ビジネスの世界では、「勢い」や「勘」が成功につながった例が目を引くことがありますが、持続的な成長を目指す上で重要なのは、客観的データに基づいた戦略です。特に、小売業や飲食業で客単価が安くない場合は、出店戦略においてその土地の所得指数を把握することは生命線となります。
この原則によらず、大々的な多店舗展開に乗り出し、急成長した後に失速してしまった事例として、あるスタンド形式のステーキチェーン店があります。
当初そのチェーン店は、都心部のビジネス街で目覚ましい成功を収めました。背景には、時間をかけずにステーキを食べたいと考える、比較的ゆとりのあるビジネスパーソンという明確なターゲットがありました。しかし同社は全国各地、地方のロードサイドにまで、この都心型モデルをそのまま展開してしまいました。
私の指導先の企業が、フランチャイズでこのブランドを出店し、当初はすごく人気でした。しかし2年後、急に客足が鈍りました。理由は、商圏内にできた同ブランドの新店とお客さまを取り合ってしまったことでした。例えば米子市にオープンし、次に鳥取市に出す。そこまでは良しとしても、その中間点に出店を許すと3店とも成り立たなくなります。
当時の所得指数は全国平均を1とすると、東京都は1・4、鳥取県は0・8です。その上、地方都市の生活パターンとして夕食は家庭で取るケースが多く、外食時も家族で行ける場所を探します。
本部が出店候補地の所得指数や地域の特性を重視せず、過剰出店した結果、多くの店舗が撤退せざるを得なくなったのです。コロナ禍の影響も大きかったと思いますが、新業態を掘り起こした大ブランドの失速に、「私が関係していれば……」と、当時とても残念に思いました。ただ現在も再起を目指し、着々と新たな戦略を繰り出しているので期待しているところです。
これと真逆の事例として、あるコーヒーチェーン店のスローペースな出店戦略があります。スペシャルティコーヒーを扱うブランドとして、高価格帯で商品を提供しています。周辺住民の所得指数や消費嗜好を徹底的に分析し、高感度な消費者が住むエリアや商業施設内を重点的に選び、ブランドのターゲット層と店舗の立地が一致するように緻密な計画を立てています。人気があっても店舗数を抑え、ブランド価値を維持しながら着実にファンを増やす成長ぶりは見事です。
無計画な出店はブランド価値を損ない、経営を揺るがします。成功は勢い任せではなく、データに基づき、人々の暮らしに寄り添った緻密さが必要なのです。

