〝まちの文房具屋さん〟は減少傾向にある。少子化や卸店の倒産・廃業、流通チャネルの多様化、そして後継者不足……。悪条件尽くしの中、川崎商店の川崎紘嗣さんは自らの意志で五代目代表取締役社長に就いた。万年筆とインクに特化し、店主である自らをブランディング。SNSで話題になると、県外や海外からの来店が増え、まちの文具店から全国区の文具店へと生まれ変わった。
時代のニーズに即して歴代当主が経営を改革
大垣城の城下町、俳人・松尾芭蕉が「奥の細道」を終えた〝むすびの地〟として知られる水都・岐阜県大垣市。その中心地、それもJR大垣駅から徒歩約5分の好立地に川崎商店が営む「川崎文具店」はある。創業は1923年。大正時代に滋賀県柏原村(現・米原市)で食料品や炭、文房具といった日用品の行商に端を発する。同県の文具店に修業入りした二代目は、満州の支店長に抜てきされるほどの商才があり、戦後、復興に向けて活気づく隣県の大垣市に着目し、店を構えた。時流を読んではやりの雑貨も仕入れ、障子紙は張り替えまで請け負うなど、地域の頼れる文具店として発展したという。 「祖父亡き後に三代目になった祖母もやり手で、67年に法人化すると、オフィス需要に目をつけて今でいうBtoB戦略に打って出ます。四代目の父は一転、アスクルなどのオフィス通販が台頭する中、BtoCの丁寧な接客に注力し、〝店主に客がつく〟経営で差別化を図っていきました」
そう説明するのは、五代目で代表取締役社長の川崎紘嗣さん。だが、文具店以外でも文房具が買える時代に入り、経営のかじ取りは難航する。 「『まちの文具店の役目は終わった』と父はよく口にしていました。それでも、店も文房具も好きだった私は、内心では家業を継ぐ気でいました。ただ、外での経験は必要だと感じて、1年間はカーディーラーで働きました」
未来に店をつなぐべく万年筆とインクの専門店に
客の潜在的ニーズや、お金の価値観の違いをくみ取る接客術を学べたというが、「営業成績は良くなかった」と苦笑する川崎さん。届けたいのは自動車ではなく文房具。店を継げる親族は自分だけと痛感し、2009年に家業に入った。 「文房具の大半は説明せずに売買できる商品ですが、対話が不可欠なのが万年筆やインクです。『何でもある店は何もない店』という家訓があり、父も専門店化に賛成してくれました。万年筆コーナーを少しずつ広げ、父が他界した後五代目に就いて、10年に万年筆とインクの専門店に改装しました」
川崎さんは、万年筆について日本一語れる店主になろうと、関連書物を読みあさった。インクの種類と知識も増やし、オリジナルインクをつくり出すまでになる。客を待つばかりではなく、イベントにも積極的に出店し、14年にはYouTubeチャンネルを開設して情報発信にも挑戦した。それでも将来の見通しは立たず、考えあぐねる中、18年に開設された大垣ビジネスサポートセンター「Gaki-Biz(ガキビズ)」の活用が転機となる。
店主をブランディングし〝ストーリー〟を売る
「大垣商工会議所に教えてもらい、オープン当日に伺いました。センター長の正田嗣文さんは、ハウステンボスのV字回復の立役者として知られた方で、私の接客やお客さまの滞在時間が平均3〜4時間であることについて否定せず、むしろそれこそが強みだと肯定してくれたのです」
川崎さんの圧倒的な万年筆とインクに関する知識量、自在なインクの調合力を際立たせるべく、提案されたのが店や商品ではなく、店主自身のブランディングだ。以来、川崎さんは色彩の錬金術師「インクバロン」と名乗り、ハンチング帽がトレードマークになる。「モノ」ではなく、売り方・買い方を楽しむ「ストーリーを売る」手法を取り、ガキビズには構想中の商品やサービスが独り善がりになっていないか意見を求めた。そして、インクブームを背景に、和歌や関ケ原の戦い、妖怪などをテーマとした独自のインクシリーズを展開すると、これが当たった。 「『色彩語・古戦場関ケ原』は、関ケ原町歴史民俗学習館の館長監修の下、各武将のエピソードからイメージした色にしました。コロナ禍の休業中に各武将の陣跡を訪ねては、その場でインクを調合し、そこの〝空気〟を詰め込みました」
各メディアに送ったプレスリリースも功を奏し、月額5980円全12回のサブスクリプションに、全国から50組以上の注文が入る。インクから万年筆購入の流れを生み出し、コロナ禍にもかかわらず経営の黒字化を達成する。創業100周年の23年には本店横に、洋館風のアンティーク文具店「懐憧館」を開設。2階にカフェを設けたサロン的な空間は、各メディアやSNSで話題となり、県外や海外からも訪れる全国区の文具店へと発展した。 「川崎商店は、常に時代のニーズに即して生まれ変わってきました。私自身、数字は読めませんが、空気は読める店主だと自負しています。中学生になる子どもが継ぐと言ってくれていますが、どうするかは自由です。これまでの100年と同様、これからの100年も代替わりするたび一変して歴史が続く。文房具は斜陽産業といわれますが、国内の市場規模は約4000億円とされています。私は、私の代の色を全力でつくっていくまでです」と熱く語った。
会社データ
社名 : 有限会社川崎商店
所在地 : 岐阜県大垣市桐ケ崎町64
電話 : 0584-78-4223
HP : https://kawasaki-bunguten.com
代表者 : 川崎紘嗣 代表取締役社長
従業員 : 3人
【大垣商工会議所】
※月刊石垣2024年11月号に掲載された記事です。
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