セイバンの四代目を継いだ泉貴章さんは、生産も販売も先代とは全く異なる方法で収益性を上げている。同社は「天使のはね」で知られるランドセルの製造と販売を行っているが、それまでの問屋ビジネスから一転、直営展開を開始して成功した。2019年に創業100周年を迎えた同社が、次の100年へ向けた新たな事業には〝ある思い〟が込められていた。
工場に寝泊まりしてランドセルづくりを学ぶ
兵庫県たつの市にあるセイバンは1919(大正8)年創業で、ランドセルと関連グッズの製造・販売を行っている。中でも、先代社長が2003年に販売開始したランドセル「天使のはね」は大ヒットとなり、現在でも人気の製品である。
「天使のはね」は、はねの形をした樹脂製のパーツのことで、ランドセルの肩ベルトの付け根部分に内蔵されている。このパーツが肩ベルトを根元から立ち上げ、子どもの肩にランドセルをぴったり密着させる仕組みだ。ランドセルを背中の高い位置で背負うことができるため、実際の重量よりも軽く感じて、肩や背中の負荷を軽減させるという、同社独自の工夫が凝らされた製品である。
四代目を継いだ泉貴章さんは大学卒業後、大手飲料メーカーに就職し、06年にはMBAを取得した。実は、泉さんは「家業を継ぐ気は全くなかった」というが、先代が体調を崩したこともあり、10年に同社へ入社した。
「当時は『天使のはね』が右肩上がりに成長していました。そんなときに先代に万が一のことがあって会社の成長を止めたら、もったいないと思いました」と泉さん。
家業とはいえ、異業種からの中途入社である。入社後の約3カ月間、泉さんは工場に寝泊まりしてランドセルのつくり方を勉強した。また経営者として、自分なりに会社の問題点を見つけて改善策を練った。MBA取得の際に学んだ知識も役立った。
生産も販売も大改革 社内外から反対の声が
泉さんが同社に戻って約4カ月後、先代が急逝し、11年に泉さんは社長に就任した。当時は取引先の求めに応じて、色もデザインもさまざまなランドセルを多数つくっていた。10社以上の問屋から発注が来たので生産量は多かったが、実は売れておらず、在庫処分品として安価で販売されることもあった。
そこで、泉さんはマーケティングの部署をつくり、何が売れるのかを把握して、販売戦略に落とし込んでいった。14年、初の直営店を東京の表参道にオープンした(店舗面積拡大のため、現在は日本橋へ移転)。これを皮切りに全国の主要都市へ次々に直営店を出店していった。
「それまでは問屋ビジネスだったので、お客さまとの接点が全くなかったのですが、直営店を持つことで接点が生まれ、何が売れるのかをいち早くキャッチできるようになりました。生産側にもそれを伝え、サプライチェーンの体制づくりをしました」
泉さんが生産も販売も全てを変えることに、社内外から大反対の声が上がった。しかし、泉さんには自信があった。
「ランドセルという商品は安価ではなく、その特性は一生に一度の買い物という限定的なマーケットである点。昔と違って子どもの数は減っているので、大量につくって多くの場所で売る必要はない。自社でつくって自社で売るべきです」
泉さんは、社内のキーマンとなる人に改めて生産体制などを学んでもらい、議論を重ねた。また、他業界の中途採用や、新卒採用も始めて人材を育成し、改革を進めた。
当初は四面楚歌の状態だった泉さんだが、今では生産部門は売れるものをつくれるようになり、販売部門もエリアごとに絞って売るという体質に会社が変わった。収益性が上がり、長年同社に勤務するベテラン従業員からも「会社がよくなった」と評価されている。
「在庫処分品として安売りされることがなくなり、きちんとした売値で売ることができるので、ブランド価値を下げることもありません」と泉さんは誇らしげに語った。
見学できる新工場を建設 海外展開や大人向けも
同社は19年に創業100周年を迎えた。20年には、それまで三つあった工場を集約し、新工場を建設した。ガラス越しに工場内を眺めることができるミュージアムパークを併設している。残念ながらコロナ禍でのオープンとなったが、見学を希望する声は多いという。
泉さんは、次の100年に向けた新たな事業の柱として、海外での展開と大人向け製品の開発を掲げている。すでに初の海外ブランド「SICOBA(シコバ)」を立ち上げたほか、21年には大人向けバッグブランド「MONOLITH(モノリス)」初の店舗を東京にオープンした。さらに、子ども服の会社とともに保育園の運営も行っている。
「少子化が進むことは分かっているので、ランドセルだけでは厳しくなる。ランドセル事業とそれ以外の事業の割合を1対1にしていきたい」と、次々に計画を実行に移している。
会社データ
社名:株式会社セイバン
所在地:兵庫県たつの市龍野町片山379-1
HP:https://www.seiban.co.jp/sp/
代表者:泉 貴章 代表取締役社長
従業員:360人(グループ計)
【龍野商工会議所】
※月刊石垣2022年5月号に掲載された記事です。
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