日本商工会議所では、地域経済を支えている125万の商工会議所会員事業者が抱えるさまざまな経営リスクの軽減を目的に、全国515商工会議所の協力の下、損害保険会社各社と連携し「業務災害補償プラン」「ビジネス総合保険制度」「情報漏えい賠償責任保険制度」「中小企業PL保険制度」など八つの保険制度を運営している。各制度とも簡便な手続きと低廉な保険料で加入できる中小・小規模事業者のための制度だ。本特集では、これらの保険制度の概要を紹介する。
業務災害補償プラン
高まる企業の労災リスク 裁判で遺族側勝訴が相次ぐ
業務災害補償プランは、労働災害における使用者責任を補償する制度として、平成22(2010)年10月にスタートした保険制度だ。日本商工会議所では、「ビジネス総合保険制度」と並び事業者として加入すべき保険制度の一つとして推奨している。 制度スタートから8年半で加入件数は8・2万件を超え、多くの事業者から高い評価を得ている。
過労死を巡る裁判において、最近、従来より企業や経営者の責任を明確にする判決が増加している。平成27(2015)年12月に改正労働安全衛生法が施行されるなど、従業員の労務管理について、企業側の対応がこれまで以上に問われている。
本プランは、従来型の負傷型労災といわれる業務中のけがおよび労働災害の責任が企業にあると法律上判断された(例えば安全配慮義務違反を問われた)場合に発生する企業の損害賠償責任(賠償金など)に対応する制度である。
労災発生時に求められる責任
労働災害が発生し労働者が死傷すると企業には一般に次のような法的責任が発生する。
①民事責任
使用者に安全配慮義務違反あるいは過失などがあれば、被災労働者またはその遺族から民事上の損害賠償を請求される。この場合、業務に起因する災害であれば、労災保険による労災が給付される。
②行政責任
労働基準監督署長から作業停止処分、建物などの使用停止処分などを受ける。建設業者の場合、業務停止処分や公共工事の指名停止処分などを受ける。
③刑事責任
業務上過失致死傷罪あるいは労働安全衛生法違反などの責任を問われる。
④社会的責任
マスコミによる報道などにより取引停止など社会的信用を失う。
民事責任に対応
本プランは、この四つの責任のうち、①民事責任すなわち使用者責任を補償するものとなっている。
労働者が業務中に負傷するなどの労働災害が発生した場合、使用者(経営者)は、労働者またはその遺族から民事上の損害賠償を請求される。損害賠償には、主に治療費(死亡・後遺障害の場合は逸失利益)や休業損害、慰謝料、弁護士費用などが含まれ、労働者が死亡した場合、企業の民事賠償責任が5000万円から1億円を超えるような高額になるケースがある。そして、その額は上昇傾向にある。
一方、損害賠償金を支払えなければ、事業継続が困難にあることも想定され、その場合、これまで雇用していた多くの従業員も路頭に迷うことになる。
本プランは、業務上の事故による死亡・後遺障害・入院・手術・通院はもちろん、法律上の損害賠償責任を負うことによって被る損害をカバー。事業継続の大きな一助になるといえる。
また、前述のような新しい企業責任(安全配慮義務違反などによる企業の法律上の賠償責任)のほか、例えば、うつ病などの精神障害による「過労自殺」「過労死」が原因で認定された労災など、法律上の企業責任(民事賠償金)を問われた場合の慰謝料や訴訟費用(弁護士費用など)も対象になる。
「心の病」対策の義務化
平成27(2015)年12月に施行された改正労働安全衛生法で「ストレスチェック」が義務化された。メンタル疾患防止の取り組みは、基本的に大きく二段階で構成されている。まず1次予防として、本人のストレスへの気付きと対処の支援および職場環境などの改善の段階がある。そして2次予防として不調の状態にある従業員自身の不調の早期発見と早期対応を行うといったものである。これらの一連の取り組みの要となるのが、対象者の心理的な負担の程度の把握、すなわちストレスチェックである。ストレスチェックした、その結果の取り扱いの難しさや運用の負荷などの問題もあり、当面は従業員50人以上の事業場が対象となる。しかし、自殺者数に占める被雇用者・勤め人の数が少なくない(全体の3割近くを占める)ことなどを考えると、この適用範囲であるか否かにかかわらず、メンタルヘルスへの取り組みはいよいよ重要になってきていることが伺える。
加入しやすい保険料水準と手続き
保険料は、補償内容が同じ一般の保険に比べて半額程度に設定されており、業種を問わず多くの事業者が加入している。
さらに売上高を基に保険料を算出する仕組みであることから、加入に当たっては従業員数を保険会社に通知する手間がなく、パート・アルバイトが多い製造業や小売業などには利便性が高い。また、役員を含めた全従業員が自動的に補償対象となることから、中堅・中小企業や下請けを多く抱える事業者などに活用しやすい内容になっている。
近年、過労死に対する取締役個人の責任を認める判決も出た。従業員の労務対策は、これまで安全配慮義務の実施、福利厚生といった観点で捉えられてきた。だが今後は労働人口の減少などに対応した人材確保の観点から考える必要があるだろう。従業員の心身の健康を保つことは企業にとって効率的で持続的な成長への投資といえるかもしれない。そのためにも、本プランの加入をお勧めしたい。
情報漏えい賠償責任保険制度
サイバー攻撃への備えなど、補償内容を拡充
IT(情報技術)の進歩に伴い、標的型メールなどによる不正アクセスなど、いわゆるサイバー攻撃が急増し、個人情報の漏えいやデータの損壊・改ざんなど、深刻な被害が生じている。その手法もより巧妙化しつつあり、情報セキュリティーに関する脅威は一段と複雑化している。事業者の規模を問わず、情報セキュリティー対策は急務となっている。
制度創設の経緯
平成17(2005)年4月に、個人情報保護法が施行された。これに伴い、日本商工会議所では各地商工会議所会員事業者への対策支援および負担軽減を目的に、情報漏えい賠償責任保険制度を創設。同所が保険契約者となり、参加保険会社6社(幹事・三井住友海上)の協力の下、運営している。
対象の情報
①個人情報
個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)に規定される個人情報のこと。
個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述などにより特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)をいう。死者の情報を含む。
②企業情報
特定の事業者に関する情報であり、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていない情報をいう。
③電子データまたは記録媒体に記録された非電子データとして保有される情報。
法人情報にも対応
平成25(2013)年3月以降の保険始期分から、賠償損害補償の対象となる情報が会員事業者(被保険者)の保有する法人情報まで拡大された。
業務遂行における取引先企業などの情報漏えいに起因して、法律上の損害賠償責任を負うことによって被る損害に対しても保険金の支払いが可能となる。
情報漏えいの発生原因
情報漏えいの発生原因としては、次のようなものが挙げられる。
①外部からの攻撃(不正アクセス、ウイルス、標的型メールなど)
②過失(セキュリティー設定ミス、廃棄ミス、誤操作など)
③委託先(委託先での漏えい)
④内部犯罪(従業員・派遣社員・アルバイトなど)
補償の対象
補償の対象は、情報の漏えいまたはそのおそれに起因して、被保険者が被った経済的損害で、次に掲げるもの。
⑴賠償損害補償(情報漏えい賠償責任補償特約) 次のいずれかに該当する事故に起因して、保険期間中に被保険者に対して損害賠償請求がなされたことにより被保険者が被る損害に対して、保険金が支払われる。
①情報漏えいまたはそのおそれ 記名被保険者(加入者およびその役員)自らの業務遂行の過程において所有、使用または管理する他人の情報および被保険者以外の者に管理を委託した他人の情報の漏えいまたはそのおそれ。
②情報システムの所有、使用または管理に起因する他人の業務阻害など
記名被保険者が行う情報システムの所有、使用もしくは管理または電子情報の提供に起因する、他人の業務遂行の休止または阻害、他人の所有、使用または管理する電子情報の消失または損壊など。
③サイバー攻撃に起因する他人の身体障害・財物損壊(オプション補償)
④IT業務の遂行に起因する他人の業務阻害など(オプション補償)
⑵費用損害補償
所定の情報セキュリティー事故が発生した場合に、記名被保険者がブランドイメージの回復または失墜防止のために必要かつ有益な措置を講じることによって被る損害に対して、保険金が支払われる。
具体的には、謝罪広告の掲載や謝罪記者会見、通信、お詫び状作成、コンサルティング、見舞金・見舞品購入、事故原因調査、コールセンターへの委託などに関わる費用のほか、従業員の超過勤務手当、交通費、宿泊費、弁護士報酬などが対象となる。
オプションをセットすると、さらにクレジット情報モニタリング費用や情報システム復旧費用、再発防止費用、サイバー攻撃調査費用など、支払保険金の対象となる費用が拡大する。
制度の特長
⑴外部起因・内部起因の事故を幅広くカバー
サイバー攻撃・ハッキングなど、外部からの不正アクセスのみならず、被保険者自身の過失によるものや、使用人などの犯罪リスクまでカバーする。
⑵サイバー攻撃などの際の対応費用を手厚く補償
⑶海外で訴訟提起された損害賠償請求も補償(オプションセット時、所定の事故を除く)
海外で事故が発生し、海外で損害賠償請求を受けた場合や、現地で事故対応に必要となる各種費用も補償対象になる。
⑷IT事業者向けオプション
IT事業者向けオプションをセットすることにより、補償対象外であるIT業務の遂行(ソフトウエアプロダクト開発・販売、システムインテグレーションなど)に起因する他人の業務阻害などの損害を補償することが可能になる。
⑸セキュリティー対策に役立つサービスメニューの提供
①全ての加入者に個人情報漏えい時の「対応ガイド」を提供
②希望の加入者に「情報管理リスク評価報告書」を作成
③希望の加入者に「標的型メール訓練サービス」を提供(1社当たりの対象従業員数100人)
④サイバー事故の発生時、希望の加入者への専門事業者紹介サービス
⑹商工会議所のスケールメリットと加入者ごとのセキュリティー状況を反映した保険料
団体割引20%および加入者の告知内容による割引により、最大68%までの割引が適用可能。
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