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あの人を訪ねたい 柴田 崇徳

「世界一のクオリティーと安全性を永続的に提供すること。それが開発者としての信念です」

ここ数年、AIブームで人工知能を搭載した商品がメディアをにぎわせるようになった。今回の主役は、アザラシ型ロボット「パロ」を世に送り出した開発者の柴田崇徳さん。平成14年にギネス認定された「世界で最もセラピー効果があるロボット」として30カ国以上で愛されている。パロに込めた思いや開発秘話を伺った。

人の心を豊かにするロボット

取材は柴田さんが所属する産業技術総合研究所(以下、産総研)で行われた。研究室には、第1世代から最新の第9世代までのパロがずらりと並び、本物のアザラシの声をサンプリングしたという鳴き声がかわいらしく響く。一体一体すべて手づくりのため、顔が微妙に異なるのも魅力だ。

パロは、人工知能とセンサーによって、利用者が触れたり話しかけたりすることで快・不快を鳴き声で表現する。ボディーの重さや大きさ、体温は人間の赤ちゃんを抱っこする感覚で、利用者はまるでわが子を慈しむようにパロに愛情を持つという。脳によい刺激と癒やしをもたらすのだ。認知症に対する鎮静効果、うつ病患者の病状半減などのメリットが挙げられる。さらに尿検査の結果、患者のストレスが低減したり、脳波測定で認知症患者の脳の活動が活発になったというデータが報告されている。現在、30カ国以上で約5000体が導入されている。デンマークの80%の地方自治体が、ロボット・セラピーのライセンス取得者のいる医療福祉施設で採用しているほか、アメリカでは医療機器として承認されている。

柴田さんは、次世代のメカトロニクスやロボット分野での技術者・研究者を育てることを目的に設立された名古屋大学工学部電子機械工学科へ進学。さらに博士号取得のため大学院に進み、「ロボットの階層的知的制御」について研究した。

「人間をはじめとする生物は、学習し、進化し、環境に適応する機能を持っています。その機能を人工知能という形でロボットに搭載することで、ロボットを賢くすることが研究テーマでした」

新産業の創造が使命

大学院での研究は、そのまま仕事に生かされることとなる。平成5年、通商産業省(現経済産業省)に入省し、産総研へ配属される。柴田さんに与えられたミッションは「新しい産業をつくること」だった。ロボットといえば、工場に導入される産業ロボットや、身近なものではお掃除ロボットなど、機械のイメージが強い。しかし柴田さんは、「仕事をする機械ではなく、人の心を豊かにするロボット」としてパロを開発した。その発想の原点は二つあった。

第一に、コストだ。

「例えば鉄腕アトムのように人間の形をしたロボットだと、制作コストが膨大に掛かります。ボディーが大きければ生活空間の邪魔になることもあります。そこで、人と感情的な触れ合いをして喜んでもらえる小型ロボットに、可能性を見出しました。ヒントは、生活を豊かにしてくれるペットにありました」

アニマルセラピーという言葉を耳にしたことがあるだろうか。セラピー用にトレーニングされた動物を使う方法で、欧米では医療や福祉の分野で積極的に取り入れられている。患者のストレス軽減などに一役買っているというが、問題点もある。トレーニングコストが数百万円単位で掛かる上に、動物である以上人にかみついたり、病原菌の感染リスクがある。柴田さんは、それらの問題をクリアするセラピーロボットが事業として成り立つのか検討した。

ペット産業の市場規模は、パロの開発を始めた1990(平成2)年代初頭と比べると、拡大している。実際の費用は飼い方により異なるものの、一匹の小型犬を生涯世話するとなると約350万円のコストが掛かるともいわれている。しかし、ペットと同等のセラピー効果を持つパロであれば、かみつきや病原菌の問題は皆無であり、費用は36万円で済む。

第二に、主観的な価値評価だ。柴田さんは、技術力の高さと商品価格は必ずしも比例しないと言う。例えばパソコンのハードウエア技術は著しく向上したが、熾烈な価格競争が起こり、販売価格は下がった。一方、生活の中に溶け込み、人と感情的に関わりを持つロボットでは「楽しい、心安らぐ、心地よい」といった主観的な評価が商品の付加価値になり、「安ければ欲しい」ではなく、「高くても満足度で選ぶ」ようになる。コストと付加価値の二点を考慮したことで、セラピーロボット・パロは成功したのだ。

また、柴田さんが開発者として大切にしていることが二つある。それは世界一のクオリティーを提供し続けること、そして安全面に配慮することだ。パロは開発がスタートした平成5年から商品化まで、実に10年以上掛かっている。産総研側は柴田さん一人で担当しており、改良のたびに外部の専門家と協業してきた。その数は80社以上に上るが、開発の最重要課題は耐久性だった。

パロは人と触れ合うロボットだ。手加減を知らない子どもや体の大きな外国人が触れることもある。さらにグローバル展開を視野に入れるためには、寒暖差も考慮しなくてはならない。柴田さんはさまざまな条件に対応できる自動車部品に着目。すぐに部品の製造工場に協力を依頼し、信頼性を改善した。過酷な条件下の南極の昭和基地で1年掛けて検証を行い、問題ないことを立証した。

医療機器として販売する以上、安全性にも十分配慮しなくてはならない。隔離病棟で生活する子どもたちにも楽しんでもらうために、毛皮を抗菌加工できる素材を選び、かつふんわり柔らかな触り心地にもこだわった。リアル感も追求した。いかにも〝ぬいぐるみらしく〟ならぬよう、パロには縫い目がない。毛は人の手で1体あたり約2時間かけてトリミングされる。これらは日本の職人技術によるものだ。ロボットらしからぬ美しさには定評があり、パロはルーブル美術館やMoMAに展示された実績を持つ。

人との協業へ新たな可能性

たくさんの人にパロを利用してもらうことで、期待以上の効果もあった。東日本大震災の避難所にパロを届けたときは、疲れ切っていた被災者の表情がみるみる明るくなっていった。まるで自分のペットのように好きな名前で呼び、親しんでくれたのだ。混乱する避難所で、外部の人間を拒否しても、パロだけはすんなりと中に入れてもらえた。その後、岩手・宮城・福島3県の避難所や福祉施設にパロ約80体を寄贈や無償で貸し出すと、被災者とともに世話係の職員まで癒やされたと口をそろえた。これらが「人ではなく、ロボットだからできたこと」とすれば、今後、ロボットと人の関わりはどこまで進化するのだろうか。柴田さんは、〝課題先進国〟である日本だからこそ、医療や介護の現場でロボットが多用される可能性があると示唆する。

「近い将来、ICT(情報通信技術)などのコミュニケーション技術で人とロボットの協業が実現されると期待しています」

柴田崇徳 (しばた・たかのり)

産業技術総合研究所 人間情報研究部門 上級主任研究員

名古屋大学工学部電子機械工学科卒業、同大学大学院博士課程電子機械工学専攻修了。マサチューセッツ工科大学人工知能研究所、チューリッヒ大学人工知能研究所客員研究員などを経て、平成10年より通商産業省工業技術院機械技術研究所主任研究官。21、22年、内閣府政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付参事官(情報通信担当)付、および社会還元加速プロジェクト(在宅医療・介護担当)兼任。25年より現職、東京工業大学特定教授、マサチューセッツ工科大学高齢化研究所客員フェロー。14年、「Most Therapeutic Robot」でギネス世界記録認定

写真・後藤さくら

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