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テーマ別企業事例 効率化への近道 IT活用で小規模企業は強くなる

事例2 旅館経営を独自のIT化で再生し同業他社とネットワークで結ぶ

陣屋(神奈川県秦野市)

神奈川県秦野市の小田急電鉄小田原線の鶴巻温泉駅から徒歩4分という好立地にある老舗旅館・陣屋を4代目社長の宮崎富夫さんが引き継いだときの経営状態は最悪だった。倒産まで秒読み段階、約1万坪の庭園ごと売却しても借金が残る。前にも後ろにも進めない状況を救ったのは、自身が開発したITシステムだった。

20の客室とレストラン・宴会場・結婚式場がある。売上は宿泊部門50%、日帰り部門30%、ブライダル部門20%という

ずさんだった旅館の管理こそITが必要

宮崎さんが家業の社長に就任した平成21年当時の陣屋の状況は、5億円あった売上高が3億円に減少、減価償却費を引く前の利益を表す償却前利益はマイナス7000万円、借入金は10億円だったという。

「売上高の規模からすると、絶望的な経営状態でした。とにかく経費の管理がずさんで、商品別の原価管理がなされておらず、出勤簿は各自がノートに記録する方式だったので、月末に締めるまで勤務時間の把握もできなかった」

旅館の人件費率は一般に30〜35%といわれているが、閑散期には人件費率が50%を超えたこともあったという。顧客情報も紙ベースの管理だったため、情報共有に問題が生じていた。当時は予約を受けると予約台帳に手書きし、毎日の予定表を作成して、前日にコピーをスタッフに配布。その後の変更はホワイトボードに記入する方法だった。例えば担当の仲居が客から「朝はふとんを敷いたままにしておいてほしい」と要望を受けると、それをホワイトボードに書き込む。ところが全員がホワイトボードを見るわけではないし、見たとしても時間差が生じるため情報共有が徹底できず、クレームも多かった。それを回避するために打ち合わせを頻繁に行い、仲居、玄関係、フロント、調理場など各部署との電話連絡を徹底するルールをつくった。

「紙ベースの管理を前提としたこれらの対策は非生産的だし、間違いも起こりやすい。ITの導入が不可欠だと強く思いました」

宮崎さんの前職は、本田技研工業(HONDA)のエンジニアである。現状を改善するために、どのような機能を備えたシステムを導入すべきなのかは頭の中にあった。宮崎さんの思いはクラウドなど最新トレンドに対応し、ハードやOSを選ばず、自由にカスタマイズができて、導入コストや運用費用が安く、小規模の旅館に合うものと多岐にわたったため、既存のIT業者が提供するシステムには最適なものが見当たらなかった。

ではどうするか。HONDA創業の立役者でもある藤沢武夫さんは「松明(たいまつ)は自分の手で」と説いた。人任せにせず自分でせよという教えだが、宮崎さんはその教えに従い、システムエンジニアを1人雇って、後に「陣屋コネクト」と名付ける総合的なシステムを自社でつくった。プラットフォームには、CRM(顧客管理)ソリューションを中心としたクラウドコンピューティング・サービスの世界企業、セールスフォース・ドットコムのクラウド型システムを選んだ。旅館にとって致命傷となりかねない情報漏えいを防ぐために、世界基準の安定性と信頼、セキュリティーを求めたのである。さらに予約、原価、仕入、勤怠、顧客管理といった機能を載せた。組織内で情報を共有するため、セールスフォースのプラットフォームに付属する社内SNSを導入して22年から運用を開始した。

「私が陣屋に来たときはパソコンを使える従業員は一人しかいませんでした。そこで私や女将(おかみ)が率先してシステムを使ってITの活用が当たり前という雰囲気をつくりつつ、見積書など各種書類の決済を紙では受け付けないような仕組みに変えました」

それでもパソコンやタブレットのようなIT機器に不慣れな従業員も多く、尻込みする従業員がいたが、「ATMでお金が下ろせるなら、これも使える」と励ました。その結果、パートも含めた全員が使えるようになった。

売上復活で他社からも引き合い

従業員は出勤時にログインして勤怠ボタンを押して、その日の伝達事項をチェック。その情報は管理者が把握できるため、連絡事項を伝えるだけの会議を廃止した。お客さまの要望もすべて入力して顧客情報を共有した。業務連絡をSNSに一本化したことで「言われていない」「聞いていない」という言い訳ができなくなった。

調理場にも変化が現れた。食材の原価管理を徹底し、数字の入力を調理場スタッフが行うようになってから想定値と実績値の差を意識するようになり、料理の原価率が40%から32%に圧縮されたという。社長就任2年目の決算で黒字に転換、人件費率は26%に下がり、売上高は4億4600万円に回復した。

そんな陣屋の復活劇を見ていた同業者から同じシステムを導入したいという要請が多くなったため、24年に「株式会社陣屋コネクト」を設立して外販を始めた。宮崎さんは陣屋コネクトを自社だけの宝にしておくつもりはない。「むしろ多くの同業者に使っていただいて、陣屋コネクトのネットワークを広げていきたい」。そこで基本の利用料金も月額1万7500円からに抑えた。陣屋コネクトは全国の約180施設に導入されており「株式会社陣屋コネクト」の経営も順調、売上高は毎年50%伸び、28年8月期には1億円が射程に入った。

「私には陣屋をチェーン化するつもりはなく、陣屋コネクト・ユーザーにこのネットワークを利用してほしいのです」

陣屋コネクトは宿泊業の形まで変える能力を秘めている。

会社データ

社名:株式会社 陣屋

所在地:神奈川県秦野市鶴巻北2-8-24

電話:0463-77-1300

HP:http://www.jinya-inn.com/(陣屋)

   http://www.jinya-connect.com/(陣屋コネクト)

代表者:代表取締役社長 宮﨑 富夫

従業員:60人

※月刊石垣2016年10月号に掲載された記事です

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