1958年に釣り竿メーカーとして創業、後に甲冑(かっちゅう)のレプリカ製造に転業した甲冑工房丸武。同社が製造した「紺糸威仏二枚胴(こんいとおどしほとけにまいどう)(兜)」(通称「紺糸威黒金塗十八間星兜」)が昨年、米大リーグで活躍する選手が所属していたエンゼルスで、本塁打を打った選手のパフォーマンスに使用されて一躍脚光を浴び、注文に製造が追いつかない状況が続いている。
突然、米大リーグチームから兜のオファーが舞い込む
2023年、米大リーグ・エンゼルスで活躍する選手が本塁打を放つたび、兜(かぶと)をかぶるシーンを見た人は多いのではないだろうか。このパフォーマンスに使用された兜は、甲冑のレプリカ製造を手掛ける甲冑工房丸武の手によるものだ。 「まさに青天のへきれきでした。昨年4月5日、当社の千代田店(東京)に、販売店のサムライストアを経由してエンゼルスから注文の連絡があり、『いつ頃ご使用になられますか?』と聞いたら8日だと。急いでショールームにあった商品を発送すると、8日の本拠地開幕戦でトラウト選手が本塁打を放って、早くも当社の兜がお披露目されることとなりました」と同社社長の田ノ上智隆さんは振り返る。
話題の製品は、同社のオリジナル甲冑「紺糸威仏二枚胴」の兜だ。甲冑の形状は時代とともに変遷するが、同製品は平安から鎌倉時代に流行した「星兜」を模した「兜鉢」に、木製の金塗獅子を中央に据えた「鍬形(くわがた)」が挿され、左右に大きく広がる「吹返(ふきかえし)」が特徴だ。トラウト選手に続き、9日には日本人選手もツーランを放ったことで注目度が急上昇。同社には「兜を購入したい」という問い合わせが相次いだ。現在受けている注文を全てつくり終えるのには、今年の9月頃までかかるという。
創業者が見よう見まねで甲冑レプリカ製造に乗り出す
そんな同社は、意外にも釣り竿の製造でスタートした。創業者の祖父は、手先が器用だったことから、知人に勧められて会社を興した。すぐに評判となり右肩上がりで業績を伸ばしたが、グラスファイバー製の竿の登場で売り上げが急減する。次に着目したのが鎧(よろい)や兜だった。 「祖父は骨董(こっとう)が趣味で、買ってきた鎧や兜を自分で手直しして事務所に飾っていました。それを見た人から『売ってほしい』と懇願され、予想外の高価で売れたことから、『これで商売ができるかも』と見よう見まねでつくり始めたんです」
その鎧は思いのほかクオリティーが高く、NHK大河ドラマに衣装などを貸し出すリース会社の目に留まり、テレビ時代劇で使う鎧形の防具のレプリカを依頼される。それが評価されて、大河ドラマで使用する甲冑のレプリカを受注するようになった。 「もともと専門知識があったわけではなく、実物を買ってきてはパーツや糸を一つひとつ調べ、製造に必要な材料や機械のメーカーに視察に行くなどして技術を蓄えていきました。最終的には本物かレプリカか見分けがつかないレベルになりました」
やがて同社は映画やテレビドラマ用の甲冑衣装の国内シェア80%以上を占めるまでになる。しかし、リース会社に製品が行き渡ったあたりから売れ行きが鈍くなったため、一般ユーザー向けのオリジナル鎧をつくり始める。パーツに凝ったり、派手な柄を採用したりするなど、品質と見栄えの良さで人気を博し、神社への寄贈用や祭り・イベントでの使用、節句飾りとして広く注文が入るようになった。今回、エンゼルスの目に留まった兜「紺糸威仏二枚胴」もそうした製品の一つだ。
若い人にものづくりの楽しさを伝えたい
同製品が一躍脚光を浴びたことで、さまざまな変化が起こっている。同社の知名度アップはもちろんのこと、薩摩川内市のふるさと納税返礼品にも採用され注目を集めた。兜目当てに納税した人もいるという。また、偶然社名が似ていた埼玉県のマル武人形が、節句用に同製品と似た兜「大翔12号」を製造し限定販売を始めた。甲冑工房丸武もそのうちの30個をネット販売。評判は上々のようだ。さらに同社が運営する戦国武将展示館「甲冑工房丸武」への入場者も増えている。 「この施設は90年にオープンし、もとは『戦国村』といいました。当初はにぎわっていたんですが徐々に客足が遠のき、1カ月の入場料収入が8000円まで落ち込みました。建物も老朽化したので、18年にリニューアルしたタイミングで本社機能もここに移転しました」
それを機に施設名を甲冑工房丸武に変更し、入場料を無料にした。祖父や父親からは当初反対されたそうだが、田ノ上さんには考えがあった。入場料という壁を取り払えば、甲冑に興味がない人でも気軽に立ち寄ってもらえる。敷地内に食事処(どころ)をつくれば地元の人が昼食を食べに来てくれる。そうして人が集まり、SNSに投稿してもらえれば宣伝にもなる。
戦略は的中し客足も戻り始めて、これからというときに襲ってきたのが新型コロナだ。人の移動も全国の祭りも自粛となり、需要がパタッとなくなった。何とか持ちこたえて迎えた23年、エンゼルスの選手の活躍を追い風に業績回復を果たした。田ノ上さん自身、この脚光が偶然のたまものであることは分かっている。しかし、同社はこれまでも窮地に陥るたびに新たなことに着目して復活を遂げてきた。 「きっかけは何にせよ、今後も甲冑の魅力を広く発信し、会社の知名度を上げていきたい。特に若い人にもっと興味を持ってほしい。ものづくりの楽しさを知って後継者が育ち、それが少しでも地域活性化につながったらうれしいです」と語った。
会社データ
社 名 : 甲冑工房丸武/丸武産業株式会社(かっちゅうこうぼうまるたけ/まるたけさんぎょう)
所在地 : 鹿児島県薩摩川内市湯島町3535-7
電 話 : 0996-26-3113
代表者 : 田ノ上智隆 代表取締役
設 立 : 1958年
従業員 : 43人
【川内商工会議所】
※月刊石垣2024年5月号に掲載された記事です。
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