近年は業績の下降もあり、蔵元も減少傾向にあった日本酒業界に吉報が届いたのは、2024年12月。日本の「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産登録が決定した。蔵元だけでなく、日本酒の新たな可能性を探る事業者の挑戦が始まっている。
日本酒を一合缶に詰め流通改革 少容量で多種の独自ブランドを展開
日本酒は一般的に、四合瓶や一升瓶などで販売されているが、スタートアップ企業のAgnavi(アグナビ)は、日本酒を1合(180㎖)のアルミ缶に詰め、独自の日本酒ブランド「ICHI-GO-CAN®」を展開。全国120の蔵元から200種類以上の日本酒を仕入れて缶に充填(じゅうてん)し、販売しており、蔵の大小や知名度に関係しない地方の魅力を国内外へ発信することで、日本酒の消費拡大を目指している。
コロナ禍での気付きが契機 缶入り日本酒への挑戦
神奈川県茅ヶ崎市に本社を置くAgnaviは、2020年2月、代表の玄成秀(げんせいしゅう)さんが東京農業大学の博士課程在学中に創業した。折しも新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた時期で、飲食店などが休業や営業時間の短縮を余儀なくされたため、日本酒を醸造する蔵元は大打撃を受けていた。そこで同社は、全国56の蔵元を支援するプロジェクトを立ち上げた。当初は四合瓶で販売していたが、購入者からは「重い」「割れる」「冷蔵庫の場所を取る」「飲みきれない」「開けたら劣化する」といった声が寄せられた。このとき、同社は瓶での販売の限界と課題を痛感した。 「缶ビールが普及している一方で、缶入りの日本酒はほんの少ししかありません。昔は瓶ビールもあったので、市場調査を行ったところ、缶入りにしたことでビール市場は大きく広がっていました。だから、日本酒でも同様のことが可能ではないかと考えました」と言う玄さん。21年には、日本酒1合をアルミ缶に詰めて販売する事業をクラウドファンディングで開始した。22年には、東洋製罐(かん)グループホールディングスと資本業務提携し、埼玉県に自社工場を設立した。この工場では、蔵元から大型タンクで運ばれてくる日本酒を一合缶に充填し、出荷している。 「缶入りの日本酒が普及していない理由には、蔵元様側の課題として、缶用の設備投資ができないことや、販売に必要なロット数の問題があります。そこで当社は、複数の蔵元様を束ねて、自社で充填設備を持つことで、これらの課題を解決しました」と言う玄さん。これで同社は、蔵元でも卸売業者でもない、独自の立ち位置を生み出した。
消費者のニーズに応える 新たな販売戦略で流通改革
過去数十年間で、日本酒の消費量は大幅に減少している。この現状を打破するため、同社は新たな流通経路の開拓に力を注いでいる。 「日本酒業界の最大の課題は、流通にあります。僕らは、それを変えたいんです」。消費地が首都圏へ変化する中で、ビン回収にはコストがかかり、地元のみの販路では消費量が限られる。玄さんは、蔵元から消費者へワンストップで流通させることの意義を示し、取り扱いを促した。同社は、クラフトビール市場を参考に、少容量で高価格帯の商品を開発し、ブランディングを行った上で、土産品店などで販売している。インバウンド客をターゲットに、成田空港や大阪の伊丹空港、東京の豊洲などの観光施設でも販売し、好評を得ている。
同社は海外市場にも目を向け、22年にシンガポールを皮切りに輸出を開始した。現在は10カ国に輸出実績がある。缶は瓶に比べて積載効率が良く、リサイクルもしやすい。同社の商品は少容量であるため、海外の消費者が手に取りやすいのも大きな特徴だ。玄さんはこれまで、米国のスタンフォード大学や英国のオックスフォード大学のビジネススクールで講演を行い、自社商品を通して、情報感度の高い人たちに日本酒を紹介している。また昨年10月には、内閣府の国家戦略特区ワーキンググループで、日本酒の輸出拡大に向けた規制緩和について提案するなど、日本政府へも働きかけを行っている。
異業種と連携で新たな価値 地方活性化にもつなげる
同社は、全国120の蔵元から200種類以上の日本酒を仕入れているが、その多くが中小の酒蔵である。同社は日本酒の伝統を守りつつ、新たな価値を創造することを目指しており、大手自動車メーカーや鉄道会社といった異業種との連携や、若手アーティストとのコラボレーションを通じて、日本酒の魅力を発信している。今年1月には、神奈川県内の日本酒を使ったオリジナルラベル缶を限定販売し、その販売開始セレモニーを茅ヶ崎市内で行った。 「小規模でも、知名度が高くなくても、蔵元様には歴史があり、その地域の名士であることが多いので、蔵元様を守ることはその地域を守ることにもなります。一合缶入りの日本酒をきっかけに、蔵元やその地域に行く人が増えれば、地方の活性化にもつながります」と玄さんは、日本酒から広がる経済効果も見据えている。
昨年12月に、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことについては、「日本酒の価値が世界的に認められたことを意味するので、いいことだと思います。でも、輸出量は世界のワインに比べて圧倒的に少ない。これからが正念場だと思います」と言い、流通改革を通じた日本酒の輸出拡大への貢献を目指している。同社は今後も、生産者である蔵元に対し、販売先の多様な選択肢を提供し、業務の集約化やコスト削減を通じて、蔵元の利益向上にも寄与していく。「日本酒の新たな可能性を追求していきたい」と玄さんの夢は広がっている。
会社データ
社 名 : 株式会社Agnavi(アグナビ)
所在地 : 神奈川県茅ヶ崎市本村2丁目2番地18号
HP : https://agnavi.co.jp
代表者 : 玄 成秀 代表取締役
従業員 : 12人
【茅ヶ崎商工会議所】
※月刊石垣2025年5月号に掲載された記事です。