「無駄づくり」をなりわいとする藤原麻里菜さんは、10年間で200点以上の"無駄"な発明品をつくり続けている。これを理解不能と一蹴するのは簡単だが、大谷翔平や松山英樹とともに2025年、Forbes JAPANの世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30」に選出されたと知ったらどうだろう。国や大企業からも認められ、海外にもファンを持つ"無駄づくり発明家"を素通りするのは、もったいない。
「一線に立つ人間じゃない」と挫折した先にあった表現手法
コンテンツクリエーター、文筆家、映像作家、発明家、ユーチューバー……と、藤原麻里菜さんの肩書はさまざまだ。2022年には「株式会社無駄」を設立し、経営者としての顔も加わった。だが、藤原さんは「一線に立つ人間じゃないと早々に挫折した一人」と自己分析し、こう振り返る。
「もともと頭でイメージしたものを形にして、それを人に見せるのが好きでした。小学生の時にはパソコンでホームページをつくっていましたし、高校生になるとブログで日常生活を発信していました」
今に通じるクリエーター気質を感じさせるが、手先が器用ではないとアーティストの夢を早々に諦めたと苦笑する。美術の修復師になれたらと美術系の高校に進学するものの、ここでもデッサンで挫折。夢を失い、悶々(もんもん)とした学校生活の中で、ジャズ部で2回だけ人前で演奏したことが自己表現の楽しい記憶として残り、彫刻や詩、小説や脚本などに没頭しては鬱々(うつうつ)とした気持ちを晴らしていたという。そして、こうした思いを笑いに変えて表現したいと、藤原さんが進んだ道が"お笑い"の世界だ。
12年、藤原さんは吉本総合芸能学院東京校(東京NSC)に入学し、翌年にはピン芸人として舞台デビューする。だが結果は鳴かず飛ばずで、芽が出ない。
「見かねた事務所から『やってみたら』と勧められたのがユーチューブチャンネルの企画でした。そこで、家の中にあるものだけでピタゴラ装置をつくる動画を提案したら採用されたのです」
ピタゴラ装置とは、NHKの子ども向け番組『ピタゴラスイッチ』で話題になったからくり装置だ。藤原さんは「できる」と断言したものの、取り掛かること2週間、装置が完成することはなかった。
「無駄づくり」に企業から次々と依頼が舞い込む
だが、藤原さんは諦めない。
「意味のないものづくりでしたが、これが意外に楽しかったのです。無駄にしたくない、無駄ってなんだろうと、必死に考えて無駄を否定せず全肯定する"無駄づくり"という発想に至りました」
そして第一作として生まれたのが「お醤油(しょうゆ)を取る無駄装置」だ。積み上げた本に割り箸を渡し、動かしたおもちゃの電車やスチールボールの反動で、醤油差しが手元に来るという仕掛けだが、そもそも醤油差しを直接手で取った方が圧倒的に早く、楽だ。この無駄の極みが笑いになった。
13年8月、ユーチューブ動画「無駄づくり」を開設し、5日5投稿すると5カ月でユーチューブエンタメウイークに選ばれるほどに注目を集めた。こうして藤原さんの活動は「無駄づくり」を中心に回り始める。「将棋で負けを認めないマシーン」「札束で頬をなでられるマシーン」「インスタ映え台無しマシーン」など、どれも生産性や効率、量産の対極にある発明品ばかり。親しみの持てる手づくり工作感と、抑制された藤原さんの表情が独特の"無駄づくりワールド"を生み出していった。
「企画、撮影、映像編集など全て一人でこなし、電子工作もユーチューブを始めてから基本、独学で覚えていきました。無駄づくりは、自分の中のドロドロした感情を笑いに昇華して、人に喜んでもらうことをテーマにしています」
16年には芸人を辞めて無駄づくりに専念する。ユーチューブだけではなく、インスタグラムやツイッターなどのSNSでも配信し、ウェブメディアで発明品を紹介する記事を月5~6本担当し、生計を立てていった。
大手企業や有名企業から、プロモーション用の無駄づくりの依頼が入り始めるのだ。例えば、給料日の朝、設定した時刻になるとお札が次々飛び出してくる目覚まし時計や、ツイッターで誰かが「バーベキュー」とつぶやくたびにわら人形に五寸釘を打つデバイスなど、藤原さん自身も「よく採用された」と感心する内容である。さらに、18年には台湾で国外初の個展を開催し、2万5000人以上の来場者を記録するなど「無駄づくり」は国境も言語も超えて評価される。
この世に無駄なものはない、そう思えているか心に問う
その後、事務所を独立した藤原さんが転機として挙げるのが19年に採択された総務省の「異能vation 破壊的な挑戦部門」だ。
「1年ほど国から活動支援を受けられて、制約なく表現できる個人制作に軸足を戻せました」と藤原さん。22年2月には会社を設立し、さらに自由に活動できる環境を整えた。
「無駄づくりが仕事になった今も、仕事以外の『余計なことをする』をモットーにしていて、1日中雲を眺めるなど、どうでもいいことをやるようにしています。なぜかといえば社会の基準だけではなく、実際に体験して自分を基準とした価値観を大切にしているからです」
1日は無理でも仕事の合間に、スマートフォンを持たずにカフェでぼーっと過ごす。この「無駄な時間」を恐れず、つぶさないように意識することが「時間が足りない」というビジネスマンほど必要ではないかと藤原さんは説く。さらに松下幸之助さんの言葉を、一言一句同じではないがと前置きして、こう引用した。
「この世に無駄なものはない。無駄だと思えるものも寛容な心と勇気を持っていれば、無駄なものではなくなる。真理を突いていると思います。例えば道で拾ったお気に入りの石を、ある時強盗に奪われて5000円で返してやると言われたとします。私は迷わず5000円をあげるでしょう。タダで拾った石でも、私にはお金を出してでも取り返したい価値がある。無駄をそぎ落としていくと、自分にとって何が大切なものか分からなくなってしまうと思うのです。無駄づくりの活動もこれがベースで、寛容な心を持っていれば全てが価値あるものに見え、その価値を生かせる場はどこだろうと考えるようになります。経営者なら仕事とは全然関係ないことに挑戦してみるのもいいかもしれません。私も仕事とは関係なく、英語や中国語、子ども関連のアドバイザー資格の勉強をしているところです」
ビジョンも目標もあえて掲げず、楽しい"今"を持続させたいと語る藤原さん。22年には、日本青年会議所主催の「JCI JAPAN TOYP」の会頭特別賞に輝いたが、賞も実績も「取りに行った」のではなく、結果として「ついて来た」。つくりたいものをつくり、人を楽しませる、好循環に気負いはない。
藤原 麻里菜(ふじわら・まりな)
コンテンツクリエーター・文筆家
1993年生まれ。株式会社無駄代表取締役。2012年、高校卒業後に吉本総合芸能学院東京校(東京NSC)に入学。13年卒業後、YouTube動画「無駄づくり」を開設。16年Google社主催の「YouTube NextUp」入賞。18年台湾で国外初の個展を開催し、2万5000人以上の来場者を記録。総務省「異能vation 破壊的な挑戦部門2019年度」に採択。21年Forbes JAPANの世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30」に選出。著書『考える術』(ダイヤモンド社)は発行後即重版
写真・後藤さくら
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