日本は、毎年のようにさまざまな自然災害に見舞われている。地域とともに成り立つ企業にとって、従業員はもちろん地域全体を守るための防災・減災対策は必須となっている。今号では、今後、地域企業が意識していくべき「レジリエンス」とは何かを解明するとともに、企業方針として自社と地域を守るさまざまな活動を行っている「レジリエンス企業」の取り組みに迫った。
*レジリエンス(Resilience)とは「弾力」「回復力」を意味する。企業活動においては、災害などの困難に直面した時の備えや迅速な行動=強靭化を指す
マリンエンジニア集団が津波救命艇シェルターを開発
船舶エンジンの整備会社として設立以来、船舶の安全航行を基軸に事業を展開してきたミズノマリン。同社は、東日本大震災の津波被害を目の当たりにしたことを契機に、津波救命艇シェルターの開発に乗り出す。現在3タイプをラインアップし、いつ起こっても不思議ではない巨大地震に備えて普及に取り組んでいる。
「簡易な箱でも命が守れる」気付きから開発へ
近い未来に発生が予測されている南海トラフ巨大地震では、場所により最大で30mを超える津波の襲来が予想されている。津波から身を守るには、高台やビルなどの高所へ速やかに避難することが基本だが、それが困難なケースもある。そんな状況で人命を守る有効な手段として、じわじわと注目を集めているのが津波救命艇シェルターだ。その製造を行っているミズノマリン社長の水野茂さんは、開発のきっかけをこう振り返る。 「当社が津波救命艇に着目したのは、東日本大震災の発災直後です。ある報道番組で、津波にのまれた男性がたまたま流れてきたコンテナボックスに乗り込み、さらに近くを漂流していた2人を救助して全員一命を取り留めたというニュース映像を見て、『こんな簡易な箱で津波から命を守れるんだ』と衝撃を受けたんです」
水野さん自身、その翌年にタイのプーケットに出張した際、スマトラ島沖地震に遭遇した。津波警報が鳴る中を必死に山へと向かったが、道路は人や車でごった返していて先に進めず、「今、津波が来たら死ぬ」という恐怖を味わったという。幸い津波は来なかったが、無事に帰国できたら津波救命艇を開発しようと決意した。
同社は、船舶エンジンの整備会社として設立し、その後大型船舶に搭載する救命ボートの検査も行うなど事業を拡大してきた。そのノウハウを活用して津波救命艇シェルターの開発をスタートした。
ハイリスクが予想される地域への導入が進む
2013年、同社は既存の救命ボートをもとに初号機を完成させた。漂流物などの衝撃を考慮して素材を厚くし、中の充填材を増やして強度を高めるなど工夫を凝らした。 「それでも強度が十分ではなかったので、IMO(国際海事機関)のSOLAS条約(海上人命安全条約)基準に沿って改良を続けました」
こうして16年に完成したのが「+CAL(タスカル)25+F」だ。定員25人の大人数収容モデルで、高波で横転しても自然復帰するセルフライディング機能や、万一衝突で浸水しても沈まない不沈構造を有する。船体に衝撃吸収フェンダーを一体成型した津波救命艇シェルターは世界に例がなく、同年グッドデザイン賞を受賞した。 「救命ボートの検査を担当する社員が総力を挙げて開発した自信作です。ただ、展示会に出展したとき、多くの方から『大きすぎる』と指摘されまして。それで、8人乗りの『+CAL8』を開発し、さらに『家庭用としてはまだ大きい』という声を受けて4人乗りの『+CAL4』をつくりました」
3タイプとなった同シリーズは現在、全国に合計35艇ほどが導入されている。例を挙げると、北海道釧路市にある眼科クリニックに25人乗りを納入した。千島海溝の巨大地震が発生した場合、同地は最大28mの津波が予想されており、仮に手術中だと迅速な避難は困難というのが導入の理由だ。また、和歌山県新宮市に拠点を置くガス事業者は、南海トラフ巨大地震が起こったとしても、ライフラインであるガスをギリギリまで停止できないため、万一の場合を考慮して8人乗りを選択した。ほかにも、高知県黒潮町にある事業所や四日市市の飲食店、名古屋市、鎌倉市、横浜市などの個人宅にも設置されている。ここ数年は、南海トラフ巨大地震の発生確率が上がってきていることもあり、問い合わせが増えているという。
南海トラフ地震の津波による被災者を1万人救いたい
同社では、船舶エンジンの整備と救命ボートの検査を「事業」と呼び、津波救命艇シェルターの開発・普及を「活動」と位置付けている。災害用の保存食品は期限が過ぎれば買い替え需要があるが、同社の扱う製品は頻繁に売れるものではなく、利益につながりにくい。しかし、水野さんはこの「活動」に今後も力を入れていきたいと語る。 「当社のある豊中市は阪神・淡路大震災の時に大阪府内で最も大きな被害を受けたこともあって、早くから『救命力世界一宣言都市』を宣言するなど防災への意識が高いまちです。市町村や非営利団体からの依頼で防災訓練に参加していますが、今後も継続していくつもりですし、防災や減災に強い思いを持っている企業とも積極的に連携を図っていきたい」
同社の開発した「+CAL」シリーズと「活動」が評価され、23年に「ジャパン・レジリエンス・アワード」(強靭化大賞)の優秀賞を受賞。現在、展示会でのニーズを受けて開発中の1・5人乗りモデルが最終調整段階に入っている。 「1・5人乗りは、150㎏未満なら2人の乗船が可能です。4種類となる『+CAL』で、南海トラフ巨大地震の津波による被災者を1万人救うのが目標です」と水野さんは強い思いを口にした。
会社データ
社 名 : 株式会社ミズノマリン
所在地 : 大阪府豊中市名神口1-12-15
電 話 : 06-6863-5233
HP : https://www.mizuno-marine.co.jp
代表者 : 水野茂 代表取締役社長
従業員 : 32人
【豊中商工会議所】
※月刊石垣2025年9月号に掲載された記事です。
