日本商工会議所では現在、各地商工会議所を通じて、会員中小企業のPL事故への対応をサポートする「中小企業PL保険制度」「全国商工会議所中小企業海外PL保険制度」を取り扱っている。両制度とも、中小企業者が抱えるPLリスクを簡便な事務手続きかつ低廉な保険料でカバーできる中小企業のための制度。特集では、両保険制度の概要について紹介する。
中小企業PL保険
国内のリスクに対応
製品リコールに万全の備えを
製造事業者や輸入事業者にとっては、消費者の安全、安心を確保するために、取り扱う製品に起因する事故が発生しないようにすることが、何よりも重要な責務である。一方、いくら安全管理を周到に行っても、製品事故をなくすことは困難であることから、発生した場合の備えも重要になる。
もしも、人的危害が発生あるいは拡大する可能性があることに気付きながらリコールなどの適切な対応を取らなかった場合には、単なる行政処分にとどまらず、賠償責任訴訟や刑事事件に発展することもある。企業としてのモラルも問われよう。事故の発生や兆候を発見した段階で、迅速、的確にリコールを実施することが対策の要点といえる。
「リコール情報サイト」(消費者庁ホームページ、平成27年4月2日時点)によると、製品区分別のリコール公表件数は、車両・乗り物が1399件、家電製品が596件、食料品が195件、保健衛生品が196件、被服品が282件であり、このほか住居品、建物・設備、文具・娯楽用品、光熱水品など幅広い製品にわたっている(表1)。
リコールの理由としては、車両・乗り物では制動部分の不具合など、家電製品では電気系統の劣化による発火、食料品ではアレルギー物質の表示漏れ、保健衛生品では化粧品などの配合成分の表示漏れ、被服品では被服の製造過程におけるミシン針の混入や靴の設計ミスによる強度不足が多かった。
企業の損失を最小限に
事故の未然防止策をとっていても、事故をなくすことは困難であり、発生した場合の対策を考慮しておく必要がある。(図)は一般的なリコール実施フローであり、実際に製品事故が発生した場合にこのようなフローに従って、リコールを迅速かつ的確に実施できるようにマニュアルを作成しておくことが重要である。
万が一、製品事故が発生した場合には、回収、交換、改修、代替品貸与など、リコールに多額の費用を要することはもちろん、被害者への賠償や訴訟に関わる弁護士費用、欠陥製品の設計変更、原因究明調査費用なども必要になる。
製品事故による被害や、企業の損失を最小限にするには、PLやリコールの保険の加入など、経済的対策もあらかじめ講じておくことが重要なポイントである。
制度概要
各種費用をカバー
「中小企業PL保険制度」は、PL法の施行に伴い、平成7年に創設。日本商工会議所、全国商工会連合会、中小企業団体中央会で構成する中小企業製造物責任制度対策協議会が保険契約者となり、参加保険会社12社による共同保険方式で運営している。
PL法に基づく賠償責任だけでなく、民法上の賠償責任(不法行為責任・債務不履行責任)も対象となる。従って、製造・販売業だけでなく、建設工事業の工事のミスなど、仕事の結果に起因する対人・対物事故も該当する。
なお、支払われる保険金は、法律上、被害者に支払うべき損害賠償金のほか、万が一訴訟となった場合に必要となる争訟費用なども対象になる。
充実のリコール特約
消費生活用製品安全法により、製品の不具合による重大製品事故(死亡、重症、一酸化炭素中毒、火災)が発生した場合は、国への報告が義務付けられている。
同保険制度では、重大製品事故が発生した場合に行うリコールについて、その費用に対して保険金を支払うリコール費用担保特約を平成19年度にオプションとして追加。25年度からは、これまでのリコール費用担保特約(25年度からは「限定補償リコール特約」)に加え、新プラン「充実補償リコール特約」を追加している。
重大製品事故があった場合だけでなく、製品による他人の身体障害・財物損壊の発生または恐れがあった場合や食品のアレルギー成分・品質保持期限の誤表示などがあった場合に実施するリコールに対応する。また、平成27年度から製造工程などにおける異物混入を新たに補償対象とする。2つの特約から選択して加入することが可能で、最終完成品メーカーのみならず、部品製造や販売事業者のリスクもカバーする。
特約の加入タイプは、支払限度額が1億円と3000万円の2つがあり、リコールを実施することによって支出する費用損害の90%を限度に保険金を支払う。
支払われる保険金は、新聞や雑誌、テレビ、ラジオなどによる社告費用や回収生産物または代替品の輸送費用、廃棄費用などであり、このほか充実補償リコール特約については、回収生産物の修理費用や代替品の製造原価または仕入原価、リコール実施に当たってのコンサルティング費用なども対象になる。
※詳細は、ホームページを参照。
加入受付中! 5月29日まで
日商などでは現在、同制度の平成27年度の加入申し込みを受け付けている。概要は次の通り。
加入対象者
商工会議所などの会員で、中小企業基本法に定められている中小企業者
受付締切日
平成27年5月29日
加入期間
平成27年7月1日16時~平成28年7月1日16時
※6月1日以降申し込みの中途加入も可能。加入期間は、保険料振込月の翌々月の1日午前0時~平成28年7月1日16時
加入タイプ/支払限度額
S型/5000万円、A型/1億円、B型/2億円、C型/3億円(いずれも、免責金額は1請求あたり3万円)
※引受保険会社は、本ページ最下段を参照。保険料の見積もりなど、詳細は保険会社の代理店まで。
海外PL保険
輸出関連企業に必須
ある日突然、会社に海外の裁判所から召喚状が送られてきたり、弁護士から英語や中国語の訴状が届いたりしたら、どのくらいの中小企業が冷静・的確な対応を取ることができるだろうか。
中小企業海外PL保険制度は、被保険者である商工会議所の会員中小事業者が、製造または販売した製品(部品含む)が原因で、海外で第三者の身体事故または財物損壊事故を発生させたことによって法律上の賠償責任を負った場合に、和解や判決などによる損害賠償金をはじめ、弁護士費用やエキスパート費用など、必要となる費用を補償するものとなる。万が一、PL訴訟を提起された場合、慣習も法制度も日本と大きく異なる外国で争うことになる。さらに、たとえ勝訴となっても訴訟のために要する時間と費用は莫大なものとなるため、海外PL保険は輸出関連企業には必須の備えといえる。
他人事ではない海外トラブル
海外に直接、完成品(OEMを含む)や部品を輸出する企業は当然として、部品を日本の完成品メーカーに納め、そのメーカーを通じて自社製品が海外で流通している企業であっても、被害者の訴えにより法廷に召喚される場合がある。 事故に遭った消費者は完成品メーカーを訴えることが多いが、部品メーカーを特定できる場合や、訴訟手続き開始後の調査で責任が考えられる場合には、部品メーカーも訴えられることがある。また、完成品メーカー(あるいはそのPL保険会社)から部品メーカーが求償請求を受けることもある。この点では、完成品メーカーのPL保険がどこまでカバーするものになっているのかを確認することも重要である。
急増している中国の民事訴訟
わが国最大の貿易相手国である中国では、民間の経済活動が活発化するにつれて、民事訴訟件数も右肩上がりに増加してきており、特に中国が本格的に高度成長に入った2000年と09年の比較では、約1・7倍に増加している。こうした傾向と呼応して中国内の弁護士事務所や弁護士業務に携わる人員も増加を続けている。
このように民事訴訟全体の数が増加していることから、民事訴訟の一種である製造物責任訴訟も増加しているものと推察される。また、増加する司法人口に起因して、アメリカで見られるような「訴訟の産業化」につながり、弁護士主導の提訴件数が増加する可能性も懸念される。
アジアで相次ぐPL法理の制定
中国以外のアジア諸国においても、経済発展とともにPL法理の制定が進められており、台湾、韓国、フィリピン、マレーシアなどでは2000年初頭までに導入されている。さらに近年では、09年にタイで、11年にはベトナムで、PL法理の導入が実施された(表2)。
現時点では、基本的にアジアにおけるPL賠償額は、欧米諸国と比較して高い状況ではない。しかし、経済の発展に伴い、これらの国々の国民所得が向上し、消費者権利を強く意識するようになることは、日本や中国を見ても明らかであり、今後高額化していくものと予想される。
米の賠償金は高額になる傾向
訴訟大国アメリカでは、アメリカ連邦裁判所が公表する製造物責任訴訟の提訴件数は09年以降、年間6万件を超えるレベルで推移している。この提訴件数があくまで連邦裁判所に限ったものであることを踏まえると、州裁判所も含めた全米の年間提訴件数は、十数万件に上ると推察される。
このように、製造物責任訴訟が非常に多い理由としては、
①裁判で争うことに抵抗感や違和感のない社会
②安い提訴費用
③被害者に同情的になる陪審員制度(欠陥判定、賠償額の認定は一般人である陪審員業務)
④弁護士の成功報酬制度(敗訴した場合の原告の負担無し。着手金不要)
⑤広い範囲の情報開示
⑥原告を支援する専門家証人の存在(専門家証人の会社があり容易に利用可能) などが挙げられる。
さらに、アメリカでの製造物責任訴訟において、賠償金が課される場合、2種類の賠償金(通常賠償、懲罰賠償※)が存在する。これまでの判例を見てみると、アメリカでは通常賠償でも他国と比較して高額となり、また、一般論として懲罰賠償の金額は通常賠償と比べ非常に高額になる傾向があり、厳しい訴訟環境にあるといえる。
また、「自社製品は、消費者向けではなく企業向けなので安心」という考えも当てはまらない。
アメリカでは、州によって異なるが、一般に労災補償額が低額なことに加えて、雇用主には労災補償額以上の責任を問えない。日本では、間違いなく労災保険の範囲内の事故であっても、アメリカでは産業機械メーカーが訴えられるケースが多い。
※懲罰賠償金は本制度では保険金支払対象外となっている。
示談代行で迅速な処理
本制度の大きな特長の一つに、「示談代行サービス」が挙げられる。
これは、訴訟トラブルに巻き込まれた際、保険会社が代わって解決までの対応を行うもの。日本企業を狙った言い掛かりの訴訟にも対応できることから、製品を輸出する会員中小事業者には必須の保険といえる。
また、賠償請求が発生した場合には、弁護士の選任や応訴の手続きも行い、さらにその費用は契約の範囲内で、保険会社が負担する。
制度概要
このような海外におけるPL訴訟リスクに対処するため、「全国商工会議所中小企業海外PL保険制度」への加入をお薦めする。
本制度の特色は、①全国の商工会議所の会員中小企業者などのため、保険料の低廉化を図る目的により独自の方法で保険料を設定する、②保険料算定前に無料で実施する「PL予防体制診断サービス」により、各社のPL予防体制を客観的に捉えることができるとともに、この診断結果によってはさらに割引保険料が適用され得る、③保険料は全額損金算入できる、④事故発生の際には、示談代行をはじめとする迅速・的確な事故処理サービスを受けられる、などが挙げられる。
さらに、①万が一、製品の欠陥や不具合により対人・対物事故が発生した場合の「リコール費用」をオプションで用意し、会員事業者が製造、加工、販売または供給した製品の瑕疵(かし)に起因して、海外で他人の身体の障害もしくは財物の損壊が発生し、対象製品を回収した場合の保険金を支払う。②海外進出に関するリスクや、情報を入手し整理することが一部の大企業を除いては困難なことが多いことから、制度に加入している会員事業者には、企業のリスク管理を切り口とした海外進出支援サービスを幹事損保会社の国内外のネットワークを活用し利用することができる。
加入タイプは、てん補(支払い)限度額に応じ、50万ドル、100万ドル、200万ドル、300万ドルの4つ。免責金額(自己負担額)はゼロとなっている。
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