政府はこのほど、2018年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術の振興施策)を発表した。白書では、経済社会のデジタル化に対応する人材の育成・確保および同社会への変革に対して経営層の認識が十分でないことなどを指摘。今後は、経営層主導でデジタル化に取り組むべきであると提言している。特集では、白書の概要を抜粋して紹介する。
第1章 わが国ものづくり産業が直面する課題と展望
第1節 わが国製造業の足下の状況認識
〇売上高、営業利益共に昨年と比べて増加傾向にあり、全般的には業績が上向く傾向。 〈主要課題①「強い現場力の維持・向上(人手不足、品質管理)」〉
〇人手不足が課題としてさらに顕在化。特にデジタル人材の確保は質・量両面で課題が多く、IT・デジタル部門の経営参画度合いも不十分。
〇品質管理を現場力の強みと認識する企業が多い一方、「課題」と捉える企業も多い。 〈主要課題②「付加価値の創出・最大化」〉
〇付加価値の源泉となるデータの利活用が現場マターから経営マターに移った一方で、実際の利活用状況に本格的な変化は起きていない。経営主導による具体的行動が重要。
〇環境変化の危機感が強い企業ほど、事業多角化・新規事業展開や今後の投資に積極的。→経営層の主導力・実行力不足が共通課題
第2節 人手不足が進む中での生産性向上の実現に向け「現場力」を再構築する「経営力」の重要性
〇現場の人材不足が深刻化する中、これまで技能人材などが属人的に有してきた知見を、組織の共有知として活用できる仕組みづくりが鍵。そのため、デジタル時代の「現場力」には、現場から得られる質の高いデータや技能人材などの属人的な知見をデジタル化・体系化して、組織として資産化する力などが求められている。(図1)
〇その際、個別現場が主導する部分最適化を目指すのではなく、重要な経営課題と捉えて経営側がコミットし、バリューチェーン全体での最適化を図った構築が重要。その実現には的確な「経営力」の発揮が鍵。
〇最も重視する人材確保対策について、現在と今後を比べると、ロボットやIoTなどのデジタルツールの利活用の増加が最も顕著。また、人事制度の抜本的見直しや待遇強化、テクノロジーを活用した人材マネジメントの効率化も増加傾向が強い。
〇デジタル人材については、ほとんどの企業が質・量共に充足できていない中、最も力を入れている取り組みとしては「中途採用による確保」が最多で、「外部の専門家派遣サービスの活用」「社内人材の再教育などによる確保」などが続く。当面は即戦力である中途採用に重きを置きつつ、中長期的には自社人材の専門性と強化を同時に図る意向。
〇課題としては「採用や長期雇用につながりにくい」「社員が社内外の研修を受講する時間的余裕がない」「社内に指導できる知見を持った人材がいない」など。
〇大学などとの戦略的連携や重点的投資を通じて、教える側・教えられる側双方の問題解決を目指す事例も存在。
〇製造業の品質保証体制の強化が急務となっている。組織として品質が担保される仕組みを経営者主導で構築することが重要。
〇具体的には、①コネクテッドインダストリーズ(CI)の推進による、うそのつけない仕組みやトレーサビリティーの構築、②品質担当役員の設置などのガバナンスの実効性向上などが鍵。
〇そうした中、現在、出荷前の検査状況のデータ化・検査工程の自動化を実施中の企業の割合は9・0%。他方、多くの企業が「可能であれば実施したい」と回答。経営者に対する先進事例の共有などで後押し。
第3節 価値創出に向けたコネクテッドインダストリーズの推進
〇コネクテッド・インダストリーズ推進の重要性を経営者に訴えるため、経営者が主導的にビジネスモデル変革を図る取り組みなどを中心に、国内外の先進事例を整理・紹介。
第2章 ものづくり人材の確保と育成
第1節 労働生産性の向上に向けた人材育成の取り組みと課題
1 人材育成の取り組みの成果と労働生産性
〇企業の意識調査では、ほとんどのものづくり企業が何らかの人材育成の取り組みを行っている。一方、人材育成の取り組みの成果があがっている企業(「成果あり企業」)と成果があがっていない企業(「成果なし企業」)は、ほぼ二分化しており、半数の企業が人材育成の「成果があがっていない」と考えている。(図2)
〇3年前と比べて「生産性が向上した」、他社と比べて「生産性が高い」と回答した企業では、人材育成の「成果があがっている」と回答した割合が高い。
〇人材育成の具体的な成果として、労働者個人の理解・知識の高まりや作業スピードの向上といった「技術・技能の向上」だけではなく、社員同士の教え合いやチームワークの改善などの「組織力の向上」も見られる。「生産性が向上した」「生産性が高い」とする企業においては、人材育成の成果が、社員一人一人や組織全体としての生産性の向上により多くつながっているものと考えられる。(図3)
2 人材育成で成果があがっていると回答した企業の傾向
〇ものづくり人材の基本的な特徴について、人材育成の「成果あり企業」では、「ベテランの技能者が多く、熟練技能者集団に近い」と回答した割合が最も高い。一方、「成果なし企業」では「比較的単純な作業をこなす労働集約的な作業者集団に近い」と回答した割合が最も高くなっている。
〇過去5年間の人材の定着状況について、人材育成の「成果あり企業」では、「成果なし企業」に比べて、人材の定着状況が「良くなった」と回答した割合が高い。一方、「成果なし企業」では「成果あり企業」に比べて、「悪くなった」と回答した割合が高い。人材育成の「成果あり企業」においては、人材の定着が進み、熟練技能の蓄積が見られることが分かる。
〇人材育成方針について、人材育成の「成果あり企業」では、「今いる人材を前提にその能力をもう一段レベルアップできるよう」または「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら」能力開発を行っていると回答した割合が高い。一方、「成果なし企業」では、「個々の従業員が当面の仕事をこなすために必要な能力を身に付けることを目的に」能力開発している、人材育成について「特に方針を定めていない」と回答した割合が高い。
○人材育成の「成果あり企業」では、中長期的な視野を持ち計画的・段階的に人材育成を進めていることがうかがえる。
〇人材育成方針の浸透度について、人材育成の「成果あり企業」では「浸透している」「ある程度浸透している」の割合が極めて高いのに対して、「成果なし企業」では「あまり浸透していない」「浸透していない」の割合が半数近くとなっている。
〇日常業務における人材育成の取り組み(OJT)をみると、人材育成の「成果あり企業」「成果なし企業」ともに「日常業務の中で上司や先輩が指導する」が最も高く、「作業標準書や作業手順書を活用する」「身に付けるべき知識や技能を示す」と続く。
〇それぞれの取り組みごとに、人材育成の「成果あり企業」と「成果なし企業」を比較すると、「成果あり企業」の方が、「現場での課題について解決策を検討させる」「個々の従業員の教育訓練の計画をつくる」「身に付けるべき知識や技能を示す」といった取り組みを挙げる割合がより高い。
〇人材育成を促進させるために実施している取り組みでは、人材育成の「成果あり企業」「成果なし企業」共に「改善提案の奨励」が最も高く、「資格や技能検定などの取得の奨励」「研修などのOFF‐JT(会社の指示による職場を離れた教育訓練)の実施」と続く。それぞれの取り組みごとに、人材育成の「成果あり企業」と「成果なし企業」を比較すると、「成果あり企業」の方が「研修などのOFF‐JTの実施」「資格や技能検定などの取得の奨励」「熟練技能者による専任指導や勉強会開催など技能伝承のための仕組みの整備」といった取り組みを挙げる割合がより高い。
〇OFF‐JTの内容を見ると、人材育成の「成果あり企業」では、「主任、課長、部長など各階層に求められる知識・技能を習得させるもの」が最も高く、「加工など製造技術に関する専門知識・技能を習得させるもの」「仕事に関連した資格の取得を目指すもの」が続く。OFF‐JTの内容ごとに、人材育成の「成果あり企業」と「成果なし企業」を比較すると、「成果あり企業」の方が「加工など製造技術に関する専門知識・技能を習得させるもの」「機械の保全に関する専門的知識・技能を習得させるもの」「新たに導入された(あるいは導入予定の)設備機器などの操作方法に関する知識・技能を習得させるもの」といった内容を挙げる割合がより高い。
3 人材育成における課題
〇「若年ものづくり人材を十分に確保できない」が最も高いが、「成果なし企業」の方が、「指導する側の能力や意欲が不足している」「育成ノウハウがない」「指導する側の人材が不足している」を挙げる割合が高い。
第2節 人材育成に向けた取り組み
1.より効果的なものづくり訓練に向けて(略)
2.中小企業等の労働生産性の向上(略)
3.民間で実施する職業訓練の向上(略)
4.女性技能者育成の支援(略)
5.若者のものづくり離れへの対応(略)
6.社会的に通用する能力評価制度の構築
〇技能検定制度(略)
〇職業能力評価基準(略)
〇社内検定認定制度
・厚生労働大臣が認定する制度で、事業主などがその事業に関連する職種について雇用する労働者の有する職業能力の程度を検定する制度。(2018年4月現在、48事業主など127職種)
7.キャリア形成支援
〇キャリアコンサルティング(略)
〇ジョブ・カード制度
・2015年10月から、ジョブ・カードを「生涯を通じたキャリア・プランニング」および「職業能力証明」のツールとして見直し、職業能力開発促進法に基づく新制度として普及促進している。
〇教育訓練給付制度(略)
第3章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発
第1節 ソサエティー5・0の実現に向けた教育・ものづくり人材の育成
〇ソサエティー5・0の実現に向け、わが国のイノベーション力・人材力の抜本的強化が急務。IT人材の育成や、異分野との橋渡しができる工学人材の育成が重要。
〇先端基盤技術を高度活用できる高度技術人材の育成や優れた若手研究者の育成・活躍促進、研究環境の整備や産業界と連携した理工系人材の戦略的育成などの取り組みを促進。
〇人材育成の基盤を担う小学校、中学校、高等学校においては、プログラミング教育の取り組みなどを実施。プログラミング教育の充実に向けては、新学習指導要領において、小学校でプログラミングの必修化をはじめ、児童生徒の発達の段階に応じたプログラミング教育を充実。また、文部科学省・総務省・経済産業省が連携して、民間企業、団体などとともに「未来の学びコンソーシアム」を設立し、教材開発の促進や学校が外部人材を活用しやすくする人的支援体制の構築などを推進。
〇求められる能力やスキルの変化への対応など「人づくり革命」に資する社会人の学び直しの推進や女性研究者、理系女子への支援など、ものづくりにおける女性の活躍を促進。
第2節 ものづくり人材を育む教育・文化基盤の充実
〇ものづくりへの関心・素養を高める理数教育の充実など一人一人がその能力を最大限伸長できる教育・文化基盤の充実を図る。
〇起業体験やインターンシップなどを含むキャリア教育・職業教育の充実など各学校段階における特色ある取り組みを促進。
〇若者が将来の生き方や進路に夢や希望を持ち、その実現を目指して、学校での生活や学びに意欲的に取り組めるよう「学校から社会・職業への移行」を円滑にし、社会的・職業的自立に必要な能力や態度を身に付けることができるようにするキャリア教育を推進していくことが重要。
〇ものづくりの理解を深める生涯学習環境の整備や文化や伝統技術から生み出される新たな価値と継承を図る。
第3節 ソサエティー5・0を実現するための研究開発の推進
〇ソサエティー5・0を実現するため、革新的な人工知能、ビッグデータ、IoT、ナノテク・材料、光・量子技術などの未来社会の鍵となる先端的研究開発の推進。
〇省庁横断的プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム」や新たに創設された「官民研究開発投資拡大プログラム」などの取り組みにより、官民連携による基盤技術の研究開発とその社会実装を着実に推進。
〇知の拠点である大学と企業の大型の共同研究開発など、共創の場の構築によるオープンイノベーションの推進と地域の競争力の源泉(コア技術)を核とした地域イノベーションの促進。
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