政府はこのほど、2019年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術の振興施策)を発表した。白書では、第4次産業革命下におけるわが国製造業の現状を分析しつつ、競争力強化につながる方策として、良質なデータを生かしたニーズ特化型サービスの提供や新たな時代に必要となるスキル人材の確保と組織づくりなどを提案する内容となっている。また、品質・技術力を裏打ちする良質なデータが現場に存在するうちに、将来を見据えた対策を取ることが急務だととしている。特集では、白書の概要を抜粋して紹介する。
第1章 ものづくり白書の振り返り
<平成の製造業とものづくり白書の変遷>
〇平成のわが国製造業はバブル崩壊、リーマンショック、自然災害など多くの困難に直面。品質力・技術力を生かせる部素材を強みとして、わが国経済を支えてきた。
〇白書刊行当時は、新興国における製造業の急成長を背景とした「産業空洞化」への危機感が強く、工程ごとの国際機能分業や部素材立国など立地戦略を深化させた。近年では、テクノロジーの深化に伴う競争環境変化や新興国の人件費上昇もあり、国内への立地回帰の動きも見られる。
第2章 わが国ものづくり産業が直面する課題と展望
第1節 わが国製造業の足元の状況認識
<業績の動向>
〇わが国製造業の業績は、2012年12月以降、緩やかな回復が続いているものの、18年12 月に実施したアンケートによれば、足元での売上高・営業利益の水準や、今後の見通しには弱さが見られる。
○人件費の上昇や海外情勢不安に伴う調達コストの増加もあり、各企業は、今後に備えて慎重な判断を行っているものと考えられる。
〇人手不足はますます深刻化。人材確保に何らかの課題がある企業は94・8%となった。
<品質トラブルへの対策>
〇品質トラブルに関する企業の認識を確認すると、「従業員教育の不足」「従来慣行への依存、馴れ合い」が原因とする回答が多い。
〇品質トラブルが発生していない、または減っている企業では、経営層が現場の状況を把握している傾向にある。またAI(人工知能)を始めとするデジタル技術の活用も有効。
第2節 世界の中でのわが国製造業の立ち位置と海外企業の取り組み
〇現在、日本のものづくり企業を取り巻く環境には、「第4次産業革命の進展」「グローバル化の展開と保護主義の高まり」「ソーシャルビジネスの加速」の潮流がある。わが国製造業は、今まで以上に高度で複雑な課題に取り組んでいかなければいけない。
1. 各国比較から見るわが国製造業の状況
〇わが国の市場規模および世界シェアを見ると、エレクトロニクス系の最終製品は売上額、シェア共に低下している一方で、自動車および部素材については売上額、シェア共に上昇。〇わが国は部素材において高いシェアを占める傾向にある。
2.変革期における海外の取り組み状況
〇各国においても、IoTなどの技術革新を契機として、MaaS(※)に代表されるような従来のものづくりの範囲を超える新たな顧客価値提供の動きがあり、異業種からの参入も見られる。
(※)MaaSとは、IoTやAIの活用によって提供が可能となる新しいモビリティーサービス(Mobility as aService)。
(略)
第3節 世界で勝ち切るための戦略―Connected Industriesの実現に向けて
1.新たなビジネスモデルの展開─強みを生かしたニーズ特化型サービスの提供など
〇わが国製造業を取り巻く環境は大きく変化。こうした動きを捉え、今後の変化を大きく見込む企業は着実に増加。
〇変化を見込む企業ほど、研究開発投資や設備投資などに積極的で、業績も良い傾向。 (図1)
〇データ収集を行う企業の割合は足元で減少したものの、収集したデータを具体的な用途に活用している企業は着実に増加。第4次産業革命の進展に伴い、製造現場でのデータ活用が拡大したことで具体的なニーズや課題が見え始め、製造業のデジタル化は第二段階を迎えている。
〇一方、顧客とのやり取りやマーケティングの効率化につなげられている企業はわずかにとどまる。
〇世界シェアや現場の良質なデータを生かし、顧客の新たなニーズに対応したサービス提供型のビジネスモデルを確立している事例も見られるようになった。
(略)
2.重要分野におけるシェア拡大に向けた戦略的取り組み
〇わが国製造業は、中国、米国、ドイツ企業と比べ「製品の品質」や「現場の課題発見力・問題解決力」「技術開発力」については優位にあると認識している一方で、「商品企画力・マーケティング力」や「生産自動化、省力化」では劣位にあると認識。
〇今後の成長分野において、品質・技術を生かし市場を獲得していくことが重要。
(略)
〇国内製造業の7割以上が地球温暖化やプラスチックごみ規制はビジネスへの影響が大きいとみなしているものの、ビジネスチャンスと捉えている企業は3割程度以下にとどまっている。
〇国内製造業においても、SDGs(※)などの世界の社会的課題に対して自社の強みを生かせると認識している分野(経済成長と雇用、エネルギー、インフラ・産業化など)も存在。(※)2016年1月に始まった国連開発計画(UNDP)の活動指針。貧困の軽減などの世界的な課題の解決を目指し、普遍的な行動を促す17の目標を設定したもの。
(略)
3.新時代に必要なスキル人材の確保・組織づくりと技術のデジタル化
〇ものづくりとAI・IoTを組み合わせることのできるスキルを持った人材の確保は引き続き課題。
〇製造×AI・IoTのスキル人材の育成は進んでいるが、今後はそうしたスキル人材が活躍できる環境の有無がデジタル化の成否を分ける。
〇職人の匠の技そのものや、品質・技術力を裏打ちする良質なデータが現場に存在するうちに、将来を見据えた対策を行うことが急務。
〇特に、中小企業では技能のデジタル化のニーズが強い。
第3章 ものづくり人材の確保と育成
第1節 企業における技能継承の取り組みと課題
1.ものづくりを支える人材の雇用・労働の現状
〇全産業の従業員数は緩やかに増加しているが、製造業の従業員割合は減少傾向となっている。若年就業者が減少する中で、新規学卒入職者は会社規模間格差が見られ、中小企業の人材不足は深刻な状況となっている。
〇製造業に占めるものづくり人材の非正規社員割合、女性就業者割合は、いずれも全産業と比較して低い。
2.ものづくり企業の基盤を支える技能
〇ものづくり産業において、団塊の世代が定年を迎え技能継承が円滑に進めないことを懸念する「2007年問題」と呼ばれた07年当時よりも、現在「技能継承に問題がある」と感じている企業が多くなっている。企業の技能継承の取り組みのうち、10年には「雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用」を行う企業が最も多かったが、現在は減少傾向にあり、一方で新規学卒者の採用や、中途採用を増やしている企業が増加している。
3.ものづくり産業における技能継承の現状と課題
〇技能継承がうまくいっている企業は、労働生産性も高い傾向がある。ものづくり人材の世代構成では、世代構成のバランスが良い企業は技能継承が円滑に進み、高齢化が進んでいる企業は技能継承がうまくいっていない傾向がある。 (図2・3)
〇ものづくり人材の採用方針は技能継承の成果に関わらず、中途採用が中心となっている。
〇技能継承がうまくいっている企業は、人材の定着が進んでおり、高齢者を現場での活用のみならず、技能の伝え手として活用している。
〇将来を見据えた方針があり、その方針が社内に浸透し、計画的に人材育成を進めている企業は技能継承の成果につながっている傾向が見られる。
〇技能継承がうまくいっている企業は技能を継承していくために必要なツールや指導体制の整備などに取り組む割合が高い。
4.今後の技術継承の方向性
(省略)
第2節 人材育成に向けた取り組み
1.技能職種への入職促進
〇産業界や地域のニーズを踏まえたハロートレーニングの推進
(略)
〇地域創生人材育成事業
(略)
〇ものづくり技能に対する理解や技能の重要性の啓発
(略)
〇地域若者サポートステーション
(略)
2.技能継承の支援
〇ものづくりマイスタ ー
(略)
〇中小企業など担い手育成支援事業
(略)
〇人材開発支援助成金
(略)
〇認定職業訓練
(略)
3.生産性向上の支援
〇生産性向上人材育成支援センター
・生産性向上人材育成支援センターは、中小企業等の労働生産性向上に向けた人材育成を支援することを目的として、機構が運営する全国のポリテクセンター・ポリテクカレッジなどに設置されている。
(中略)
・地域のニーズに応じた訓練だけでなく、個別の企業のニーズに応じてオーダーメードで訓練を設定するなど、企業が抱える課題や要望に応じて訓練を実施している。
・18年度からは、IT技術の進展に対応するために、中小企業や製造現場などの在職者を対象とした、ITの活用や情報セキュリティーなどの基礎的ITリテラシーの習得を図る基礎的ITリテラシー訓練を新たに実施している。
4.能力評価などの環境整備
〇技能検定
(略)
〇社内検定
・厚生労働大臣が認定する制度で、事業主などがその事業に関連する職種について雇用する労働者の有する職業能力の程度を検定する制度であり、19年4月現在、49事業主など131職種が認定されている。
5.技能尊重気運の醸成
〇各種技能競技大会(技能五輪国際大会招致活動含む)
・23年に開催される予定の技能五輪国際大会の日本・愛知への招致にも取り組むことで、若い世代にものづくり分野の魅力をアピールし、ものづくり人材の育成・確保につなげようとしている。
・広く社会一般に技能尊重の気運を高めるため各種技能競技大会(若年者ものづくり競技大会、技能五輪全国大会、全国障害者技能競技大会(アビリンピック)、技能グランプリなど)を開催。
〇現代の名工
(略)
第4章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発
第1節 ソサエティー5・0の実現に向けた持続可能な社会の構築のための教育施策の動向
〇ソサエティー5・0による社会構造の変化に伴い、初等中等教育段階において学びの基盤を固めるとともに、高等教育段階において新たな社会をけん引する人材の育成が必要。小学校、中学校、高等学校の各段階における新学習指導要領による基礎的読解力などの基盤的な学力や情報活用能力の確実な習得、大学などにおける数理的思考力とデータ分析・活用能力を身に付けるための全学的な数理データサイエンス教育の推進などを図る。
〇人生100年時代に対応した「人づくり革命」に向けて、生涯現役社会の実現に向けた社会人の学び直しなどの推進や、中途採用拡大の体制構築などが必要。
第2節 ものづくり人材を育む教育・文化芸術基盤の充実
〇わが国の競争力を支えるものづくりの次代を担う人材を育成するため、ものづくりへの関心・素養を高める小学校、中学校、高等学校における特色ある取り組みの実施などにより、一人一人がその能力を最大限伸長できる教育・文化基盤の充実を図る。
〇各学校段階における職業教育・あらゆる学校段階を通じたキャリア教育の取り組みを促進。(図4)
〇女性研究者への支援や理系女子支援などの取り組みにより、ものづくりにおける女性の活躍を促進。
(略)
第3節 ソサエティー5・0の実現に向けた持続可能な社会の構築のための研究開発の推進
〇ソサエティー5・0を実現するための革新的なAI、ビッグデータ、IoT、ナノテク・材料、光・量子技術などの未来社会の鍵となる先端的研究開発の推進。
〇科学技術イノベーションを担う人材力の強化に向け、若手研究者の安定かつ自立した研究の実現やキャリアパスの多様化などの取り組みを促進。
〇省庁横断的プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」や新たに創設された「官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)」などの取り組みにより、官民連携による基盤技術の研究開発とその社会実装を着実に推進。
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