航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、神奈川県のほぼ中央に位置する大和市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
交通インフラが充実
大和市は、約27平方キロメートルほどの面積に三つの鉄道が東西南北に走り、八つの駅がある。このため市域のほとんどが駅まで徒歩15分圏内にある。また、国道や県道が縦横に走り、東名高速道路も町田IC・綾瀬スマートICが近くにあるなど、交通インフラに恵まれている。人口も1959年の市制発足時から増え続け、60年の約2万5千人から足元は24万人を超えるまでに拡大、人口密度は1平方キロメートル当たり8700人と県内第2位の水準にあるが、今後も当面は人口増加が続くとみられている。
このように大和市は非常に恵まれているが、労働生産性は918.6万円と全国平均962.5万円に届かず、市民1人当たり所得は401.6万円と全国平均439.7万円を1割近く下回っており、取り巻く環境に比べ、どうしても物足りなさが残る。この要因はさまざまであろうが、恵まれた特徴を生かしきれていないことが最大の問題だ。
就業者数(就業している市民の数)10万人に対し、従業者数(市内の仕事の数)は7万人強と3割近く少なく、交通利便性が、域外から就業者を呼び込むのではなく、域外への就業を促進している。雇用者所得の流入につながっている面もあるが、一般に人口密度に比例して活性化する第3次産業が十分に育っておらず、域外に仕事を求めざるを得ない側面もあろう。
日中の滞在人口も、平日は域外への通勤があるため当然だが、休日も国勢調査人口を下回っており、市民が域内に滞在する魅力に乏しいことが分かる。
これらの原因でもあり結果でもあるが、地域GDPの8割弱を占める第3次産業の純移輸出入収支額は1400億円を超える移輸入超過(所得流出)となっており、労働生産性や1人当たり所得を引き下げる要因ともなっている。
地域経済循環をデザイン
こうした状況に対し、大和商工会議所では、創立30周年を契機にまちづくりと産業振興の相互連携によって活力と魅力を持続的に生み出すことを目指す「大和市産業活性化ビジョン」を策定。ウオーカブルなまちづくりによって大和市ならではのにぎわいを生み出し、クリエーティブかつ高付加価値な産業を呼び込み、それがまたヒト・モノ・カネ・情報などが集まる地域経済循環構造にデザインする将来都市像を示している。
現状はベクトルが域外を向く要因となっている市内8駅などの特徴を、域内へと変えるために活用し、それがまた地域の魅力を生み出すよう、デザインしようとするものだ。 また、ビジョンの提示にとどまらず、自ら行う取り組みを商工会議所ビジョン「大和をもっと素敵にデザイン~Buy Local One Yamato~」として整理すると同時に、大和市への提言を行い、官民で将来像を実現するための協働や役割分担などを図ろうとしている。
「官が民が」ではなく「官と民とで」持続可能な地域経済を生み出すまちづくりを進めようとしている点、地域総合経済団体たる商工会議所ならではの貴重な取り組みであり、こうした動きが広がることが期待される。 ただ、ビジョンが絵に描いた餅に終わっては意味がなく、まさにこれからが重要である。ビジョンに基づき、行政と共有できるKPI(定量評価指標)を設定し、定期的にPDCAを回しながらダブリを避け、漏れを埋め、一つ一つの取り組みを実践していくという地道かつ息の長い協働作業を続けていく必要がある。同時に、ビジョンそのものを見直していくという不断の努力も求められる。
行政と民間とで地域の司令塔となる組織体を設け、経済の好循環を生み出すまちづくりを実践し続けること、それが大和市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所上席研究主幹・鵜殿裕)
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