新たな分野や必要とされる商品を開発する着眼点と熱意を武器に、さまざまな困難を乗り越えて新商品を生み出している地域企業がある。中小企業にとっては想像以上に困難なことだが、諦めずに挑戦をやめない企業の原点と情熱に迫った。
米づくりの総労働時間の3割を占める水管理負担をIT技術で8割軽減
“米どころ富山”に本社を置き、農業コンサル事業を手掛ける笑農和(えのわ)は、水稲栽培に不可欠な水管理の省力化を実現した水門開閉システム「paditch(パディッチ)」を開発。高齢化と担い手の減少が進む稲作農家の省力化に貢献している。
米農家が最も負担と感じる水管理に着目しIT化
「スマート農業」を推進する農林水産省が農業関係者を対象に行った調査(2022年11~12月実施)によると、農家の「省力化に直結する機械開発のニーズが高い」ことが分かった。省力化に直結する機械と聞くと、農業機械の自動化技術やドローン、センサーなどを使用したセンシング技術などをイメージするが、笑農和代表取締役の下村豪徳さんは水稲栽培の重要な要素である水管理に着目し、水田の水位と水温を測定し遠隔操作により農業用水の水門を自動開閉するシステム「パディッチ」を開発した。水管理に着目した理由を下村さんはこう語る。「それは米農家が一番負担に感じている作業だからです」。
レタスなどの野菜を育てる植物工場のように栽培環境を人工的に管理できる施設であれば、水管理はそれほど難しくない。しかし、米づくりは時間とコストがかかるため、工場生産は技術的には可能でもビジネスとして成り立たず、現状では米は自然の影響を受けやすい田んぼでつくるしかない。
それなのに米農家は、高齢化と後継者不足にあえいでいる。農水省「2020年農林業センサス報告書」によれば、日本の農業経営体の96・4%が個人経営体(1世帯で事業を行う者)だ。富山県も91・7%が個人経営体であり、個人経営体における基幹的農業従事者(普段仕事として主に自営農業に従事している世帯員)のうち65歳以上が占める割合は84・2%と相当な高齢化が進んでいる。これらの数字からも、多くの農家に若者の働き手がいないことが分かる。「そのため手作業になる水管理が十分に行えず、収量・品質が落ち、売り上げがダウンする傾向が続いています。それなのに、気候変動の影響により、ここ何年かは毎年、各地で水不足が起こっていて、水管理は一層、重要性を増しています」と下村さんは危機感を強めている。
この先、水を巡る環境が劇的に好転することはないだろう。だからこそ下村さんは、水管理のIT化によって農家の負担軽減を目指したのだ。
月額8千円の少額投資で面倒な水管理を自動化
農家の長男として生まれた下村さんは家業を継がず、IT企業に就職した。開発の現場から営業・管理の現場まで一通り経験したある日、弟が継いだ家業の経理を手伝い、米農家の厳しい状況を目の当たりにした。自分が家業に入るだけではこのような課題は解決しない―。そう考えた下村さんは、ITの力で農業を効率化するため同社を13年に創業した。社名には「IT農業を通じて笑顔の人の和を創り社会に貢献する」という企業理念を込めた。当時(今もそうだが)、農業のIT化はほかの産業に比べて圧倒的に遅れていたからだ。
しかし同社は当初、農家の経営を支援するコンサルティングやブランディングにフォーカスしていたため行き詰まりを見せていた。悩んでいた下村さんは企業理念に立ち返り、農業のIT化に軸足を移した。
同社の強みは、農業の現場に寄り添い、農家が何を求めているのかを熟知していることだ。そこで、前述した水管理という米農家が一番負担に感じている作業のIT化に全力を挙げた。「パディッチ」として形になるまでに2年ほどかかった。 「製品が完成しても田んぼに設置するため、電源や通信の確保という課題を解決する必要がありました。当初は、何軒かの農家さんに使ってもらって改良を続けて信頼性を高めて、19年に完成品になりました」と下村さんは振り返る。 水稲栽培の年間スケジュールはおおよそ次のようになる。
1月~5月=田んぼの準備・苗づくり。6月~9月=田植え・管理。10月=収穫。このうち水管理を行うのは主に5月~9月の間で、必要な量の水を田んぼにためたり抜いたり、まめな調整が必要になる。農水省のデータによれば、水管理に要する時間は水稲栽培の総労働時間の約3割を占める。しかも田植えや除草作業にかかる労働時間は機械化などにより年々削減されているが、水管理の労働時間は横ばいの状況が続いている。
しかし「パディッチ」を設置すると、⽔管理にかかる時間が80%削減される(農⽔省の静岡県での実証事業で得られた結果)。その上、「パディッチ」導⼊圃場(ほじょう)は、未導⼊圃場と⽐較して最⼤16・4%収量が増加(同社が国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構への調査依頼の結果)した。しかもコストは、月額定額型レンタルサービスを使えば、1台月額8千円で済む。この費用対効果の高さが徐々に米農家に認められ、「パディッチ」は全国で約1400台(23年12月時点)設置されている。
田んぼ由来のメタンを削減し温暖化防止に貢献
そして24年からは、「パディッチ」の自動化技術とAI画像診断システムを保有するNTTデータCCSが連携した高度な水管理により、水田から発生する温室効果ガスであるメタンガス削減(農業環境技術研究所のデータによると中干しを1週間延長するとメタンの発生量が約30%削減される)を行い、自動でJ‒クレジット(温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度)を生成するシステム「パディッチカーボン・オフセット」ビジネスが本格始動する。「パディッチ」による高度な水管理であれば、田から水を抜き土表面に亀裂が出るまで干す「中干し」の日数を延長しても収量・食味を維持・向上でき、農家などは利益を享受できる。
IT技術により農作業を軽減するオンリーワンの水管理システムを開発した同社は、地球温暖化防止に貢献するソリューションでもオンリーワンを目指す。
会社データ
社 名 : 株式会社笑農和(えのわ)
所在地 : 富山県滑川市上小泉1797-1
電 話 : 076-482-3998
HP : https://enowa.jp
代表者 : 下村豪徳 代表取締役
従業員 : 9人(社員)
【滑川商工会議所】
※月刊石垣2024年5月号に掲載された記事です。
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