いつかは家業を継ぐことを意識していた、巽繊維工業所の巽(たつみ)美奈子さん。一度は別の業界へ進んだものの、安価な海外製品の流入による経営の危機を知り家業に入る。先代が開発した五本指ソックスの自社ブランド「GUTS-MAN(ガッツマン)」の開発秘話に触れて思いを引き継ぐ。四代目として自身の〝型〟を模索しつつ、家業の靴下製造だけでなく、愛する地元、奈良の未来にも情熱を注ぐ。
時代の変化に対応した五本指ソックスの老舗
巽繊維工業所の四代目で、代表取締役社長の巽美奈子さんは、幼い頃から家を継ぐことを意識して育った。「二代目の祖父の英才教育です」と苦笑しつつ、逆に両親からは何も言われなかったと子ども時代を振り返る。
巽家の家業、それは靴下専門の製造業だ。創業は1928年、曽祖父で初代の巽丈太郎さんが大阪府東大阪市で魚網(ぎょもう)用の糸を製造する撚糸(ねんし)工業の創業から始まった。工場拡張のため奈良県橿原市(かしはら)に移り、魚網の糸がナイロン素材に切り替わると、二代目の俊夫さんが撚糸の技術と経験を生かして、靴下製造に業態を変更。スクールソックスの大量生産、80年代には五本指ソックスの生産で業績を上げた。「靴下生産量日本一の奈良県の中でも、弊社が初めて五本指ソックスを製造したと聞いています」と美奈子さん。
健康ソックスとして人気を博し、90年代には有名プロ野球選手が愛用したことでスポーツ界での認知度も高まる。五本指ソックスといえば巽繊維工業所といわれるまでになるが、バブル崩壊後、安価な海外製靴下が出回ると、他社同様に苦戦を強いられた。 「県内の靴下工場の多くがOEM生産主体で、小さな工場の弊社は他社より早い段階で受注が減り、売り上げが厳しくなりました」
そこで脱OEMに挑んだのが三代目で父の亮滋さんだ。それでも売り上げの8割はOEMで、さらにその8割を占めるブランドの業態変更で受注を打ち切られた。経営は窮地に陥り、パートを含む従業員を3分の1に減らす中、美奈子さんは家業入りを願い出て、2015年11月に入社する。
100㎞の長距離行軍に耐える高機能靴下を開発
「大学で経営学を学んだ後、お菓子の大手専門商社で約4年間営業職に就きました。私が経験したことが家業の助けになればと思ったのです。でも当時は靴下、それも五本指ソックスにそれほど魅力を感じていない状態でした」
そうした美奈子さんの心境を察してか、従業員らが熱弁を振るったのが五本指ソックスの自社ブランド「GUTS-MAN」の開発と販路開拓に情熱を注いだ先代のエピソードだ。阪神・淡路大震災の際、懸命に救援活動をする自衛隊の姿に、先代が感銘を受けたのが開発のきっかけとなる。自社の靴下を自衛隊に寄贈しようとしたが、取引経験のない民間企業の商品は受け入れてもらえなかった。それでも地道に営業活動を続けると、ある隊員から「100㎞の長距離行軍に耐えられる靴下がほしい」と個別に相談されたのだという。この要望に応じて試作を繰り返し、1年がかりで開発したのが、頑丈な強度を誇る同商品だ。
ネット販売や展示会の出展、海外展開などの企画営業を任された美奈子さんは、購入者コメントの熱量や評価の高さにも心を動かされていった。
脱OEM生産の意志を継ぎ工場直販の販路を開拓
〝GUTS-MAN推し〟となった美奈子さんは、将来を見据えて会社の存続、商品の認知拡大により熱が入った。そして試みたのがクラウドファンディング(以下、クラファン)によるBtoCの販路開拓だ。活用したプラットフォームは、Makuake。目標金額10万円に対し、応援購入額は約427万円に達した。この結果に自信を持ち、20年、コロナ禍で一時はOEMの受注がゼロになる中、ネット販売に振り切った。Amazonの販売強化、自社サイトのテコ入れ、SNSの活用など、月ごとに新しいことに挑戦して経営を支えていく。 「父も新しいことに前向きで、展示会やクラファンについて相談した時も、興味を持ってくれました。意見が割れることもありますが、早くから社外に後継ぎとして紹介してくれて、交渉時にも同席できたのはありがたいです」
21年には元自衛隊員のインフルエンサーの影響で、GUTS-MANがAmazonから在庫がなくなるほどヒットし、女性向け奈良土産として開発した「ならまき めっちゃ薄い腹巻き」を橿原商工会議所が橿原ブランドに認定するなど、追い風も吹いた。 「多くの人に応援してもらって弊社があります。だからこそ、同業他社とも連携して地場産業を盛り上げたい。タオルといえば今治のように、靴下といえば奈良といわれる未来にしたいです」
同社は28年に創業100周年を迎える。美奈子さんは「引き継ぎ期間は長い方がいい」という先代の意見で4年早い24年4月に社長就任。先代が会長に就いた。加えて同年9月に第一子出産と、人生の大きな変革期を迎えたが、美奈子さんはどちらも諦めない。 「奈良が好きという気持ちが原動力。ワークライフバランスを考えながら、同じ立場の女性とも仕事をする機会を増やしていきたいです。その先に広がる100年後、靴下や繊維業界の枠にとらわれない事業でも地域が潤えばいいと思います」
有言実行で「日本女性会議2025橿原」の実行委員を務める美奈子さん。思い描いた未来に向けて、地域活動にも熱が入る。
会社データ
社名 : 有限会社巽繊維工業所(たつみせんいこうぎょうじょ)
所在地 : 奈良県橿原市土橋町607
電話 : 0744-22-5229
HP : https://choku.co.jp
代表者 : 巽美奈子 代表取締役社長
従業員 : 15人
【橿原商工会議所】
※月刊石垣2024年10月号に掲載された記事です。
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