2020年に初めて、東京からの転出者が転入者を超えた。働き方改革がある程度浸透したことに加え、昨年来のコロナ禍の影響で企業のテレワーク導入などが進み、東京での勤務にこだわらない人が増えていることが、この状況を後押ししていると考えられる。地方はその流れをどう今後につなげたらいいのか。いち早くデジタル環境を整備し、テレワークやワーケーションを推進して、転入・就業人口の増加に取り組んでいる徳島県と県内の商工会議所の活動を追った。
総論 知恵は地方にあり!徳島回帰を目指して「vs東京」を宣言
飯泉 嘉門(いいずみ・かもん)/徳島県知事
人口減少の克服と東京一極集中の是正に向けて、徳島県は2015年から「vs東京『とくしま回帰』総合戦略」を推進している。「人・仕事・子育て・まち」の四本柱にそれぞれ好循環を生み出し、地方創生につなげる施策だ。17年には東京海上日動火災保険 徳島支店と連携協定を締結し、より具体的な取り組みを展開。その経緯と今後について、飯泉嘉門知事にお話を伺った。
過疎、災害、感染症……ピンチをチャンスに変える
―現在、徳島県が抱える問題についてお聞かせください。
飯泉嘉門知事(以下、飯泉) まずは人口減少。2020年の国勢調査では県の人口は71万9704人で、前回調査からの減少率が4・77%という大変厳しい数字となりました。二つ目は災害で、年々大型化する台風や南海トラフ地震のリスクが常にあります。この二つの〝国難〟にどう対処していくかが、大きな課題でした。ところが、昨年から新型コロナウイルスが加わり、国難が三つに増えました。
―三つの国難にどう対処していこうと考えていますか。
飯泉 注目しているのは、DX(デジタルトランス・フォーメーション)とGX(グリーントランス・フォーメーション)です。徳島では日本初の5G通信を利用した遠隔医療支援システムを導入しており、IT技術の活用は進んでいます。こうしたノウハウは人口減少やコロナ対策に生かせるでしょう。また、私は自然エネルギー協議会の会長を務めており、以前から自然エネルギーの導入促進とともに、究極のエネルギーといわれる水素を導入し、主電源化していくことを提言してきました。こうして「デジタル社会」「グリーン社会」を目指すことが重要だと考えます。
―デジタルといえば、徳島県ではどこにいてもインターネットがつながりますね。
飯泉 もともと徳島はインターネットの普及が一番遅れていたんです。かつて地上デジタル放送移行の際に、県内の約7割の世帯がテレビをアンテナで視聴できなくなるピンチに見舞われ、解決策としてケーブルテレビ網を整備しました。その結果、地デジ化が進み、ケーブルを活用した高速・大容量のブロードバンド環境も整いました。その後、光ファイバーに切り替わって通信速度が格段に上がり、山間地域の屋外にいてもタブレットが使えます。まさに「ピンチをチャンス」に変えた事例です。
集落再生モデルで企業や人材の誘致を推進していく
―新型コロナウイルス感染防止対策で、テレワークやワーケーションを導入する企業が増えました。
飯泉 仕事をするのに是が非でも職場に出る必要はないでしょう。同じ場所で長時間続けて仕事をしていると、視野が狭くなっていいアイデアが出なくなります。実は、私の人生のモットーは「仕事は遊び、遊びは仕事」なんです。昔、先輩から「不謹慎だ」と怒られましたが、人は遊びのときは脳内にα波が分泌されてリラックスし、いいアイデアも浮かびやすくなります。効率よく仕事をするために、場所を変えるのは得策です。
―地方創生の観点から、テレワークやワーケーションをどうお考えでしょうか。
飯泉 徳島は地方が抱える問題にいち早く直面した「課題先進県」です。そこから「課題解決先進県」となる方策の一つとして、古民家を再生してオフィスに活用するサテライトオフィス計画を12年に制度化しました。高速ブロードバンド環境、古民家、豊かな自然という集落再生モデルを広く発信し、テレワークやワーケーションの好適地として企業や人材の誘致を進めました。すると多くの企業が県内全域に進出し、特に神山町と美波町では社会増加率(転入者が転出者を上回る)がプラスを達成する年が増えてきました。
―現在、本社機能を地方に移転させる動きも出ていますが、それ以前から取り組んできたのですね。
飯泉 コロナ禍において国がテレワークを推奨したことで、一気に加速しました。出勤が3割でいいなら、都心の一等地に立派な本社は要りません。しかも、若者たちは東京や大阪など大都市圏での勤務にこだわっていません。この流れをさらなる企業や人材の誘致につなげていきたい。豊かな自然に囲まれたサテライトオフィスで、朝から仕事がはかどり、アイデアが湧き、問題も解決する。ようやく「仕事は遊び、遊びは仕事」が受け入れられる時代が到来しました。
民間と連携して豊富なデータを課題解決に活用する
―地方創生において、徳島県では15年に「vs東京『とくしま回帰』総合戦略」を打ち出しました。どのような取り組みですか。
飯泉 課題解決先進県として全国に先駆け「地方創生は徳島から!」を宣言したのが「vs東京」です。東京一極集中を是正し、人口減少の克服に向けて、人、仕事、子育て、まち、それぞれの取り組みをPDCAサイクルの下で検証し、新たな事業構築や見直しを実施することで好循環を生み出していく、県を挙げた取り組みです。
―「vs東京」に関して、17年に東京海上日動火災保険 徳島支店と包括連携協定を締結した経緯について教えてください。
飯泉 同社は日本の損害保険会社のリーディングカンパニーであり、さまざまな危機事象に精通したプロ集団です。過去の風水害や地震、身近なところでは交通事故など多くのデータを持っています。それらを互いに解析し、ビッグデータとして活用することで災害に備え、適切に対処していけると考え、今回の連携に至りました。
それに同社は、徳島藩最後の藩主・蜂須賀茂韶(はちすかもちあき)が設立に関わり、初代頭取も務めたという浅からぬ縁があります。
―県として、同社に期待していることは何ですか。
飯泉 東日本大震災をはじめとする有事の際に、いち早く対応されたと聞いています。徳島でも今後発生が懸念されている南海トラフ地震などの災害が起こったときに、迅速な対応をお願いしたいと思っています。また、県内企業向けにさまざまなセミナーを行い、支援してくださっていることに、われわれとしても非常に期待しています。
―同社は、「vs東京」に関して具体的にどのような活動をされているのでしょうか。
飯泉 例えば、地域課題解決の手段の一つとして、県内企業への健康経営認定支援を行っており、昨年度県下で認定された55社のうち、同社が支援した企業は18社に上ります。また、県、徳島市、商工会議所と連携し、企業の強靭(きょうじん)化法対応を含めたBCPセミナーの実施や、事業継続力強化計画のサポートなどにも注力されています。さらに、SDGsの支援をしてくださっているのは非常にありがたいと思っています。
企業文化と官庁文化を融合してニューノーマルを打ち出す
―「vs東京」というワードは非常にインパクトがありますが、これに込めた徳島県の思いとは。
飯泉 これは若手職員が考えました。地方創生が叫ばれて久しいですが、いまだ東京一極集中が冷めやらない。この状況を地方から変えていこう、地方から提言を出そう、「知恵は地方にあり」を示す意味で、刺激的なキャッチフレーズにしました。「vs」は「対決」だけでなく「対(つい)」の意味もあります。徳島と東京が互いに課題を解決していこうという思いを込めています。
―最後に、官民協業を進める上で大切なことをお聞かせください。
飯泉 そもそも民間との協業は、さほど難しいとは考えていません。ただ、見えない垣根があり、互いに相手のところには踏み入らないでおこうという雰囲気がありました。しかし、このコロナ禍で官民、公私などと言っている場合ではなくなりました。オールジャパンでコロナを乗り切って、いかにニューノーマルを打ち出すかが問われています。14世紀にヨーロッパでペストが流行する中、ルネサンスが生まれたように、皆さんの企業文化とわれわれの官庁文化を融合して新しいものを生み出し、進めていくことが重要ではないでしょうか。
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