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あの人を訪ねたい 波多野貴文

「エンドロールが流れるころ、お客さんが見る景色が変わっていたらうれしい」

今月下旬、全国公開される映画『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』の監督を務めるのは波多野貴文さん。波多野さんの故郷・熊本県山鹿市は、映画の舞台となった遊園地「グリーンランド」のある荒尾市の隣だ。山鹿温泉や山鹿灯籠で知られる山あいのまちから建築家を目指して上京した青年が、“映画を手土産”に帰ってきた。

ホームステイで大きく膨らんだ映画への夢

映像製作の仕事に興味を持ったのは小学生のときだった。「バラエティー番組『NG大賞』が好きで昔よく見ていたんです。『カット!』の声がかかるとバラけて、ドラマには登場しない監督やカメラマンが画面に現れる。仕事の裏側を初めて目にした瞬間でした」。しかしなぜ、「監督業」に惹(ひ)かれたのだろうか。

「映画の仕事をしたい」と思ったのは、父親の勧めで米国ロサンゼルスにホームステイしたことがきっかけだった。「君ももう中学生だ。視野を広げておいで」という親心だったというが、ホームステイ先で「HOLLYWOOD」の看板に魅せられた波多野さんは、「将来は映画に携わる仕事をする!」と家族や担任教師に公言したのだという。しかし、実家がある山鹿市は人口5万人あまりの小さなまちだ。「業界へのパイプなどなく、祖父がどこからか取り寄せてくれた映画の脚本をめくることしかできなかったですね」。いつしか夢を諦めてしまっていた。

東京の大学の建築学科へ進学した理由は、家業を継ぐためだった。父親の会社を総合建設会社に発展させたい。本気だった。しかし大学で師事した建築家の神谷宏治氏が退官すると知り、途端に将来の展望が描けなくなってしまった。「大学4年の夏に、ウルトラマンショーのアルバイトをしていた友人の紹介で、ドラマの撮影スタジオを見学できることになり、毎週スタジオに通いました。現場の空気を吸うと、やっぱりこの仕事がしたいって思ったんですよね」。実家には「家業は継がず、映画の仕事をします」と電話で報告した。「母親に泣かれ、父親に仕送りを止められました。当時は大ごとでした。今ですか? 作品ごとの集合写真を楽しみにしています(笑)」

最後までもがいて限界まで磨き上げたものが作品になる

ドラマの演出補を務め着々と実績を積んでいた波多野さんに転機が訪れたのは、33歳でセカンドユニットとして携わることになった映画『UDON』と翌年セカンド監督として制作にあたったフジテレビ系の大人気ドラマシリーズ『SP警視庁警備部警護課第四係』(以下、SP)だった。「『UDON』のとき、監督ならどう撮るだろう?といった思考に陥ってしまいました。他者になりきろうとすると本質が見えなくなってしまう、これじゃダメだと思いました。『自由に撮ってみよう。結果ダメなら僕をセカンドに選んでくれた人にも責任がある』なんて開き直って撮影に挑むと、『良いの撮ってきたね』と監督は評価してくれました」

この経験を踏まえて撮影された『SP』は深夜枠ドラマとしては異例の平均15・4%の高視聴率を記録した。通常ドラマの撮影では3人のディレクターでローテーションしていく撮り方が主流だが、映画化への期待が高まり、メガホンを託されたのはセカンド監督を務めた波多野さんだった。37歳で、映画監督デビューを飾った。波多野さんは、キャスティングやロケ地、セット、衣装など全てにおいて妥協を許さない。「あらゆる可能性を試したいので各スタッフの意見を聞き、取り入れ、最後までもがきます。もっと良くなる、さらにもっと!限界まで磨き上げたものが作品だと思っています」。一方、演者には事細かには演技指導をしないのだそうだ。「設定は説明するんですけど、どう演じるかは役者さんに委ねます」。手取り足取り指導して自分色に染めれば演者の個性が死んでしまう。自由に演じてもらい、きちんと責任も負ってもらう。

「作品を通して、お客さんの価値観がちょっと広がればいいな。そんな作品を僕は目指しています」。そのポリシーは波多野さん自身の体験から生まれた。学生時代、とにかくカラオケ嫌いだった波多野さんは、大学の先輩に渋々同行させられる羽目になった。ところが、音痴なのに熱唱する先輩に思いがけず感銘を受けたのだという。「僕は長男気質なので、どこかでスマートにやらなきゃみたいな気負いがあるんです。けれど音痴なんて気にせず全力で楽しむ先輩を見て、『下手でもいい。行動して楽しんだ者勝ちだ』と思ったんですよね。先輩が僕の価値観を広げてくれたんです」

復興を目指す熊本の人が少しでも笑顔になれば……

昨年8月、波多野さんの姿は熊本にあった。新作となる『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』の撮影を行うためだ。同作は、遊園地の仕事の裏側を描いた“お仕事エンターテインメント”。『SP』のような激しいアクションはなく、登場人物は全員善人だ。子どもと見に行きたくなるようなハートフルな作品を『SP』の波多野さんが撮るとなれば、業界的にはニュースなのだろう。しかし目の前で取材に応じる終始笑顔の波多野さんを見れば、「まさに、ぴったりである」と思ってしまう。

「注目していただきたいのは波瑠さん演じる波平(なみひら)の成長です。キャリア志向の波平が、田舎の遊園地に配属され、『なんで私が』『もっと大きなことができるのに』と環境に抗(あらが)おうとする。しかし遊園地で働く上司や仲間の姿に目を向けることが出来たとき、徐々に仕事にやりがいを見いだしていく。彼女の意識が変わったことで価値観が広がったのです」

ロケ地の「グリーンランド」は、「子どものころに何度も訪れたことがある思い出の遊園地」だ。しかし映画撮影となると過酷を極めた。課題は機材の移動だったという。グリーンランドは、1966年に観光果樹園として開業した遊園地だ。高低差が激しく、また、いたるところに遊具があって直線に進めない。重い機材は手押しで、汗をかきながら移動させた。「何より素晴らしかったのは遊園地スタッフの皆さんの協力と地元の方々です。日々炎天下の中、朝から夕方まで100人以上のエキストラにお付き合いいただきました。表情を緩めて、“遊園地を楽しむお客さん”になりきるのはよほどのことだったと思います。すさまじい精神力です」。映画はいよいよ10月26日に全国公開される。「復興を目指す熊本の人たちが作品を通して、ちょっとでも元気になってくれたら……」。そんな思いも作品には込められている。

波多野 貴文(はたの・たかふみ)

映画監督

1973年、熊本県山鹿市生まれ。日本大学生産工学部建築工学科卒業。2005年『逃亡者 木島丈一郎』でテレビドラマ初演出。10年に『SP THE MOTION PICTURE(野望篇)』で映画監督デビュー。翌年に「革命篇」も大ヒットさせる。ドラマ『コールドケース ~真実の扉~』『BORDER 贖罪』など刑事ドラマを得意とする印象だが、『わたしに運命の恋なんてありえないって思ってた』で新境地を開く。夏はスキューバダイビング、冬はスキーを楽しむアクティブな一面も。

写真・後藤さくら

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