目が後を継いで以降、従来の多品種販売をやめ、「伊那のまゆ」のほか、もち米をブレンドしたようかん「お蔵米」や、竹村さんがくるみをぜいたくに使って創作した焼き菓子「月夜唄」の3種類に商品を絞った。他店との差別化を図りながら、製造や包装資材などのロス削減を重視したためで、以来同店ではあえて新商品や季節菓子などは展開していない。
「『伊那のまゆ』は最初こそあまり売れませんでしたが、珍しい菓子だからと買いに来てくれるお客さんが徐々に増え、口コミも広がって、やがて地元の土産物として定着するようになりました」
原材料を地道にアップデート やがて地元の銘菓に
竹村さんは、先代から引き継いだ基本レシピを守りつつも、原材料は随時アップデートしてきた。日本人の舌が肥えてきたのに対応して、例えばチョコレートはその時代に手に入る中で最もグレードの高い種類を使用。さらに、ホイップクリームの硬さには何段階かあり、夏は溶けにくいように硬めに、冬は逆に柔らかめの種類へと切り替えているという。もなかの皮も通常はあんこの水分を考慮して硬めにつくられているが、同商品はホイップクリームとの相性を考えて、ソフトクリームコーンのような食感の皮を特注で使っている。
「ホイップクリームの硬さを切り替えるときは、通常その1カ月くらい前に発注をかけます。ただ、一度油断して11月に発注したら在庫切れで、仕方なく冬場も硬いホイップクリームを使った年もありました。今ではそういうことがないように材料調達をしています」
