さまざまなSNSを活用し、多くのフォロワーを抱えているインフルエンサー。特に若年層への訴求力があることから、SNSを使って発信するインフルエンサーが注目されている。スマートフォン1台あれば、全国どこからでも始められるSNSは、中小企業や地域企業と非常に親和性が高い情報発信ツールでもある。そこで、自らインフルエンサーとなり自社情報を発信し、知名度アップや販路拡大に成功した企業や商工会議所の取り組みを追った。
社長自らツイッターで"感謝"を伝え続けてファンを拡大
「岩下の新生姜(しょうが)♪」のCMでおなじみの岩下食品。同社では社長がツイッターの個人アカウントを運用して情報発信を続けてきた。そのコミュニケーションを通じてファンを増やし、異業種とのコラボ企画も次々に実現。売り上げが下降線をたどっていた看板商品の既存イメージを払拭し、売り上げ回復に導いた。
エゴサーチで1日10~15件の投稿があることを発見
岩下食品社長・岩下和了(かずのり)さんがツイッターを始めたのは2010年のことだ。
「私は音楽が好きで、音楽関係の知り合いと交流するツールとして、かなり前からSNSを利用してきました。その仲間の1人がツイッターを始めたので、私もアカウントをつくったんです」と岩下さんは振り返る。
プライベート用だったため、当初は本名ではなくハンドルネームで登録し、個人的なつぶやきを投稿していた。しかし、11年に東日本大震災が起きた。災害に関する情報が錯綜(さくそう)する中、正確な情報収集にツイッターの検索機能が、ほかのどのツールより役立つことを実感する。それを機に「エゴサーチ」をするようになり、「岩下の新生姜」に関するツイートを調べてみると、1日に10~15件ほどの投稿があることが分かった。
「おそらく当社のメイン購買層ではない人たちが、商品について投稿してくれていることに驚きました。しかも大半が『好き』『おいしい』など好意的な内容だったので気を良くして、何かリアクションしたいと思ったんです」
岩下さんはハンドルネームから本名に変え、プロフィールに同社社長であることを公表する。その上で、商品についてのツイートに「ありがとう」とリプライを送るようになった。当時、企業トップがツイッターに投稿することは珍しかったが、反応は上々でフォローバックやリプライをもらうようになり、今までにないコミュニケーションが形成されていった。
ユーザーとの熱いやりとりからさまざまなものが形に
ほぼ毎日エゴサーチを行い、「新生姜」とツイートした人にリプライを送り続けて約1年。ツイート数は1日100~150件に増えていった。企業が仕掛けて商品をPRしてもらうのと違い、皆自発的に商品への愛を語る内容だ。それに応えて岩下さんはひたすら「いいね」を押し、感謝のリプライやリツイートをする。その熱気を感じて集まった人が仲間になり、ますます商品が好きになるという流れが生まれた。
そこから形になったのが、12年に出版された『We Love 岩下の新生姜 ツイッターから生まれたFANBOOK』(マガジンハウス刊)だ。新生姜は食材として汎用(はんよう)性が高く、和洋中どんな料理にも活用できる。ユーザーが実践した料理レシピの投稿も多く、「レシピ本を出してほしい」という声に応えて実現したものだ。
「せっかくつくるなら、ツイッター上の新生姜にまつわる熱気を伝えたくて、レシピとともにユーザーのツイートを集めた本にしました。掲載に当たって全員から許諾をもらわなければならないので大変でしたが、その分、ファンの"熱"が伝わる本になりました」
同社は15年、「岩下の新生姜ミュージアム」をオープンする。先代が所有していた岩下美術館を改装し、展示コーナーや売店、新生姜を使った料理を提供するカフェ、音楽ライブができるステージなどがある。これもユーザーの要望に応えてつくったもので、入館もイベントの参加も無料だ。
「『岩下の新生姜』のイメージから、展示やアトラクションはピンクをモチーフにしています。オープン当初はこれほどではなかったのですが、お客さまが喜んでくれるので、その気持ちを裏切らないようにピンクを増やしていきました」
1年目は約7万人だった来場者数も、4年目には約15万5000人と倍増。テレビなどに取り上げられる機会も増えて、ミュージアムの認知度のみならず、ツイッターのフォロワー数もさらに増えていった。
同社では他企業とのコラボにも早くから取り組んできたが、ミュージアムをオープンしたころから頻度が加速していく。そば、いなりずし、ラーメンのトッピング、サンドイッチの具材など食品のみならず、各種イベント企画などコラボ件数は実に数百案件にも上る。
「その多くはツイッターがきっかけで実現したものです。ツイッターだと気軽に声を掛けてもらえるので、食品メーカーの枠を超えたユニークなコラボが形になっています」
漬物のイメージを払拭し売り上げ増を果たす
ツイッターを通じてさまざまなことがトントン拍子に進んできたかに見えるが、その裏では漬物市場の縮小という現実があった。健康志向の高まりから塩分の多い食品が敬遠され、同商品の売り上げは98年をピークに下降線をたどり、一時は3分の1まで落ち込んだ。
同社は同商品の塩分を25%カットするなどリニューアルを図るとともに、漬物というイメージの払拭に取り組んできた。新たなお客さまの獲得にツイッターが果たした役割は大きく、現在、ピーク時の3分の2まで売り上げは回復している。
「今後も『いいね』がもらえる商品であり続けたい。そのためにも、SNSのコミュニケーションを通じて、ファンの裾野を広げていくつもりです」と岩下さんは穏やかな口調で結んだ。
会社データ
社名 : 岩下食品株式会社(いわしたしょくひん)
所在地 : 栃木県栃木市沼和田町23-5
電話 : 0282-22-3124
代表者 : 岩下和了 代表取締役社長
従業員 : 214人
【栃木商工会議所】
※月刊石垣2023年2月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!