2024年元日に発災した能登半島地震、さらに同年9月に能登を襲った豪雨災害により能登半島の被災地の復旧・復興は遅々として進んでいないのが現状だ。一方で試練を乗り越え、再び能登半島に元気とにぎわいを取り戻そうと立ち上がる地域企業がある。さまざまな困難に負けず、能登の復興をけん引しようと頑張る被災地の企業・団体から話を聞いた。
珠洲の伝統「切り出し七輪」 度重なる災害を乗り越えて復活
石川県珠洲市(すずし)にある丸和工業は、古くから伝わる伝統工芸品「切り出し七輪」を製造販売している。珠洲の地中にある珪藻土(けいそうど)の岩盤から切り出してつくる製法は、市の無形民俗文化財に指定されており、その品質の高さから、全国に多くのファンがいる。しかし、同市は近年、度重なる強い地震や豪雨に見舞われ、同社も甚大な被害を受けた。廃業の危機を乗り越え、再開したのは「ふるさとの産業を守りたい」という思いからだった。
度重なる激震で本社が倒壊 落盤で原料の調達できず
珠洲市は、能登半島の最北端に位置する。この地の伝統工芸品「切り出し七輪」は、山から切り出した珪藻土のブロックを、手彫りによって成形し、さらに窯で焼成してつくる。一般的な七輪は、珪藻土を粉砕して練ったものを型に流し込んで成形するため、劣化すると崩れるが、切り出し七輪は、熱効率が良く丈夫なのが特長だ。この七輪を製造販売する丸和工業は、1976年に設立された。
「電気やガスの台頭で、一時は斜陽産業となったのを、創業メンバーの一人が高級品として商品開発しました」と語るのは、同社代表の玉置仁一(たまきじんいち)さんである。玉置さんは、創業メンバーの親族だった前社長の急逝により後を継ぎ、共同代表の石崎秀忠さんとともに切り出し七輪を守ってきた。今では、ネット通販で全国に出荷している。
しかし、珠洲市は近年、立て続けに震度6という大きな地震に見舞われた。2022年6月の地震では、本社工場にあった窯が破損した。クラウドファンディングで資金を募り、新しい窯をつくって間もない23年5月、再び震度6強の地震に襲われた。この時は本社の屋根が落下し、再建した窯が使用不能になった。それでも玉置さんも従業員も諦めなかった。杉山地区にある別の工場(杉山工場)へ生産拠点を移し、そこにあった古い窯を整備した。従業員の自宅が無事だったこともあり、生産を再開させて「来年は良い年になる。頑張ろう」と声を掛け合った。
その直後の24年1月1日。能登半島地震が発生した。「今までに体験したことのない揺れで、立っていられないほど」と玉置さんは振り返る。この地震で、修繕中だった本社工場は倒壊し、杉山工場では窯の煙突に穴が開き、焼成ができなくなった。何より深刻だったのは、原料である珪藻土を採掘する山(坑道)の落盤だった。長年、珪藻土に関わってきた彼らでさえ、「坑道の穴が落盤する地震は初めて」と驚愕(きょうがく)する事態だった。玉置さんや従業員の自宅も倒壊し、金沢市などへの避難を余儀なくされた。
「まるわくん」グッズや被災商品を販売し再開準備
被災後、玉置さんたちにとって最大の不安は「いかに従業員をつなぎ留めるか」だった。生存確認はできたものの、工場は稼働できず、給料も払えるか分からない。仕事がない中、玉置さんの娘が同社のキャラクター「まるわくん」を考案した。同社では、まるわくんのシールや、従業員が発案したキーホルダー、タオルや手ぬぐいなどを制作し、インターネットで販売。「支援」という形で、全国のファンが購入してくれた売り上げは、再開のための道具代などに充てられた。
製造再開に向けて準備を進めていた24年9月、今度は奥能登豪雨に襲われた。工場には80㎝もの水が入り込み、泥に漬かった。しかし、彼らはここでも折れなかった。水に浸ったり地震で傷ついたりした商品を、事情を説明した上で、地元の道の駅やネットで販売した。「それでもいい」という支援者たちが購入し、数十個あった在庫は完売した。全国からの「再開を待っている」という声が、彼らを支えていた。
七輪の製造を再開できたのは、能登半島地震から約1年半が経過した25年6月である。これほど時間がかかった最大の理由は、原料調達の困難さにあった。既存の坑道が落盤で使えなくなったため、新たな山から切り出す必要があったが、その採掘許可の申請や測量に膨大な時間を要した。加えて、破損した煙突の修理も難航した。
奥能登の伝統を担う後継者を育成したい
現在、製造は再開されたものの、完全復旧には至っていない。新しい採掘場所から、大きな七輪用のブロックが採れないため、現在のラインアップは小さいものが中心だ。ネットに出せば即完売するが、手作業のため量産はできない。
「正直、やめようかと思った」と玉置さんたちは語る。市内にあった同業者は廃業を決めた。補助金の申請は煩雑で、条件も厳しい。それでも廃業しなかった理由は、ふるさとに対する危機感だ。過疎化が進むこの地域で、七輪は数少ない地場産業である。「俺たちがやめたら、奥能登は衰退する。ここは、俺たちのふるさとなんだよ」と語る石崎さん。
同社が今後目指すのは、事業の継続と後継者の育成である。現在の従業員は50代が中心で、技術を次世代につながなければ、この伝統は途絶えてしまう。かつては工場見学も行っていたが、度重なる地震の影響で休止したままで、安全対策を講じて再開したいと考えている。地元の人や移住者がこの仕事に誇りを持ち、継承してくれることを願い、彼らは七輪の窯に火をともして、未来を照らす。
会社データ
社 名 : 有限会社丸和工業(まるわこうぎょう)
所在地 : 石川県珠洲市正院町平床立野部26
電 話 : 0768-82-5313
HP : http://maruwa7rin.jp
代表者 : 玉置仁一 代表取締役
従業員 : 7人
【珠洲商工会議所】
※月刊石垣2026年1月号に掲載された記事です。
