日本商工会議所は、「創立100周年記念事業」の一つとして5月27日を皮切りに「オンライン記念講演会」を開催し、商工会議所役職員、会員企業を対象にYouTubeで配信している。講演会は、各方面で活躍している経営者らが登壇。ここでは、第3弾として9月9~16日に配信した日本商工会議所三村明夫会頭の講演要旨(月刊石垣10月号掲載)を紹介する。
生き残るには自己変革するしかない
本日は、中小企業の「変化への挑戦」についてお話ししたいと思います。きっかけは、日商100周年記念講演会の第1弾でファーストリテイリングの柳井正社長の話を伺ったことです。柳井さんは、「会社は〝成長するかつぶれるか〟の二つに一つ。現状維持でいいと思った途端、すでに衰退は始まっている。経営者が常に新しいことに挑戦し、自ら変わり続けることが唯一の道」だと語り、ストンと腑(ふ)に落ちました。
中小企業の最たる強みは、環境の変化に応じて自らを変革する能力です。日本には100年以上続く長寿企業が約5万社、200年以上の企業は約3000社と、世界全体の40%以上を占めるといわれていますが、そのほとんどは中小企業です。明治の激動期、第一次・第二次世界大戦、数々の大不況などを乗り越え、変化に対応して生き延びてきたのです。
中小企業が強い理由はまず、トップと現場の距離が近いことが挙げられます。大企業の場合、現場の危機感がトップに伝わるにもトップの危機感が現場に伝わるにも時間がかかります。また大企業の財務は余裕があるため、少々の外部環境の変化にも耐えられます。そのため警戒すべき外部環境の変化があっても社内への危機感の共有が遅れ、対応策の策定に時間がかかり、実行が遅れてしまいがちです。
一方、中小企業はトップと現場の距離が極めて近い。そして外部環境の変化は財務上の危機に直結します。そのため速やかに社内全体で危機感を共有し、対応したり、変化したりできるわけです。そういう意味で中小企業の社長は大企業以上に、会社にとって重要な存在といえます。
会社が変化するということは、具体的には新しい商品の開発、新しいマーケットへの進出、新しいプロセスの導入など、これまでとは非相似形的な発展を試みることです。事業・商品・流通網の選択と集中、他企業の買収などもその典型的な例です。
東京商工会議所が2020年秋に実施した調査(図1参照)では、約1万社の中小企業のうち、70%は何らかの自己変革を試みており、30%は他企業を上回る革新的なイノベーションに挑戦しているとの結果を得ました。コロナ禍という環境変化の中で、必死に自己変革に挑戦している多くの中小企業こそ、日本を再び豊かで強い国に再生する力強い担い手になると確信しています。
デフレからインフレへの移行を変革のきっかけに
一般的には、環境変化が大きければ大きいほど、自己変革しないコストは大きくなります。しかし、この20年間、残念ながら日本経済は成長せず、生産性も賃金も伸びず、物価も横ばいという停滞の時代が続きました。そのため自己変革しないコストは比較的小さいものでした。企業は変革より安定を選択し、それが逆に日本の停滞を再生産する結果となりました。
そこへコロナ禍の発生、ロシアのウクライナ侵攻、地球温暖化などの市場の失敗による資本主義の修正の必要性、世界的なインフレの発生による金融政策の変更、デジタル化の進展など、大きな変化が次々と押し寄せました。企業もいよいよ自己変革を迫られています。
大きな変化の例を挙げれば、まずデフレからインフレへの移行があります。そもそも、日本で20年間消費者物価が横ばいであったこと自体、世界的に見ても極めて異常な事態です。その結果、賃金引き上げへの圧力は弱く、中小企業が生産性を向上しても大企業の取引価格の引き下げにより収益増につながらず、コストアップしても消費者の強い抵抗により価格引き上げが実現できませんでした。つまり、デフレやデフレマインドが日本全体を広く厚く覆っていたのです。
今、この状況が大きく変化しようとしており、ようやくデフレやデフレマインドから脱却する兆しが出てきました。今回の資源・エネルギー・食料価格の高騰は、世界のどの国も一様に大きく影響を受けていますが、日本は20年間続いたデフレマインドからの脱却にこれを活用すべきです。
現在の生産者物価を大幅に下回る消費者物価の水準は、サステナブルではありません。他国に比べ、生産者物価と消費者物価にこれほど差がある理由の一つは、賃金が上昇せず、それがコストアップ要因として、主に消費者物価の50%を占めるサービス価格の物価に反映されていないことが挙げられます。生産者は大幅なコストアップに見舞われながら、BtoBもBtoCも価格転嫁できず、収益の悪化に見舞われています。物価上昇の膨大なエネルギーが生産者、とりわけ中小企業に蓄積されており、このことが生産者物価と消費者物価のギャップの主たる原因となっています。
加えて、生産年齢人口の減少で労働需給のタイト化が進み、賃金上昇の圧力が高まっています。さらに、コロナ禍を経て社会課題の解決に関心を寄せる若い世代に対して、働きやすさ、働きがいを与えられない企業は、とりわけ厳しい労働力不足に見舞われる恐れがあります。生産性向上、省エネ、省力化に対する強いプレッシャーがかかります。その結果、競争についていけない多くの企業が、マーケットからの退場を余儀なくされる時代が到来することになるかもしれません。最低賃金の31円引き上げは、その序曲ともいえます。
デフレからインフレへの移行は、一時的には極めて大きな混乱をもたらすでしょう。しかし本質的には、過去20年間と違い、日本経済が諸外国並みの正常化に向かう原動力となり、中小企業の企業行動に大きな自己変革を促すきっかけとなるでしょう。
日本の転換点でもある今力を入れるべき四つのこと
世界経済が成長する一方で、所得格差の拡大や地球温暖化が発生するなど、資本主義という経済体制の欠陥も浮き彫りになりました。資本主義はマーケットメカニズムを通じて、資源の最適配分を達成する最も効率的なシステムとされてきました。とりわけ、米ソ冷戦での勝利以降、資本主義は唯一無二の優れたシステムであり、小さな政府・新自由主義がベストと考えられてきました。ただし、現在の資本主義には所得の不平等を是正するメカニズムは、一切ビルトインされていません。政府による所得再分配機能と企業経営者のモラルがそれを是正するセーフティーネットです。
ところが、日本の所得再分配機能は、例えば社会保障制度にしても、負担と受益のバランスが取れていません。若者は高負担ですが、将来高齢者になったときの受益が保障されていません。
一方の経営者のモラルは、一般的に株主至上主義からステークホルダー資本主義への転換だといわれています。ところがこの20年間、主に大企業は従業員の給与を引き上げず、関係取引企業との取引価格は引き下げ、設備投資を抑制する代わりに、配当金の引き上げや自社株買いなどを行ってきました。つまり、ステークホルダー資本主義とは名ばかりで、結果的に株主の利益を優先してきたのです。もちろん、ステークホルダー資本主義の名に値する行動を取った企業もたくさんあります。しかし、これまでの大企業の行動を総括すると、評価できるものではなく、これは変えなければなりません。
こうした反省を踏まえ、打ち出されたのが「新しい資本主義」です。私も議論に参加しましたが、従来の資本主義だけでは解決が難しい革新的な技術開発に取り組み、さらに社会課題、例えば所得格差や地球温暖化などについて、新たな形の官民連携によって解決を図り、同時に経済成長を実現する「資本主義のバージョンアップ」をコンセプトに掲げています。
新しい資本主義の重点分野は、人への投資と分配、科学技術・イノベーションへの重点的投資、スタートアップの育成とオープンイノベーションの推進、GXおよびDXの四つです。とりわけ、カーボンニュートラルへの道筋は、対応を誤れば、日本の国際競争力を喪失しかねない「第二の黒船の到来」と受け止めるべき重大な経済社会課題です。エネルギー自給率や再生エネルギーを生み出す自然条件など、諸外国に比べて極めて不利な条件にある日本がこれを逆転させるためには、さまざまな革新的な技術開発およびその実装に、官民一体となって取り組まねばなりません。
自らの強みと弱みを知って課題に取り組む
中小企業は、このような大きな変化の中で、自己変革しながら積極的な役割を果たすことを強く期待されています。ここからは、中小企業の共通の特徴を踏まえた「変化への挑戦」についてお話しします。
第一に、変化に柔軟に対処できることが挙げられます。中小企業の多くはオーナー企業で、社長の在任期間も10~30年と、非オーナー企業の5年に比べて非常に長い。所有と経営が一体の企業は、経営者が環境変化に合わせて変革を決断すれば、スピード感を持ったイノベーションへの取り組みが実践できます。さらに、現場と経営者の距離が近いので、マーケットの変化や経済の動きに対して敏感です。大企業と比べて、不確実でリスクの高い事業にも取り組みやすく、長期の経営期間を生かして粘り強い試行錯誤が可能です。つまり、中小企業は経営者のリーダーシップにより、大胆な経営や方向転換がしやすいわけです。
裏を返せば〝経営者次第〟ということでもあり、経営者の重要性は大企業に比べてはるかに大きくなります。だからこそ経営者自身が気付き、事業承継によって若返りを図ることが重要で、経営者の高齢化・事業のマンネリ化は大きな危機をもたらすと考えます。
第二は、中小企業の売り上げは国内向けが中心だということです。売り上げに占める輸出比率は全業種平均で3~4%と極めて低いのが現状です。また、BtoBの場合、国内の販売先は大企業を中心とした少数の買い手が対象となりがちです。すると、取引価格は買い手主導で決定され、コストアップを取引価格に反映することが困難になります。今日の円安に対しては、原材料の価格アップを輸出で吸収することができないなど弱い立場にあります。
今後、経営の安定を図るためには、経営者が海外に目を向けることが必要です。新たな海外マーケットを開拓して販売先を拡大し、国内の取引先に対する交渉力を付けることも、中小企業の課題といえるでしょう。ただし、TPP11、RCEPの成立は、加盟国へのマーケットアクセスを容易にし、越境ECの活用は独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)などの支援もあって、より容易になっています。
第三には、人手確保が最大の経営課題であること。株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換が叫ばれている今日、すでに従業員はステークホルダーの最も重要な一員と位置付けられています。
例えば、コロナ禍により売り上げが大幅に減少したときでも、多くの中小企業が従業員を解雇せず、休業扱いとしました。諸外国に比べて失業率は2%台と安定しており、中小企業は社会の安全弁の役割を果たしました。雇用調整助成金などの公的支援や、コロナ前に厳しい人手不足を経験したことなどが背景にありますが、「従業員は会社の宝である」との経営者の強い思いが、解雇を思いとどまらせたのではないでしょうか。また、女性の積極的な活用、高齢者の雇用、副業の導入など、現在大企業で課題となっているさまざまな施策を、すでに自然体で実施しています。
一方、コロナ後に経済活動が正常化し、物価上昇局面の中で、賃上げと人手不足対策が、中小企業にとって最も深刻な課題として再度登場します。また、デジタル化による生産性向上や、コストアップの価格転嫁は待ったなしの状況です。
中小企業は、これまでの停滞期とは比較にならない人手獲得競争や賃金引き上げ競争時代に突入することを自覚し、付加価値の拡大や企業の魅力向上に一層力を入れることが不可欠となります。
そして最後は、中小企業の多くは大都市以外の地域に拠点があることです。大都市での大企業と中小企業の従業員数比率はおよそ半々ですが、地方では雇用に占める中小企業の割合は80%を占め、地域経済の動向は中小企業の経営に決定的な影響を与えます。地方都市で中小企業の廃業、倒産が発生すると、結果的に失業者は大都市に向かい、地方の人口がさらに減少するという悪循環につながります。
とはいえ、2007年から18年までの内閣府のデータによると、人口の増加している東京圏より、人口の減少している地方圏の方がGDPの伸び率が高いというのも注目すべき事実です。コロナ禍による人々の価値観の変化、若者の地方への関心の向上、デジタル化の推進による地方経済のさまざまな可能性、インバウンドの本格的な再開の可能性など、産・学・官・金が協力すれば地方の活性化は可能と考えます。言い換えれば、中小企業が地方の活性化の鍵を握っているのです。
経営者の熱情と強い意志が自己変革をもたらす
変化への挑戦の重要性についてお話ししてきました。自己変革とは、前述したように、新しい商品の開発、新しいマーケットへの進出、新しいプロセスの導入などにより、変化するマーケットに合わせて自らを変化させることです。それらは長寿企業が生き残るために行ってきたことであり、難しいですが必要不可欠なことです。
変化を迫る外部環境の強いプレッシャーがあり、輸出マーケットへの参入、デジタル技術の導入、取引価格の適正化、地域活性化、事業承継、企業間連携、M&A、新事業のスタートなどさまざまなオプションがあり、さらに政府による支援策が用意されています。今まさに、経営者自らの強い意志と行動により、変革を実行することが求められています。
最後に、自己変革のために私が重要と考えることを二つ申しあげます。一つは、企業は何のために、そして誰のために存在するのかを明確にすること。これに関しては、東京商工会議所の「東京の将来を考える懇談会」が行ったアンケート結果が大変興味深く(図2参照)、参考になるのではと思います。
もう一つは、最終的に自己変革をもたらすのは、経営者の熱情と強い意志だということです。熱情は周囲を巻き込み、チームの力を最大限に発揮させ、強い意志はチームに明確な方向性を与えてくれるはずです。
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