厚生労働省はこのほど、「平成28年版労働経済の分析」(労働経済白書)を公表した。「労働経済白書」は、雇用、賃金、労働時間、勤労者家計などの現状や課題について、統計データを活用して経済学的に分析した報告書。平成28年版では、少子高齢化による供給制約の克服に向け、労働生産性の向上や希望する人が就労などにより活躍できる環境整備が必要であるとの認識の下、「誰もが活躍できる社会の実現と労働生産性の向上に向けた課題」と題し、各種方策について分析を行った。特集では、白書の概要を紹介する。
第1章労働経済の推移と特徴
雇用、失業などの動向
▼2015年度平均で完全失業率は3.3%と19年ぶりの低水準、有効求人倍率は1・23倍と24年ぶりの高水準となったほか、正社員の有効求人倍率が16年3月に0・82倍と過去最高の水準となるなど、雇用情勢は着実に改善した。
▼非正規雇用から正規雇用への転換(15~54歳)は13年以降3年連続で増加しており、不本意非正規の割合についても、前年同期比で9四半期連続で減少している。
▼15年度の名目賃金は、一般労働者の所定内給与の増加が寄与したことなどにより2年連続の増加となった。
賃金の動向
▼また、一般労働者の名目賃金は、3年連続の増加となり、パートタイム労働者の時給は、15年平均で過去最高水準の1069円という推移になっている。
第2章労働生産性の向上に向けたわが国の現状と課題
わが国における労働生産性の現状①
▼わが国における付加価値の状況は、①1990年代後半以降、IT投資をはじめとする資本投入の寄与が減少している、②1970年代、80年代と比較してTFP(全要素生産性)の寄与が減少していることが主な要因で、90年代後半以降上昇していない。
▼わが国にとって、少子高齢化による供給制約を克服していくことが大きな課題。そのためには資本投入の増加に加え、一人一人が生み出す付加価値を向上させること、すなわち労働生産性の向上が重要であるが、わが国の実質労働生産性の上昇率はOECD諸国内で平均的状況にある。
わが国の労働生産性の現状②
▼産業別に労働生産性の推移をみると、わが国の製造業の実質労働生産性の上昇率は主要国並みである。一方、飲食サービス業の上昇率は主要国で最も高いが、水準は最も低い。
▼要因分解すると、付加価値要因は製造業、飲食サービス業共に弱く、製造業ではデフレーター要因、飲食サービス業は労働投入の減少が要因で、実質労働生産性が上昇している。
▼わが国の労働生産性の上昇には、付加価値の上昇が必要である。
わが国における労働生産性の現状③
▼わが国のTFP寄与を確認すると国際比較では、無形資産投資の上昇率と相関があるが、わが国は無形資産投資の上昇率が弱いためTFP上昇率が弱い。
▼特にわが国は、主要国と比較すると無形資産投資のうち、①ソフトウエアなどのIT関連の情報化資産への投資が弱く②OFF―JTによる人的資本の上昇率が弱いことが、主な要因と考えられる。
賃金面・雇用面から見た労働生産性の上昇の果実
▼労働生産性と賃金の関係を国際的にみると、実質労働生産性が上昇すると実質雇用者報酬が上昇する関係がみられる。
▼わが国において労働生産性と失業率の関係を都道府県別にみると、労働生産性の上昇と失業率の間に逆相関が認められ、「労働生産性が上昇すると失業者が増加する」という関係はみられない。
労働生産性の上昇に向けたわが国の課題と施策①
▼能力開発費の増加は労働生産性の上昇に有効であるが、企業が能力開発に取り組む場合、OJTの実施とOFF―JTの実施の両方を行うことが労働生産性の上昇の観点から重要である。
▼これらの取り組みのほかにも、付加価値の向上など企業方針に合わせて主体的に労働者の能力開発を推進することや企業が労働者の自己啓発に対し、積極的に支援を行うことも労働生産性の上昇には効果的である。
労働生産性の上昇に向けたわが国の課題と施策②
▼疑似カイツ指標について、相対的な最低賃金の上昇は、労働生産性格差の縮小につながり(中略)、国全体の労働生産性上昇につながる可能性がある。
▼わが国では最低賃金の上昇は、平均賃金の上昇に効果があるとはいえないものの、下位10%の賃金に該当する者の賃金の引き上げには影響がある。
労働生産性の上昇に向けたわが国の課題と施策③
▼労働移動と労働生産性の関係を国際的にみると、産業間の労働移動が盛んな国(リリエン指標が高い国)ほど、労働生産性の上昇率が高い傾向にある。
▼わが国の労働生産性の変化率を要因分解すると、上昇の要因で最も寄与しているのが純生産性要因であり、次にデニソン効果(産業間の労働移動による効果)が寄与しており、労働生産性の高い分野に労働移動が生じることも労働生産性が高まってきた要因の一つであることが分かる。
▼また、国際的にみると、学習や訓練に費やす時間が長いほど、産業間労働移動が盛んな傾向もみられ、自発的な学習や訓練により、自らの能力を高めていくことも必要となる。
第3章人口減少下の中で誰もが活躍できる社会に向けて
働く人々の活躍が求められる日本の状況
▼労働力人口の減少が見込まれるが、潜在的労働力(※)をみると、就業希望者は413万人、完全失業者は222万人存在している。(※)現在は就業に至っていないが働き手として考えられる者。非労働力人口のうち就業希望をしている「就業希望者」や「完全失業者」などが考えられる。
▼仕事の内容や勤務時間・賃金などが希望とあわずに就労していない人が一定程度いることから、多様な労働時間設定による働き方の提供、職場情報の見える化によるマッチング機能の向上を図ることが必要である。
高年齢者の働き方と活躍のための環境整備①
▼わが国では今後、人口の減少が見込まれるが、高年齢者をみると増加が見込まれる。 高年齢者には、就業している人々も増加しているが、一方で就業に至っていないものの就業意欲のある人々が、313万人と多くいる。
▼また、60~64歳層、65歳以上の無職世帯は、35~44歳層、34歳以下の勤労者世帯と同程度の消費支出であり、65歳以上層の勤労者世帯は60歳以上層の無職世帯を上回る消費支出となっており、高年齢者の就労参加は、労働力の供給制約の緩和に資するのみならず、所得獲得を通じた消費増により経済の好循環にも貢献する。
高年齢者の働き方と活躍のための環境整備②
▼高年齢者は、男女ともに「現在の仕事を続けたい」という者が8割を超え、継続雇用に向けた施策の実施が重要となっている。
▼一方で、「自分の都合のよい時間に働きたいから」「家計の補助・学費などを得たいから」といった理由で非正規雇用に就く高年齢者が多く、やりがいを感じつつ就業してもらう観点からも柔軟な労働時間設定が必要である。
高年齢者の働き方と活躍のための環境整備③
▼起業を希望する高年齢者は増加している。起業動機をみても、「仕事の経験・知識や資格を生かしたかった」「社会の役に立つ仕事がしたかった」「年齢や性別に関係なく仕事がしたかった」といった回答が多く、職業経験を通じて得た経験や知識を生かすことや年齢に関わりなく働けるといった高年齢者のニーズを踏まえた、起業支援施策の実施が必要と考えられる。
高年齢者の働き方と活躍のための環境整備④
▼高年齢者になっても活躍するためにはどのようなことが必要であるかといった観点から、社会活動と就業の関係をみると、社会活動を現役時(50~59歳時)に行ったと回答した人の方が、58~67歳時点の就業割合が高くなっている。
▼また、能力開発・自己啓発と収入の関係をみると、54~63歳時に能力開発・自己啓発の経験がある人が1カ月の収入額の平均が高い。
▼現役時代から、積極的な社会参加や長時間労働削減を通じた時間の確保や経済的支援の活用により能力開発・自己啓発などを行うことが重要である。
限られた人材の活躍に向けた企業・労働者の課題①
▼わが国では、少子高齢化に加え、人手不足が生じている。企業の人員判断をみると、約半数の企業が人手不足と回答している。人手不足は、企業経営に「需要の増加に対応できない」、職場に「時間外労働時間の増加や休暇取得数の減少」といった影響を与える。また、「離職の増加」といった影響もみられる。
▼人材確保のために企業は求人を出すものの、企業の4割が「募集しても、応募がない」、4割が「応募段階でのミスマッチ」に直面している。応募がない、ミスマッチが生じる要因として、賃金水準、処遇・労働条件が合わないことが大きいため、より良い求人の提示で、人材の確保に努めることが重要である。
限られた人材の活躍に向けた企業・労働者の課題②
▼人手不足の中では、人材の離職を防ぎ人材の能力を引き出していくことが必要である。
▼転職理由として「仕事がきつい、ストレスが大きい」が高い割合となっている一方で、「社内コミュニケーションの円滑化」「労働時間の短縮化」に取り組む企業では、労働者の定着意識は高いことから、雇用管理を実施し、継続就業につなげていくことが必要である。
▼加えて、労働者が能力を発揮することも重要である。社員のモチベーションを高めること、人材育成に取り組むこと、または仕事と生活の両立支援を図る企業では、能力を発揮できている労働者の割合が高いことから、企業は積極的な雇用管理を行っていく必要がある。
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