三陽工業代表の三代目を継いだ井上直之さんは、創業者や先代とは異なる独特の経営手法で大きく業績を上げている。同社の主な事業は製造技術者の派遣だが、派遣社員は全員を同社の正社員として採用。一方で、M&Aにより各地の町工場を引き継いでいるが、そこには〝ある思い〟が込められていた。
リーマンショックで売り上げ激減から復活へ
兵庫県明石市にある三陽工業は、創業者が個人事業として始めた会社で、1980年に法人設立された。オートバイ部品などを研磨する製造業と、製造技術者の派遣事業を行っている。
三代目を継いだ井上直之さんは、大学卒業後に5年間のサラリーマン生活を送り、先代が代表だった三陽工業へ入社した。その3年後の2009年、リーマンショックにより同社は大きな影響を受ける。製造部門の売り上げはほぼ半減で済んだが、派遣先の事業縮小などにより派遣社員は250人から40人となり、派遣事業の売り上げは激減した。
当時、同社の派遣事業は大手輸送機器製造会社1社だけで売り上げの9割を占めていた。井上さんは取引先を増やさなければと、サラリーマン時代に培った営業力で兵庫県内全域、県外は岐阜や滋賀へも営業エリアを拡大していった。
「当時は今と比べて採用環境がよかった。募集すれば働く人は集まるので、営業さえできれば派遣事業の売り上げは上がりました」と、井上さんは話す。
09年に40人だった派遣社員は16年には300人に増加し、売り上げは7億1800万円から18億円まで伸びた。
派遣を正社員に、後継者不在の製造業をM&Aも
しかし、井上さんは16年に大きな壁にぶつかった。求人費用500万円をかけて12人採用したが、3カ月後に残ったのはわずか1人だけだった。この方法では10人集めるのに5000万円かかってしまい、求人費用だけで会社が倒産すると思ったという。
また、井上さんは長年、派遣業界に対して感じていることがあった。派遣会社、派遣社員、派遣先の三者は、派遣社員は派遣会社のことを「自分の給料をピンハネしている」と思い、派遣会社や派遣先は「派遣社員はすぐにやめる」と思っている。三者全てがお互いをよく思っていない、いわば「負のスパイラル」に違和感があったのだ。
そこで井上さんは同年、社内の組織改革に乗り出した。「生産推進グループ」という仕組みをつくり、派遣社員の雇用契約に期間を設けずに正社員とし、昇給、賞与、退職金なども設定した。また、派遣先でも同社の組織をつくろうと、現場で働きながらチームリーダーの役割を果たす役職を設け、役職者には手当てをつけた。
こうした取り組みは業界内では前代未聞で、社内外から「非常識だ」「理想かもしれないが無理だ」と反発の声が上がった。井上さんが派遣先へ説明に行くと、余計な費用がかかって非効率だとなかなか理解してもらえないこともあったという。
それでもこの取り組みは人を定着させるために必要だという信念は曲げなかった。「今は採用環境が悪化していて、費用をかけても人は集まらない。派遣社員が当社に定着するのは、取引先にとっても価値になる」
組織改革を断行した井上さんは18年、社長に就任した。同年、さらに新たな取り組みとしてM&Aを開始した。きっかけは同社近くにある板金レーザー加工会社の経営者から「会社を買ってほしい」と依頼されたことだった。
これを皮切りに、同社では事業承継者不足で困っている会社を募ってM&Aを進めている。この業種におけるM&Aの成功確率は低いといわれる中、昨年は同社の担当者に500~600件もの案件が寄せられた。井上さん自身も遠方へ足を運び、候補企業の経営者と面談した。これまでに長野県の塗装会社など5社を子会社化している。
「M&Aの目的は社員の活躍の場を増やすためです。同一エリアに製造拠点と営業拠点があるのは強みなので、それを日本全国に広げたい」と井上さん。
新しいビジネスモデルにより、同社の売り上げは19年に約72億円(連結子会社含む)となり、10年間で約10倍になった。コロナ禍の影響による派遣先の休業などで20年は58億円台に減少したが、21年は70億円以上に回復の見込みだという。派遣社員は16年の300人から現在は1300人にまで増加した。
派遣のマイナスイメージを100年後はプラスにする
同社には「日本の製造現場を元気にしたい」という大きなビジョンがある。30年後には派遣社員10万人、売り上げで約7000億円の規模を目指している。さらに100年後について聞くと、派遣で働くというマイナスイメージをプラスイメージに変えたいという。
「例えばIT企業のプロジェクトのように、製造業でもさまざまな会社の新規事業を立ち上げる時期だけに行って働くのもいいと思う。製造派遣会社の中で異動して働く方が、正社員よりも給料が上がりやすい仕組みをつくりたい。これは人の価値観を変えなければならないことなので難しいかもしれないが、実現させたい」と、井上さんは「100年計画」への手応えを感じているようだ。
会社データ
社名:三陽工業株式会社(さんようこうぎょう)
所在地:兵庫県明石市大久保町江井島1388番地
電話:078-938-3400
代表者:井上直之
従業員:1600人
【明石商工会議所】
※月刊石垣2022年3月号に掲載された記事です。
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