日本商工会議所は、中小企業の生産性向上の鍵はIT活用の推進であるとし、ユーザー目線で「身の丈IoT」の開発・普及を図る企業への補助などを要望した「地域・中小企業におけるIT・IoTなどの活用推進に関する意見」を7月18日開催の第687回常議員会で決議。今後、政府・政党など関係各方面に提出し、その実現に向けた活動を展開していく。特集では、意見書の概要を紹介する。
Ⅰ 基本認識
(省略)
Ⅱ 意見
1.クラウドサービスの導入促進に向けた支援人材の育成など
○IT活用の「発火点」を迎えるには、地域の中小企業、特に小規模事業者の取り組みを促進することが重要である。クラウドサービス(販路開拓、顧客管理、受発注EDI、売り上げ・会計管理、セキュリティー機能)は、初期コスト負担が小さく、一定のセキュリティーレベルも確保できるため、小規模事業者に導入メリットがある。これを全国津々浦々に普及するには、業務プロセスの見直しを通じて生産性が向上する仕組みを経営者と共に考え、企業に適したクラウドサービスの組み合わせの提案ができる「クラウド導入支援人材」の育成が必要。
(事例1)
⑴小規模事業者などが「クラウド導入支援人材」の支援を受けて自社に適したクラウドサービスを導入できるようにするため、次の事項に取り組まれたい。
・地域のITベンダーをはじめ全国のIT人材に対するクラウドサービスなどに関する再教育の実施(業務プロセス見直しやクラウドサービスの組み合わせの提案ができる「クラウド導入支援人材」の教育カリキュラム作成・実施)
・地域で商工会議所などに「クラウド導入支援人材」をプールし、小規模事業者などとマッチングする仕組みの構築
・優れた「クラウド導入支援人材」の顕彰制度の創設
⑵中小企業のクラウドサービス活用事例の横展開やクラウドサービスを用いて経営効率化を図った中小企業の顕彰制度の充実
⑶「サービス等生産性向上IT導入支援事業(IT導入補助金)」を継続し、以下の措置を講じられたい。
・中小企業が「クラウド導入支援人材」に業務プロセス見直しやクラウドサービスの組み合わせ利用などについてサポートを依頼する費用の補助対象化
・クラウドサービス導入への加点措置の継続
・地域へのさらなる普及強化、導入事例の積極的な発信
⑷中小企業によるクラウドサービスをはじめとするIT導入の促進に向け、以下の措置を講じられたい。
・相談しやすいクラウドベンダーや使いやすいクラウドサービスを探す一助となる「認定情報処理支援機関(スマートSMEサポーター)」制度や使いやすい業務用クラウドアプリの紹介サイト「ここからアプリ」(中小企業基盤整備機構の運営)などの充実
・「IT導入へのミラサポ専門家最大5回派遣」の継続・拡充
・中小企業のデジタル化推進に向けて大企業などが先導する中小企業へのクラウドサービス一斉導入への支援
・中小企業経営者・従業員のITリテラシー向上に資するIT資格(ITパスポート、情報処理技術者試験、情報処理安全確保支援士など)の取得奨励、取得費用に対する助成制度の創設
・「第4次産業革命スキル習得講座」の中小企業向けカリキュラムの充実
・「社会人の学び直し」(リカレント教育)に取り組む企業に対するインセンティブの付与(人材開発支援助成金の助成対象拡大、中高年齢層に新たな技術・スキルを習得させる際の助成率引き上げなど制度のさらなる拡充)
・ものづくりの技能承継やサービス産業での人材育成に対する支援(ものづくりマイスター制度の推進など)
2.身の丈IoT・AI、ロボットなどの開発・普及促進、導入の機運醸成
○ユーザー目線に立った「身の丈IoT・AI」ツールは、安価であり、専門人材のいない中小企業の従業員が簡単に操作できる使いやすいものである。
⑴中小企業にとって安価で使いやすいツールの開発・普及促進に向け、以下の事項に取り組まれたい。
・「身の丈IoT・AI」ツールなどの開発・普及を行う企業に対する補助制度の創設
(事例2・3)
⑵「身の丈IoT・AI、ロボット」などの導入を支援するインストラクターの養成および派遣を実施する「スマート生産性向上応援隊」の継続・拡充およびこれまでに地域で養成されたインストラクターの中小企業への派遣などに対する支援、導入の機運醸成に向けた地域の産学官が一体となった取り組みへの支援
⑶中小企業のロボット導入促進に向け、昨年7月に創設されたFA・ロボットシステムインテグレータ協会を後押しし、中小のものづくり現場とロボット技術の双方に通じている地域のシステムインテグレータの育成に注力されたい。
(事例4)
⑷「身の丈IoT」などの認知度向上のための展示商談会の開催、体験スペースの設置、動画発信、コンテストの実施
3.大企業による中小企業のITなど活用支援を後押しする仕組みの構築
○中小企業においても事業経営の中にITを取り入れる努力が必要である。しかしながら、中小企業にはITを経営に生かす知識・経験を有する人材が不足している。大企業においては、IT活用に関するノウハウや人材を提供することで、中小企業の生産性向上の取り組みに協力することが求められるところであり、政府はこうした大企業の取り組みを後押しすることが重要である。
⑴大企業の協力を受けながら中小企業が取り組む工場の自動化やロボット導入に対する支援を講じられたい。
(事例5)
⑵IT人材の多くを抱える大企業・ITベンダーのOBなどを中小企業と共有する仕組みを構築されたい。
(事例6)
4.インバウンド需要の獲得に向けたキャッシュレス決済など導入・EC活用に対する支援
○海外需要の獲得に向け、観光客の円滑な情報収集・予約・移動・翻訳・通信・決済などが可能となるようIT導入で利便性向上を図る必要がある。その際、取り組み機運の醸成のため、地域や業界での一斉導入を促すことが必要である。
○外国人観光客が日本の商品をリピート購入するニーズに応える「越境EC」については、現地のマーケティングや言語の壁などの負担やリスクを軽減する仕組みが重要である。国内ECも含め、ECに取り組む企業に対する総合的な支援が必要であり、関係機関が連携した取り組みが求められる。 以下のような取り組みについて、地域・業界単位での一斉導入を支援するなど、関係省庁・関係機関が連携して取り組まれたい。
・観光地情報の発信/宿泊施設のネット予約機能導入/多言語表示・翻訳サービス導入/キャッシュレス決済・モバイルPOSレジ・クラウド会計導入/Wi―Fi導入/宿泊施設・店舗のオペレーションの効率化やロボットなどの活用による業務の省人・省力化など・越境ECおよび国内ECの活用に対する支援(サイトの設置、流通手続きなど)
(事例7)
5.サイバーセキュリティー対策の推進
○サプライチェーンにおける中小企業の重要性は、災害などの発生時に大企業の生産体制に甚大な影響を与えることが散見されることからも再認識されている。年々激化するサイバー攻撃においても、サプライチェーン全体の中で防御の弱い部分が標的とされる傾向が見られるようになっており、中小企業のセキュリティー対策は喫緊の課題となっている。中小企業のサイバーセキュリティー対策の推進に向け、以下に取り組まれたい。
・障害や不具合など攻撃の疑いがある場合にワンストップで相談できる窓口の設置や調査・復旧支援体制の構築・中小企業経営者・従業員各層の継続的なセキュリティー意識向上を促す普及活動の継続(セミナーの開催および「SECURITY ACTION」の普及)
・中小企業のセキュリティーレベル向上に資するクラウドサービスの導入推進
(事例8)
6.経営支援の高度化・効率化に対する支援
○遠隔地などの小規模事業者からの経営相談に対し、クラウドサービスの活用により、従来の巡回・窓口対応に加えて「オンライン経営相談」が可能になる。また、ユーザーと専門家・ベンダーとの橋渡しをする役割が期待される経営指導員のITリテラシー向上が不可欠。ついては、以下の措置を講じられたい。
⑴「オンライン経営相談」の取り組みを全国の商工会議所、商工会、中小企業団体中央会など支援機関全体に拡大されたい。
(事例9)
⑵商工会議所経営指導員などのITリテラシー向上に資するIT資格(ITパスポートをはじめ情報処理技術者試験、情報処理安全確保支援士、ITコーディネータなど)の取得を奨励し、取得費用に対する助成制度を創設されたい。
(事例10)
(7月18日)
【事例1】
○つづく株式会社(長野県御代田町)は、クラウドサービスを組み合わせた新たな業務プロセス導入のコンサルティングを行っている。支援先の一つである両国屋豆腐店(長野県富士見町)では、従来は紙による仕入れ管理・経理事務に追われていたが、クラウド導入で事務処理を自動化することで、所要時間が5分の1に。節約した時間で学校給食向けに県産大豆を用いた新商品の提案などが可能になり、売り上げ増を実現した。
【事例2】 身の丈IoT
○武州工業株式会社(東京都青梅市)「生産性見え太君」
○日進工業株式会社(愛知県碧南市)「クラウド電子あんどん」
○旭鉄工株式会社(愛知県碧南市)「製造ライン遠隔モニタリング」
【事例3】 身の丈AI
○キユーピー株式会社(東京都渋谷区)「AI原料検査装置」
○ゑびや(三重県伊勢市)「AI来客予測」
【事例4】
○高丸工業株式会社(兵庫県西宮市)は、ロボット導入を支援するシステムインテグレータ(SIer、エスアイアー)。2007年には業界に先駆けてロボットテクニカルセンターを設立。中小企業でロボットを扱える人材を育てるため、工業高校の生徒などを対象にロボットの操作研修を実施。この取り組みで15年に経済産業省「ものづくり大賞」青少年支援部門特別賞を受賞。また、18年度には同社による法定安全特別教育を887人が受講。19年度には、1000人を超える見込みであり、SIerでは2位以下を大きく引き離してトップである。
【事例5】
○オムロン株式会社(京都府京都市)は、人間と同じ場所で働く「協働ロボット」の分野に参入。高いセンシング技術にAIを加えた運搬ロボットは、人や障害物を避けながら最適な経路での運搬を実現し、80%の効率化に成功。自社の経験に基づく中小企業への普及支援を行っている。
【事例6】
○一般社団法人日本貿易会が2000年に設立した特定非営利活動法人国際社会貢献センター(ABIC)は、商社などのOBをNGO、教育機関などに紹介(年間延べ約2500人。設立からの累計約2万5000人)する事業を展開。地方自治体や中小企業にも紹介(累計約8000人)され、販路拡大や顧客開拓などを通じて生産性向上を支援。ITベンダーのOBが埼玉県産業振興公社で中小企業のIoT導入支援を行う例も生まれている。
【事例7】
○独立行政法人日本貿易振興機構は、海外の主要ECサイトに「ジャパンモール」を設置し、日本商品の販売を支援。日本国内の指定商社との取引で中小企業にとって低リスク。
○独立行政法人中小企業基盤整備機構は、越境EC・国内ECに関するオンライン講座、セミナー・マッチングイベントの開催、専門家によるアドバイスを提供。
【事例8】
○大阪商工会議所が2018年9月~19年1月に中小企業30社の通信データを分析したところ、全ての企業で不正な通信が確認された。同所は本年度、損害保険会社やITベンダーなどと連携して中小企業の相談対応や駆け付けサービスを行う「サイバーセキュリティお助け隊」実証事業の採択を受け、京都府・大阪府・兵庫県の中小企業100社を対象に事業を実施する。
○中小企業がセキュリティーの取り組みを自己宣言する「SECURITY ACTION」は7万事業者が実施。
【事例9】
○日本商工会議所および各地商工会議所は、商工会議所活動の付加価値向上・業務効率化に向け、クラウドサービス「G Suite」を活用した「オンラインセミナー」を実施。この仕組みを活用した「オンライン経営相談」の実施を準備中。
【事例10】
○東京商工会議所は、主に60~70歳代のIT未活用またはITに関心が低い中小企業・小規模事業者向けに「『はじめてIT活用』1万社プロジェクト」を、本年11月から3カ年計画で実施する。アプローチ目標を1万社とし、次の7つのメニューに取り組む。①相談ダイヤルの設置、②経営相談におけるIT提案の強化、③活用事例紹介サイトの開設、④独立行政法人中小企業基盤整備機構の「ここからアプリ」を活用した「身の丈ITアプリ」の紹介、⑤体験型セミナー、業種特化型セミナーなどの開催、⑥本支部や金融機関の窓口への「触れる・試せるIT体験ブース」の設置、⑦ITベンダーと連携したITツール・アプリの「会員優待・お試しプラン」の提供。
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